咲夜が目覚めない。
ああ、早く目を開けてください。
早くあの笑顔で私の名前を呼んでください。
心配と後悔と不安とが混ざり合ったこの胸中を、どうにかしてください。
お願いです。
「咲夜…。」
目を、開けてください。
願っても、少女の瞳が開かれることは無かった。
ああ、何故私はあのとき貴女の元へ行かなかったのでしょう。
胸が何かを必死に訴えていたというのに、何故。
何故何故何故…!
ぎり、と拳を握る。
爪が皮膚に食い込んで今にも表皮を破りそうだ。
「目を、開けてください…。」
不安と自責の念で、どうにかなってしまいそうだ。
**********
「咲夜!」
「たいじょぅおわあ!?」
咲夜、咲夜、咲夜!
動いている、喋っている、私の名前を、呼んでいる…っ!
「よかった…!」
もう二度と目を開けてくれないのではないかと、
「し、心配かけてごめん。あと苦しい。」
「すみません。もう少しだけ。」
「え、なに。太裳さん甘えたの時期突入?」
しょうがないなー。とからから腕の中で笑う少女に、胸中にあったものが暖かく融解していく。
少し強く抱きしめれば、そろそろと腕を背中に回し抱きしめ返してくれる。
よかった。本当に。
「ごめんねー心配かけちゃったよねー。」
「当たり前です!どれほど心の臓が止まりかけたか…!」
「それは一大事だ!」
止まらなくてよかったねーじゃありません!
「もう二度とあんな真似はしないでください…。」
「そ、それは奴さんとご相談下さい…。」
私今回は無茶してないよ?と少しぶすくれながら言う貴女の言葉は信じられません。
そう言えば腹部を軽く殴られた。
「大丈夫。人間そう易々と死んでたまるもんですかってんのよ!現にほら、生きてるでしょ?」
「その変わり私の肝が冷えました。」
「それは…どんまい!慣れて!」
「無理です。」
貴女が虫の息でこの邸に運ばれてきたときの絶望を、私は未来永劫忘れること出来ないでしょう。
「死んだりしないから。」
どこか真剣みを帯びた声。
こちらを見上げた少女は優しく微笑んだ。
「死なないよ。待っててくれる人がいる限り死んだりしないよ。」
だからさ。
「太裳は、私が生きて帰ってくるのを待ってて下さい。」
無茶して突っ走って瀕死の状態ヒットポイント残り僅かになったりしちゃうけど。
待っててくれる人がいる限り、私死なないから。
ちゃんと戻ってきて、笑顔で「ただいま」って言って見せるから。
だからぼろぼろ満身創痍な私が帰ってきても「お帰りなさい」って言ってくれませんか?
「立場逆ですよ…。」
「うん。知ってる。」
「そうですね。なら、私が咲夜の戻ってくる場所になります。」
だから、
きちんと戻って来てください。
「頑張ります!」
咲夜、貴女は理解していないのでしょう。
意図して言ったわけでもないのでしょう。
言葉の意味に気付いているのは私だけ。
でも、それでいい。
いつか気付いてくれることを、今は願うばかり。
「あ、太裳!」
「なんですか?」
抱き締めていた腕に力が籠った。
「ただいま!」
おかえりなさい。
(…あの、そろそろ離してくれません?)
(嫌です)