「気分はどうだ。」
「平気。傷ももう塞がったよ。」
傍らに鎮座し、心配そうに聞いてくる玄武に笑って返す。
この会話、ついさっき六合ともしたばっかりなんだけどなあ。
ふへへ、とついつい笑い声をあげてしまうと玄武から気味が悪いと辛口のお言葉を頂戴する羽目になった。
酷い。酷いよ玄武…!
「大丈夫そうだな。」
「だからそう言ってるじゃんよー。皆心配性すぎ。」
心配にもなる。と真剣な顔で返されてどき、と心臓が撥ねた。
ばれてます?
ばれてますか、いままで無茶しすぎたことが…!
また外出禁止とかにされたらどうしよう。
不安と宵藍さんのブリザード説教に対する恐怖で心臓が撥ねた音。どきどき。
うう、怖いよー。恐ろしいよー。
……あれ?
「宵藍は?」
真っ先に来て開口一番に怒声が響くと思っていたのに。
そういえば目覚めてから一度も姿を見ていない。
不思議に思って尋ねると、なんとも難しい表情で玄武は黙り込んでしまった。
え、何。どうしたの。
「…そのうち、来る。」
「ふーん?ならいいん…いや、よくない、よくないよ!?」
冷静になれ、自分。
宵藍が来る=説教される。
なんて素晴らしい方程式!
あはは!死亡フラグが立ったよどうしよう!
「そう言ってやるな。あいつがここに来ないのはお前の為に頑張っているからだ。」
「勾陳!私の為に頑張ってるって?」
「ああ。少しずれた方向に、だがな。」
「……ごめん。嫌な予感しかしない。」
「多分、その予感であってると思うぞ。」
「……はあ…。」
額に腕をあて、後ろへ倒れこむ。
ごす、と後頭部から鈍い音と共に地味にじんじんと痛みが襲ってきたけれど我慢。
そんなことよりも、天空に武器造りを頼んでいるであろうあの人ほんとどうしよう。
「あれは紅蓮じゃなくて、黄泉の屍鬼なのに…。」
「なにであれ、禁忌を犯したことには変わりないのだと。」
「…どう思うよ、玄武さん。」
「知らん。」
「はあ…。」
言い出したら止まらない実は直情的なあの人は、どうやら本気のようだ。
「禁忌犯したくらいで大袈裟な…。」
「それだけではないからな。」
「え?」
「本人に聞け。」
そう言い残すと、勾陳は部屋から出て行ってしまった。
玄武ももれなくくっ付いて行ってしまった。
本人に聞けって言われても、その本人がいないんですけど…!
ごろごろと私以外誰もいない部屋を転がる。
しかしすぐにぼす、と障害物のないはずの部屋でなにかにぶつかって止まった。
あー?なんだろう。文台にでもぶつかったかな。
そう思ってごろんと仰向けになってみる。
そこには感情が一切現れていない瞳があった。
「六合、どうしたの?」
訳。どうして私のごろごろ邪魔したし。
「…一人にするわけにはいかないからな。」
「いや、さすがの私でもこの状態でなにかやらかそうとは思わないよ。」
さすがに。
そうか、と短く呟いた六合は隣へと腰を下ろす。
ごめん。お茶もなにもない。
「皆過保護だと思うんだけどどうよ?」
んしょんしょと胡坐をかいている六合の膝の上へとずりずり上る。
起き上るの面倒くさいとかそういうのではないよ決して…!
「……仕方ない。」
「仕方ないの一言で片付いちゃうわけ!?」
もう傷も塞がって元気なんですけどどうでしょう。
駄目ですか。
やっとこさ膝の上に上半身が乗ったので頭を預け下から六合を見上げる。
相変わらずのイケメンっぷりで。
「本当にもう大丈夫なのか。」
こちらを見下ろしてきた黄褐色の瞳が私を射抜く。
さわり、と落ちてきた鳶色の髪が顔を掠めてくすぐったい。
「大丈夫だよ。」
だから、ね。
気に病まなくてもいいんだよ。
「私の傷は六合のせいでも玄武のせいでも、太陰の、昌浩のせいでもない。」
もちろん、紅蓮のせいでもないんだよ?
だからって風音が悪いわけでもないの。
だから、紅蓮も風音のことも恨んだりしないでね。
そう言えば、普段あまり感情を表すことのない瞳が揺れるから、腕を伸ばして綺麗な頬を撫でればその手は六合の大きな手に掴まれてしまう。
「…気付けなかった。」
「………。」
「早く見付けていれば、お前は怪我を負わなかった。」
「そんなもしものことを考えてたらきりがないよ。」
もし紅蓮を風音よりも先に見つけていたら?
もし昌浩が紅蓮に近づくのを止めれていたら?
もし紅蓮の変化にもっと早く気付けていたら?
言い出したら際限がない。
「起こっちゃったものは仕方ないんだよ。それに私言ったじゃない。怪我は誰のせいでもないって。」
六合が、そんな罪の意識に苛まれる必要性はこれっぽっちもないわけですよ。
おわかり?わかった?どぅーゆーあんだーすたん?
「……咲夜、」
「すまないもごめんも受け付けておりません!」
ここまで言ってもまだつらそうな表情をするこの人はどうしたらいいんだろう。
違うって言ってるのになー。
掴まれている手で六合の手を握れば強い力で握り返される。
ふわりと何処からか入ってきた風に綺麗な髪が揺れる。
大丈夫、大丈夫だから。
私はちゃんと生きてるから。
ここにいるから。
「じゃあさ、こんなことが二度と起こらないように。」
「………。」
「六合さんがずっと私の隣にいればいいんじゃないでしょうか。」
どう?
そうすればまた似たようなことは起こらないでしょう?
にやりと笑ってやれば、困ったような悲しそうな嬉しそうな、形容し難い笑みが視界に広がる。
「約束しよう。」
「うん。」
「何時如何なる時でも、咲夜の傍らに居ると。」
「あはは!なんか変な感じ!」
何時如何なる時、なんて無理なことぐらい六合だってわかっている筈。
だけど約束してくれた。
何時如何なる時でも居てくれる、って。
あはは!変なの!
「もう二度と、傷つけさせない。」
「うん。期待してます。」
精々自由奔放する咲夜ちゃんが怪我しないよう頑張ればいいよ!
私自重なんてしないもん!
すぐに駆けてくし、すぐに首突っ込んじゃうけど、それでも頑張ってくれますか?
「当たり前だ。」
自信が溢れんばかりだというかのような声音で返された言葉。
私を射抜いたままの真剣な瞳に、繋がっている手が急に熱くなった気がした。
なな、なんか雰囲気が甘い…!
微妙に甘いぃぃぃ…!
「そそそそういえば昌浩の容態は!?」
「…容態は安定している。」
そそ、そっか。うん。ならいいんだ!
「昼餉は食べられそうか?」
「少し欲しいかな。」
え?持ってくる?
いやいや!私食べに行くよ!
よっこらしょーいち。
よし、行こう!
繋がれたままの手を解きたい様な、繋いだままでいたいような、どこか小恥ずかしい気持ちになりながら日差しが暖かい冬の邸を歩く。
結局手は繋いだままだった。
(どうしたの、手なんか繋いで)
(仲良しですからー)