雨の気配と匂いを残す雨上がりの門前には、じい様と神将達、空がいた。その中に宵藍の姿はなく、胸が小さく軋んむ。
己の孫の姿を見たじい様が、軽く目を見張る。



「……墨染の衣など、持っていたのか、お前。」



静かな京の都に、やけに響くじい様の声。
まだ朝早い時間のため、人がいないからだろうか。



「……咲夜。」

「太裳…。宵藍は…?」

「多分、異界に。」

「……そっか。」



嫌われて、しまっただろうか。そんな考えに、一瞬息が詰まった。
目を伏せ、小さく息を吸う。

こうなる覚悟だって、あるはずでしょう。大丈夫。私は平気。

暗示かもしれないが、そう言い聞かせ、太裳の顔を見る。驚いたように目を見開いた後、彼の視線が私の胸元へと落ちる。



「咲夜、」

「…ああ、首飾りね、さっき昌浩にあげたの。ごめんね、太裳。折角天空に頼んで貰ったのに。」



勾玉だけしかなくなった胸元は、それでもまだ淋しいとは感じない。
ただ、なにか喪失感は心を蝕んでいたが。

ごめんね、と再度謝れば、緩慢な動作で首を振り、それからひどく優しく私の残してあったサイドの髪に触れる。
そうして、いつかの時のように唇をそこに落とした。



「太裳!?」

「……あの誓いを、忘れてはいません。」



いつも優しい瞳が、どこか鋭さをたたえ、私を見る。



「咲夜、貴女が言った約束も、破らせるつもりはありません。」

「た、いじょ…、」

「必ず、ただいまと言ってください。」

「……………宵藍と、似たようなこと言うのね。」



どうして、貴方達は、そんなに勘がいいのだろうか。
どうして、そんなに気が付くのだろうか。


太裳の言葉に答えることはなく、彼から離れる。
迷ったが、彼の手に一瞬だけ触れ、すぐさま離して昌浩のもとへと駆け寄る。
昌浩はじい様と向き合っていた。



「じい様、式の車之輔をお願いします。」



無言で頷いたじい様は、懐から青い玉をつないだ数珠を取り出した。くすんだ緑色の勾玉が四つほど付いている。



「じい様はしなければならないことがあるからな。遅くなるが……。」

「………………。」

「必ず、後を追う。が、間に合わないかもしれん。…だから、それまでお前が頑張れ。」

「私が出来るだけ援助はしますから、安心して下さい。」



じい様が「頼りにしているぞ。」と柔らかく笑んだのに、私も笑み返す。

視界の端で、空が顔を歪めた。



**********



「………空様。」

「……………十二神将の、」

「天一と申します。」

「朱雀だ。一度、会ったな。」

「仮の姿の時に、確か。」



咲夜と昌浩が晴明となにやら話しているのを空が黙って聞いていると、小さな呼びかけがあり、向けばそこには十二神将の天一と朱雀の姿があった。



「移し身をした私の傷を癒してくださりました。」

「ああ……、回復したようだな。」



言われれば、見たことがある。
透けるような金色の髪に返せば、礼を言われるので、気にする必要などないというのに。

目の前の十二神将を助けたのは、ただ、少しでも咲夜の負担を減らす為だ。
戦えるもの、使えるものは多い方が断然いい。



「俺からも礼を言う。天貴を救ってくれて、感謝する。」

「………………。」



頭を下げたのは、咲夜に剣を教えている神将で。
そういえば、以前咲夜からこいつと金色の神将は想い合っているのだ、と教えて貰ったことがある。

ああ、だからこいつもこんな顔をしているのか。



「この恩、どう返せばいいのか今の俺には見当がつかない。が、必ず返す。」



十二神将朱雀。神将の中でも、力が強い者。
剣の扱いに秀でており、そして、咲夜を妹のように想っている者。
咲夜と安倍の孫に聞いた話しを思い出す。

今、恩をどう返せばよいかわからぬ、と言ったこいつに視線を寄越す。
突然向き直った空に、一瞬驚いた朱雀だが、もう一度頭を下げようとして、空に止められる。



「………恩を感じているのなら、ひとつ頼まれてくれないか。」

「え…?」

「咲夜を、」



そこまで口を開き、すぐさま思い直して閉じる。言ったところで、どうにかなるとは思えない。



「…………、なんでもない。気にするな。」



訝しげにこちらをみる瞳を無視して、再度咲夜に瞳をよこす。

笑っているのに、泣き出しそうな表情をしている少女は、今にも割れてしまいそうだった。





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お久しぶりです。
張った伏線の意図を忘れてしまって焦ったのは内緒です\(^o^)/






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