「…大丈夫?」

森を抜け(例の妖は森の外へは出てこなかった)、和風の建物が並ぶ町のような場所へ出た私の目の前には、沢山の雑鬼に潰された少年が居た。
その傍らには白い物の怪が座っており、少年に呆れたような視線を向けている。

そこで少しばかりなにか記憶の片隅に引っかかりを覚えた。
なんだっただろうかと内心首を傾げ、すぐに思い至る。白い物の怪、雑鬼に潰される少年。そういえば、以前親戚の家の書庫で読んだ書物に、似たような光景が書いてあったはずだ。

その人物は、確か、

「…安倍昌浩?」

そうだ。それだ。私のご先祖様である陰陽師の名前。
家系図にもその名が書いてあったのを覚えている。
記憶を戻すために、離れと親戚の家にある書物は片っ端から読んで読んで読みまくったから、間違いないだろう。
私のご先祖様で、希代の大陰陽師である安倍晴明の孫。

その書物に書かれているご先祖様と似たような光景に、少しばかり笑いがこみあげる。
まさかこの時代に妖を引き連れて妖に潰される人がいたなんて。しかも神将騰蛇にそっくりな物の怪まで連れている。こんな偶然あるのだろうか。

面白いような、大変そうな。そんなことを考えながら、目の前のご先祖様そっくりな状態の人に目を向ける。
未だに潰されていた。

「あの、この雑鬼達追い払った方がいいですか?」

「み、見えてるの!?」

潰されながら喋るご先祖様そっくりな人に、こくりと頷き返す。
傍らに居る物の怪も声は出さなかったが驚いている様子でこちらを見上げている。

「うん。一応、はっきりと」

「見鬼の才があるのか!!」

「その通り、です。神将様…っぽい方」

「なっ!!何故俺の正体を…っ!」

二人とも驚愕に目を見開き、物の怪はこちらを睨み上げる。が、私も今しがたの返答で頭が混乱している。
正体、正体と言っただろうか。神将という単語に対して正体を知っているのかというニュアンスの言葉を返してきたのだろうか。それはつまり、この物の怪は神将そのものということになる。けれど、物の怪姿は昌浩と共にあったときだけで。ああ、待って。どういうことなのだろう。
毛を逆立てて威嚇する物の怪は、嘘を言っているようには見えない。むしろ、私への不信感、警戒を露にしている。
本当に神将ってことになるのだろうか。ああ、じゃあここは、過去ということになる。数百年も昔の、京。

「答えろ!」

「……知っているから、知ってるんです」

「返答になってない…。…それよりも、とっととお前らはどきやがれーっ!」


あ、これ書物に書いてあった。雑鬼たちに押しつぶされ毎度毎度怒号と共に起き上がる、って。
誰が書いたのかわからないけれど、この光景が後世まで記し残してあるのを知ったら、きっと彼は愕然とするのだろう。
それにしても、本当に書いてあった通りだ。それになにより、気配が、似すぎている。

後ろに誰かわからないが、また似た気配を持った人物が現れる。
きっとこの気配が晴明様なのだろう。

とても大きくて、暖かくて、包み込まれるような。…あ、れ?
私、どこかでこの気配と会ったこと、ある?

記憶の糸を手繰り寄せるが、どこにもこの気配はない。
もしかしたら、失っている記憶の中にあるのだろうか。なら、今考えるのは無しの方向で。ないものをあれこれ考えても、わかるわけがない。

私が後ろを向くとつられて昌浩様も後ろを振り向く。

「………げ」

盛大に顔を顰めた昌浩に対し、その人物は愉しそうに目を細める。

「なるほど、これが噂によく聞く一日一潰れか。覚えておこう。して、そこの女人は?」

「覚えなくてけっこーです!!この方は…俺にもよくわかりません」

やりとりを聞いていて自己紹介をしていない事に気づく。
時代は(多分)違うのだろうけれど、礼儀というのは必要だ。と、思う。
慌てて一歩前へと出て、軽くお辞儀をする。

「…は、初めまして。ええと…咲夜と、言います」

晴明様とその傍らに控える神将の人たちを順に見てそう口にすると、晴明様は愉快気に細められていた目を更に細めてこちらを見据えた。

「ほぅ、穏形している天一らの姿が見えるのか…」

「穏形、していたのですか?それにしては、姿がはっきりとしていて…」

何か、力増してないかな、私。
穏形している神将達の姿が見えるなんて、普通はありえないでしょう。
気配を感じることくらいは出来たとしても、ここまで鮮明に見えることはない。
それに、いくら妖が見えるとはいっても、そこまで見鬼の才は強くなかったはずだ。

