「…すごい」

昌浩様の声が静かになった路に響く。

それは、まあ、そうだろう。

呆然としている神将様方や昌浩様を尻目に、前に突き出していた手を吐き出す息と共に下ろす。
得体も知れない小娘が一瞬で身の丈を優に越える大蛇を倒したら、静かにもなる。

ひとつ息を吐き、呼吸を整えていく。心拍数が跳ね上がっているのが自分でもわかるほどだ。
ああ、もう、これだから、嫌だったのに。小さく文句を垂れるが、誰にも聞かれてはいないのか、蛇の居た場所へと何名かが近づいて行く。

あの蛇に近付かれれば近付かれるほど、響く声は大きくなり、それに伴い頭痛がするほど。なけなしの力を振り絞り瞬時に滅したのは、これ以上の体力消費を抑えたいから。あのままいけば瘴気にあてられて気を失い倒れていただろう。
あとは気色が悪かった。生理的に受け付けない。あれは無理。絶対無理。

「…随分と、呆気ない」

「うん、なんだか……」

正気に戻った昌浩様と騰蛇様が腑に落ちないといった様子で呟く。

確かに、思いの外呆気なかった。
それこそ、まるで見かけ倒しの式神を相手にしているような、

「あ、れ?」

晴明様が昌浩様の頭をぐしゃぐしゃっとかきまわす。その昌浩様の背中に銀色の謎の物体付いてるのが見えた。
取っておいた方がいいの、かな。どうするべきだろう。

じっと見つめていると、その物体が一瞬動いた。それと同時に、先程の蛇の気配が意識に引っかかる。

「あ、の?」

昌浩様が不思議そうな顔でこちらを振り返る。
いきなり自分の背中を叩いてくれば不思議に思う。私も思う。

けれど、この物体の説明も上手くできないので、笑って誤魔化す。伝家の宝刀ジャパニーズ曖昧スマイル。

「なんでもないです。突然すみません」

「う、ん…?」

「ほれ、夜警を続けるんだろう?こんなところで時間を潰してしまっていいのか?」

「いや、別に時間を潰したくて潰しているわけでは、」

「問答無用だ」

「…はぁ」

晴明様に急かされ、昌浩様といつの間に戻ったのか物の怪姿の騰蛇様が闇に溶けて行く。
物の怪に殺意ありありの瞳で鋭く睨まれたけれど、気にしない。出会って間もないのに敵視された気がするけれど、気にしない。傷付くけれど、大丈夫。
怪しい人状態を保っている私が悪いのだ。だって、どう説明していいのかわからない。

…ああ、私も貴船に行きたいなあ。
高於に会いたい、けど。
ここの高於は高於だけど私の知ってる高於じゃなくて…ややこしい。

とりあえず手の中の物体をどうにかしたい。

「そら、お前達もさっさと寝床に戻れ」

「じゃぁな、晴明、まったなあ!!」

雑鬼達も早々に戻っていくけれど、私はこの手の中のものどうすればいいのだろう。

「き、気持ち悪…」

なんか動いてる、動いている。手の中でうごうごと物体が蠢いている。
気持ち悪い。
感触といい動きといいなんかもう全てが気持ち悪い。


「咲夜様、手を」

晴明様に言われたとおりに手を逆さにする。ぼと、と落ちた白い欠片が地面を這い回るのに自然と眉根が寄る。えぐい。
どうするのか、と晴明様を伺おうとした瞬間。鋭い風が吹き抜けた。
六合様が蠢いている物体を横から槍で突いたようだ。槍の切っ先が地面に突き刺さっている。
突然のことに驚きすぎて、ただただフリーズする。危なすぎる。

「――気づいたか」

「おそらくは、騰蛇も」

六合様と晴明様がなにやら話し始め、重い空気が辺りを包み込む。
話しがわからない私は、所在を無くしたのでとりあえず足元にあった小石を蹴っておいた。
塀に当たった石が、軽い音を立てて跳ね返る。


「昌浩は気づいとらんだろうな。力が削がれておる、無理も無い」

霊力のこと、だよね。
ちらりと晴明様を見て、また足元に視線を落とす。
どんな妖と対峙して、どんな戦術を使ったのかはわからないけれど、あそこまで枯渇寸前状態になっているんだもの。
相当無茶な戦いをしたのであろう事は明白だ。

それよりも。

「「滅」」

私と晴明様が同時に呟く。
禍々しくて私の頭に直接嫌な感覚を流し込んで来るし気持ち悪かったそれを跡形もなく消滅させたことによって、軽くなっていた頭痛が完全になくなる。

「咲夜様よ」

「え、…はい」

「大蛇にいち早く気づき、この破片にまで気づくとはな。陰陽術も使えるようだが」

「…なぜか、昔からああいう類のものは視えるんです。陰陽術は……独学、です…」

「ほぅ…」

「それと、蛇以外にも、ここに来てから変な声がずっとしているんですが」

「変な声?」

「はい。呼び声のような、懇願する声のような、そんな」

瞬間、身体中に鈍い衝撃が奔った。
最後まで伝えることなく言葉を不自然に途切らせ、私はそのまま成す術もなく深い闇に意識を手放す。
意識が途切れる寸前、微かに感じた神気の持ち主を恨みながら。

覚えてろよ、あの黒い子供。





「晴明」

「あぁ…わかっておる」

一瞬だが何者かがそこにいた。
そして、咲夜様を気絶させると共に掻き消えてしまった。

そこに感じたのは、神気。

「多分、まだ知られてはいけない事なのじゃろう」

ここまで霊力の高い少女、そう容易くはいまい。
ましてや、彰子姫よりも高い見鬼の才を持っているなど。
このまま置いて行けば、殺してくれと言っている様なものだ。

「六合よ、すまんが咲夜様を我が邸に」

六合は、一瞬目を見開いたが、無言で頷くと咲夜様を連れて邸へと戻る。

「白虎、朱雀。不穏な動きが生じている、突きとめよ」

《承知》

一段落着き、息を吐く暇も無く踵を返す。

「……さて、では屋敷に戻るか」

青龍と天后の雷が落ちる前に。
肩を竦めて言う主に、天一と玄武はおかしそうに微笑んだ。

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