早朝、雨音が耳朶を打つ中服に腕を通す。
久しぶりに着た洋服は、やはり肌に合っていた。
動きやすいように、下はズボンにスニーカーを選んだ。旅に出よう、だなんて思っていたあの時が酷く懐かしい。
服やポーチなとが入った大きなバックを部屋の隅へと退ける。こちらに持ってきていた私の小物は全て片付けた。
がらん、とした部屋に、お辞儀をひとつ。
深々と下げていた頭を上げ、朱雀との訓練に使っていた竹刀を手に取る。



「………お願いね。」

《………ああ。》



髪は綺麗にひとつに束ね、まだ暗い中庭へと目を向ける。


雨は、まだ降り続けていた。



**********



「……姉様?」

「昌浩…?」



墨染の衣を着た弟が胸元に手を当てながら廊下の向こう側から歩いて来る。



「っどうしたの!?体調悪い!?」



慌てて駆け寄れば、そうじゃないんだ。と小さく笑う昌浩。
そうして当てていた手をどけ、眉尻を下げながら、また笑う。



「彰子に、匂い袋を預かってもらったんだ。それで、なんか胸元が寂しくて。」



そう言って、視線を一度小さく逸らして、また。



「だったら、よかった。」



一言だけ返して、私も笑う。

昌浩が自分から話さないのだから、話したくないのだろう。


そんな、泣きそうな顔で笑っている理由は。



「あ、」

「どうしたの?」

「いいこと思い付いた!」



不思議そうにこちらを見てくる昌浩に、ちょっと待っていてもらい、首にかけてあった首飾りを外す。
その時に勾玉が小さく鳴った気がしたが、気のせいだろう。

太裳が天空に頼んで造ってくれた首飾りは、あの時からずっと私の胸元に収まっていた。
小さな飾りが付いたそれを手に持つ。



「昌浩、もうちょっと近くに来て?」

「?う、ん…?」



まだ何をされるのかわかっていない昌浩に、ああ、この時代はこんな行動取る人は居ないのだらうか。なんて考える。
きっと真っ赤になるのであろう昌浩を想像しながら、近寄って来た弟の首に手を回す。
紐を後ろで結ぶため、自然に顔と顔とが至近距離になる。
顔に触れる昌浩の細く柔らかい黒髪が少しくすぐったい。感じる体温に、ひどく安心する。



「ね、姉様!?な、なにをっ!!」

「あとちょっと…、っと!できた!」



名残惜しかったけれど、感じていた体温から身体を離すと、案の定と言うか、耳まで熟れたトマトのように真っ赤にした昌浩が見事に固まっていた。
その胸元に収まる、私の首飾り。
匂い袋みたいになにか効能があるわけではないけれど、あるのとないのとでは大分違うだろう。



「匂い袋は持ってなかったから、気休め程度だけど、それあげる。」

「……え、あ、…えっ?」



胸元に手を当て、漸くなにをされたのか理解した昌浩が私と自身の胸元をしきりに見る。
それがなんだか妙に可笑しくて、小さく笑ってしまった。
そうすれば、どこか拗ねたような表情になるのだから、また笑ってしまう。


ああ、これで少しは昌浩の気が紛れてくれればいいのに。
墨染の衣を着る弟が、どうか心から笑えるよう。



「あ、ありがとう、姉様!」

「ふふ、どういたしまして。」



感謝の言葉と共に浮かべた笑顔は、やっぱり泣きそうだった。





 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
出立しなかったとかそんな馬鹿な!




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