勾陳の声が聞こえた。
切羽詰まったような、あいつには珍しい少し取り乱した声だ。
その声に嫌な予感が全身を駆け巡り瞬時に地を蹴った。
後から思えば、俺もあのときは柄にもなく取り乱していた。
速くあいつの元へ行かなくては、と。
柄にもなく焦って、あいつが居なくなってしまいそうで恐ろしくて。
ああ、らしくない。
らしくないことなど自分自身がよくわかっている。
自分を保っていられなくなるのも、ここまで心を乱されるのも、全てあいつのせいだ。
ああ、こんなことを思うことすら以前の俺では考えられん。
「咲夜!」
焦りを含み少しの恐怖を滲ませた自分の声が暗い部屋に響いた。
「青龍…。」
寝かされた咲夜の傍らに鎮座していた勾陳がこちらを向く。
手が握られており、どこかなにかに縋っているようにも見えた。
「咲夜が、倒れた。」
「っ、」
静かに告げられた言葉に、息が止まるのではないかと思うほどだった。
やっと、やっと目覚めたばかりではなかったのか。
まさか、あの、傷が…!?
脳裏に浮かぶのは、今はいない奴の姿。
「やはり、あいつは俺が…!」
「落ち着け。傷は開いていない。」
「では、なぜ!」
鋭く言葉が飛ぶ。
頭に血が上る。
視界が赤く染まっていく。
やはりあいつは、あいつだけは…っ。
「わかっていれば、こんな気持ちにはなりはしないさ。」
なにもできない自分が歯痒くて、悔しくて、情けなくて。
ああ、本当にお前らしくもない。
「……、…っ。」
その気持ちがわかる、だなんて。
俺も大概俺らしくない。
**********
赤い、紅い、あかい。
視界一杯に灼熱の炎が広がる。
またあの夢だ。
幼い私が見た、父の最期。
流石に見慣れてしまったのか、動じなくなった私は非道なのだろうか。
いやいや、まあ夢だし。
紅蓮のことをよく知りもしなかったら憎んでいたのかもしれないけど、あの人がとても優しいということを知ってしまった今では、今だからこそ、憎しみなんてものは沸いてなどこない。
そりゃあ最初は戸惑いはした。仕方ないじゃない人間だもの。
頭整理する時間ぐらい必要なの。
「あ、れ…?」
いつもの夢。いつも通りの夢。
の、はずなのに。
「…ぁ、」
燃え盛る炎。中心にいる父。傍らで頭を抱え苦しそうにしている紅蓮。
歪な形に吊り上る口角。知っているのに知らない瞳。付きぬける衝撃。
広がるアカ。倒れていく弟。捻じ曲がった金色。
鼓動が速く脈打つ。全身を熱いものが駆け巡っていく。
いつもと同じ。同じ。おな、じ…?
「じゃ、ない、」
同じなんかじゃない。
重なる。わたしが。
重なる。昌浩が。
行かないで。行かないで。
場面が切り替わる。暗闇。
行かないで。行かないで。
先を歩く見知った背中。
ざんばらの髪に褐色の肌。真っ暗な世界の中、ぼんやりと光を放っている。
行かないで。行っちゃ駄目。
走る走る。追い付けない。進まない。
行かないで、行かないで、行かないで。
「ぐ、れん…!」
叫んでも、振り返ってはくれない。
手を伸ばしても、掴めない。
行かないで、行かないで…!
「追いて、行かないでよ…!」
願いは空しく、彼の姿は闇に呑まれてしまった。
頭ががんがんと内側から殴られる感覚がする。
ちかちか視界が瞬く。足が笑っているのが分かった。
ねえ、胸が張り裂けそうなの。
戻って来てよ。お願いだから。
血が滲みそうなくらい叫ぶ。
全ては暗闇の中へと溶けていった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
少女の叫びは届かない。