「おはよう、咲夜」
「おはよう、お父さん!」

霞んでいた視界が一気に晴れれば、そこには少女と男性が居た。
目の前の少女は、満面の笑みで男性に駆け寄っていく。
呆然と少女を抱きとめた男性を凝視してしまうのは仕方のないことだ。
その姿は写真でしか見たことのない、父親だという人にそっくりなのだから。
ということは、あの幸せそうに笑う少女は幼い頃の私…なのだろう。

ああ、これは夢だ。

すとん、と胸を何かが落っこちてそう理解する。
視点的に飛んでるもんね、私。空中浮遊のスキルを修得してしまった感じ。

「今日は、咲夜に言う事があるんだ」
「なあに?」

本当に、何だろう。
小首を可愛らしく傾げる少女の隣へと、ふわりと降りたつ。

「この家には、十二神将という者達がいるんだ。だが、残念なことに彼等を統べる者がいない。私も、祖父も違った。だが、生まれたのだよ」
「生まれた?」
「咲夜、お前だ」

私…?十二神将?読み慣れた文字列が引っかかる。
それって、青龍様や騰蛇様の事、だよね。統べる?

「今から、会いに行こう。咲夜は封を解くんだ。――最凶の凶将である、騰蛇の」

ああ、少しだけ、少しだけ待って。そう思っても夢の中の出来事はどんどん進んでしまう。
少女を抱き上げた男性はどこかへと向かい歩きだしていく。
騰蛇?封?解く?わけが、わからない。
頭の処理が追いつかず、2人を追うことも出来なかったが、瞬きした瞬間目の前の光景が変わっていた。
どこかの扉の前で少女を下ろした男性が、扉に手をかけている。

「少し待っていてくれ。この部屋に、騰蛇がいる」

そう言い残し、中に入っていく男性に少女は無邪気に「はい!」と返事をした。
そして呼吸もつかぬ間。

「う゛わあ゛あ゛あああああああ!!!??」
「っ!?」

響いたのは、絶叫。

「お父さん!?」

弾かれたように、幼い少女が重厚な扉を開け部屋へ飛び込み消えていく。

「う、ぐ…!?」

同時に、私の体に異変が起こった。身を焼くような熱気。酸素が焼き尽くされたのか、息苦しく喉が焼け付く感覚。

ああ、熱い。熱い。
息が苦しい。

身体をくの字に折り曲げ、喉に手をやる。

体が、震えている。
駄目。見ては、駄目だ。

けれど、私の意思とは反対に場面が部屋の中に変わってしまう。

部屋の中には、真っ赤なとても綺麗な炎が渦巻いていた。
炎渦の中央には、先に部屋へと入った男性。
その横に青年がいる。
褐色の肌に肩まで届くざんばらの髪。
抑制されていない苛烈な神気。
あれは、騰蛇様だ。
な、んで…おとうさんが炎渦の中心にいるの?

これは、何?
これは、誰?

この前会った騰蛇様はこんな瞳をしていなかった。
こんな、冷めた瞳なんて。感情が抜け落ちたような。

ああ、けれど、何か、あの瞳の奥に小さく混じる色は、混乱だろうか?
昌浩様がいないから?どうして、と混乱しているの?

それは私も同じだ。
どうして、あの男性は、おとうさんは焼かれているのだろう?
事故で死んだのだと、母と共に、死んでしまったのだと、そう言われていたのに。
幼い私が何かを必死で叫んでいるが、燃え盛る炎の音でかき消されてしまう。

一体、これは何なのだろう?

ぐるりと回った世界で、劈くような慟哭が聞こえた気がした。

**********

「おいっ!」
「っ」

身体を揺すられる感覚に目を開けると、昌浩様と青龍様が私の顔を覗き込んでいた。
その横には、物の怪姿の騰蛇様。

「っ!」
「どうしたの!?」

騰蛇様の姿を見て固まった私を怪訝に思ってか、私から物の怪の姿を隠すように手を上下に動かす昌浩様に、ゆっくりと首を振る。

「なんでもない、です…」
「そう?…でも、よかった。青龍から聞いたときは驚いたんです、起きないって」
「青龍様が?」

視線を移動させれば不機嫌そうに眉間に皺を寄せこちらをにらみつける青龍様。
これは、余計な手間をかけさせやがってという無言の抗議なのでしょうか。
昌浩様の手をかり、上体を起こして小さく頭を下げる。

「…ご迷惑、おかけしてすいません」
《………》

小さく舌打ちが聞こえたと思えば、すぐに姿が見えなくなる。隠形されたようだ。
気分を害してしまったか、と眉尻下げれば短く聞こえた「気をつけろ」の言葉。
はい、と返しもう一度すみませんと頭を下げる。それと昌浩様たちを呼んでくださったことへの感謝の言葉を。

「そういえば、もっくんがどうかした?」
「っ!?」

思い出したように尋ねられ、肩が撥ねてしまう。
どうしよう、正直に言うべきだろうか。おろおろと視線が宙を彷徨う。

「…昌浩」
「何?」
「帰るぞ」
「もっくん?」

その後も何か小さく会話をしていたみたいだが、耳には入ってこなかった。
少しだけ申し訳なさそうに去っていった昌浩様に上手く返すことができなかった。

《おい》
「………」
《おい》
「………」
《……咲夜》
「ぁ、すみませ、」

上手く働かない頭で反射的に謝ってしまい、途中であれ?と言葉を途切らせる。
今、名前を呼んでくれただろうか?
じ、と凝視してみれば、何だという言葉と共に深くなる眉間の皺。
なんでもないのです。ただ、私の空耳かな、って思っただけで。
もう一度すみません、と謝れば瞳が更に鋭くなった気がする。

《…どこか、痛むのか》
「え、いえ、…少し、変な夢を見てしまって」

鮮明に思い出せるあの夢のことは、晴明様に相談すべきだろうか。

ちらりと炎が視界の隅で揺れた気がしたが、小さく首を振って消し去る。

きっとここには、私が忘れている記憶がある。
なかったとしても、手掛かり位は必ずあるはずだ。
見つけなくてはならない。…とても、大事なことがそこにはある気がする。

**********

「少し、変な夢を見てしまって」

そう零した少女は、気付いていないだろうが青白い顔で無理やり作った笑みを浮かべていた。

《そうか》
「はい。…なにか、言っていましたか」
《……いや》

身体を捻り、苦しそうに胸を抑えながら「おとうさん」と絞り出すように言っていた姿を思いだすが、短く否定の言葉を投げる。
おとうさん、おとうさんと。いくら呼びかけても目覚めることなく繰り返し続けていた。
これは晴明に報告しておいた方がいいだろうと結論付ける。

「そうですか。…ああ、そういえば、どこへ行っていたのですか?」
《……関係ない。戻るぞ》
「あ、わかりました」

晴明から受け取ってきた銭を渡さず、顎で邸がある方角を示すと、不平を呈すこともなく素直に頷く。
…立ち上がるのを手助けする程度、してやってもよかったかもしれない。


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未来捏造もいいところですが本編との齟齬が出てきた場合もそらくらはこの設定で突き進みます。
*若干青龍のツン要素増えましたが相変わらずデレが過多です。


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