「無理いぃいぃいぃっ!むぅぅぅりぃぃぃっ!!」

「往生際が悪いぞ咲夜!」

「むぅぅぅぅりぃぃぃぃっ!」



晴明様の部屋へと続く廊下でぐぎぎぎ、と踏ん張っているのは私。
後ろから何が楽しいのか嬉々とした声で笑いながら背中を押してくるのは朱雀。
その隣で微笑ましそうに笑っているのは天一。

昌浩の怪我を移し、生死をさ迷っていた彼女を動けるまでに回復させたのは、空だという。
なんでそんな行動に至ったのかはわからないが、元気になってくれてよかった。
まだ安静にしてなくてはいけないが。


ふふ、と可憐な雰囲気を纏う彼女は、私と朱雀を見ているだけだ。

た、助けてくれないかな天一…!



「だ、大体!どこからその情報流れたわけ!?」

「勾陳だ。」

「こぉぉちぃぃん!?」



情報の流出反対!
人権擁護ぉぉぉ!



「別に晴明をじい様と呼ぶだけじゃないか。」

「準備がっ!心の準備がっ!」



出来てない!出来てないから!


「ほら、行くぞ。」

「いぃいぃやぁあぁあぁっ!」



抵抗空しくずるずると晴明様の部屋の目の前まで来てしまった。
来てしまった…!来ちゃったよどうしよう…!
朱雀を恨みがましく見れば、何故か楽しそうな嬉しそうなきらきら光った瞳で私を見ていた。
なんでそんな目で私を見てるの君…!
目の前には晴明様の部屋、後ろには朱雀と天一。
…逃げられないっ。
ぐるぐると脳内でどうにか突破口と開けないものかと考えてみるが、なにひとつとしていい案が思い浮かばない。
頭の回転が遅い私のお馬鹿っ!
なにひとつとして打つ術がない私にできる唯一の事といえば、大人しくきらきら光った瞳の期待に応えることぐらいだろう。
ええい!女は度胸!
大きく息を吸って部屋の中へと入る。
瞬間集まった幾つもの視線に思わず回れ右をして逃げ出したくなったが、後ろにいる朱雀に退路を断たれていたので叶わなかった。



「咲夜様、どうかいたしましたかな?」

「せ、いめい様…。」



驚きに見開かれた目を嬉しそうに細め問いかけてくる晴明様。
その隣で愉快そうに口端を釣り上げる勾陳お前のせいだからな!

ぐ、ともう拳を握り晴明様を見据える。



「咲夜様?」

「晴明様!あの、ですね!」

「はい。」

「あの、ですね…!」

「はい。」

「あ、あの…ですねっ!」

「はい。」



同じ言葉を馬鹿みたいに繰り返す私に、優しく返してくれる晴明様。
喉になにかが張り付いたみたいな感じがする。
晴明様を見据えていた視線は、あっちへいったりこっちへいったり多忙だ。
が、頑張れ自分!
勇気を振り絞れ!



「じ、じい様!」



思いのほか大声が出てしまったらしく、私の声は部屋の中で響いた。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をする晴明様。
くっくっくと笑いをかみ殺す勾陳。
なぜか頭を撫でてくる朱雀に嬉しそうに手を握ってくる天一。
そして恥ずかしさに顔を真っ赤にさせているであろう私。

なに、このカオス空間。



「…なんじゃ、咲夜。」

「っ!じ、い様…!」

「なんじゃ。」

「じい様っ!」

「なんじゃ、咲夜。」



柔らかく微笑みながら優しく私の名前を呼ぶ晴明様…じい様に目頭が熱くなる。
嬉しくて、嬉しくて、頭を撫でてくれている手が暖かくて、どうしようもなく恥ずかしくて。
ずっとじい様を呼び続けた。


(微笑ましいな。)
(良かったですね、咲夜様。)
(朱雀に言って正解だったな。)






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