《晴明、こやつが…》

「そうだのぅ。そう考えるのが妥当かの」

「……式盤、ですか?」

「ほう…、賢いの」

「い、いったい何しにきたんですか。じい様っ」

今まで呆然と私達のやり取りを聞いていた昌浩様が声を上げた。

「たまにはお前と夜警も悪くないと思ったのさ」

その後も何か言い合いをしている孫と爺様。
その少し離れた場所に暗い色の長い髪を、項付近でひつとに纏めた長身の男性が、鋭い瞳で私を見ると、無言で近づいてきた。
彼は、確か、

「あの、どうかしましたか…六合様?」


じっと、私の顔を凝視してくる十二神将の一人、六合。
美人の怒った顔は怖いと言うけれど、射抜くような瞳も怖い。怖いというよりかは迫力がある、だろうか。どちらにしても居心地が良いものではない。
どうしよう、と視線を彷徨わせていれば、薄い唇が開かれる。

《貴様、何者だ》

「…随分、直球ですね」

硬く、こちらを詰問するような声音に、どうしようと思いとりあえずへにゃりと笑う。じとり。睨む眼光が鋭くなった気がしたが、見ない振り。
まさか、こんなストレートに聞いてくるとは思わなかった。

そりゃあ、私に疑問持つなというほうが無理な話しだろうけれど。

「あー…ううん…。答えれはしますが、すぐにはわからないと、思います」

その言葉に驚いたのか少し目をむく六合様。
ここまであっさり答えられると思わなかったのだろう。
表情が多い人だな。ふわりと風で舞い上がった前髪に、しっかりと現れた綺麗な瞳。ぼんやりと見上げつつ思う。

「…私は、六合様達が考えている通り、ここの者じゃない。気付いたら、居た。それだけです」

返事に不満をもったような表情が一瞬覗いたが、すぐに最初の無表情に戻った。
その反応に苦笑を零しながら夜空を仰ぎ見る。

先ほどからなにか、奇妙な音が聞こえて来ている。頭に響く、どす黒いような、声。
何だろう。

「……っ」

一瞬、ぞわりと嫌なものが全身を襲う。背筋を何かが這い上がる、気色の悪い感覚。
巻きつくように、こちらを逃がさないとでもいうように、絡みついてくるこの感触は。

「…六合様。もうすぐ、蛇がきます」

《何?》

そう、これは、蛇だ。大きな大きな、大蛇。
剣呑そうに私の方を向く六合様にもう一度蛇が来ます、と告げて気配を辿るため瞳を閉じる。
まだ、まだ遠く。でも確実にこちらに向かって来ている。

晴明様に言っておいた方がいい、のだろうか。小さな逡巡も、息が苦しくなるような気配に吹き飛ぶ。
六合様からの視線は右から左へと流し、晴明様に小走りで近付くが神将様方が臨戦態勢をとったので少し離れた場所で止まる。

「晴明様。遠くに異形のものが居ます」

私の言葉に視線をあらぬ方へ向ける晴明様。
遅れて、十二神将達がその方向へ視線を向ける。

「まだ遠いですよね?」

私の言葉に頷く晴明様、驚く昌浩様と疑念の眼差しを向けてくる十二神将達。
正直言って、かなり視線が痛い。

「……何か、来る」

「なんだ?」

「さあ」

雑鬼達も気づいたのか顔を見合わせ始める。
相変わらず可愛いなあ…、…いや、やっぱり可愛くないかも。

「要領のいい奴らだなぁ…」

昌浩様が呟いた言葉に私も激しく同意してしまった。
確かに、晴明様や昌浩様の後ろに隠れれば安全だろう。
だからって私の後ろにまで隠れないで欲しい。
少し、いや、正直言ってかなり邪魔だ。

「こいつらは、昔っからこんなもんだ、気にするな」

「なんて奴らだ」

騰蛇様の言葉にちょっと呆れてしまう。
いつのまにか六合様が昌浩様の隣であり、私の前である位置に立っており、抑揚のない声で呟いた。

「……くるぞ」

もっくん…だったか、物の怪の姿から瞬く間に本来の姿に立ち戻る騰蛇様。
これは、私はどうすればいいのだろうか。
正直言って、先程の妖のせいで、ほぼ何もできないのが現状だ。
その上この大蛇の瘴気で余計に体力を持って行かれているので、お荷物状態である。

「ま、お手並み拝見といこう」

晴明様が後ろに数歩下がる。
ああ、私も下がろうかな。


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気配には敏感。
*修正で神将、昌浩の呼び方変更しました。話数的に少ししたら呼び捨てになります。
 神様や先祖に対してフランクすぎね?と思ったので変えただけで展開に影響ないです。


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