咲夜が泣きそうな顔をしていた。
すぐにでも駆け寄り、大丈夫。と抱きしめたかったけれど、それは出来ずに終わった。
彼女のすぐ傍らにいた騰蛇が彼女の手を握り、彼女もそれを握り返していたのを目の当たりにしてしまったから。
その光景を見たとき、何か、どろどろとした、黒いものが心の臓がある所から溢れ出し、どうしようもなく胸が締め付けられ、感情が渦を巻き、果てしない憤りを覚えた。
咲夜が私達のことを信用して話してくれていて、とても喜ばしい時間の筈なのに、この胸を占めるどろどろとした醜く汚いもののせいで、愚かにも私は、咲夜に腹を立てていたのだ。
彼女は何も悪くはない。
迷いもなく彼女を探しに行った騰蛇も悪くはない。
けれど、繋がれた手に、騰蛇を頼る咲夜に、咲夜の傍らに立ち彼女を支える騰蛇に、これまでにないんではないだろうかと思ってしまうほどに腹が立って、仕様がないのだ。
ああ、何故。
何故彼女は私を頼ってくれなかったのだろうか。
私が拒絶の色を示すのだとでも思ったのだろうか。
そのようなことありはしないのに。
私が咲夜を否定することなど決してありはしないのに。
何故、何故、何故。
「太裳?」
《…なんですか、咲夜。》
ああいけない。先程の事など考えている場合ではない。
今は彼女の護衛。
私一人ではなく勾陳もいることは気に入らないけれど。
「あ、ううん。何でもないんだけど、ぼーっとしてるみたいだったから。」
ふわりと笑う咲夜。
先程までの自分の考えが酷く愚かで醜く、とても恥ずべきもののように思えてきてしまう。
今は騰蛇はいない。
どうやら晴明様と昌浩様との三人で何やら話しているようだった。
あのような話しをした後、彼女の傍らにいれるこの現状を思考に耽って時間を無駄には出来ない。
ああやはり勾陳が邪魔だ。
何故二人ではないのだろう。
「…ねえ二人共。」
《なんだ。》
《なんですか?》
勾陳と一緒くたにされたことがとても嫌だけれど、名前が呼ばれなかったことがとてつもなく腹が立つけれど、表には出さない。
貴女は、私のこの考えを知った時、どういった反応を私にするのだろうか。
気味が悪いと言うだろうか。
恐ろしい、と離れてしまうだろうか。
二度と私が好きなあの笑みを向けてはくれなくなるのだろうか。
ああ、やはり表には出せない。
「晴明様のこと、じ、じい様って呼んでも、いいと…思う?」
きょろきょろと視線をあちらこちらへと泳がし、気まずそうに言う咲夜。
なんてことでしょうか。
貴女はそのような可愛らしい悩みを抱えていたんですね。
《呼んでやれ。あいつも喜ぶだろうよ。》
《…ええ、きっとお喜びになられますよ。》
「そうかな?…だったら、いいなあ。」
はにかむように笑う咲夜に、どうしようもなく愛しい気持ちが込み上げて来た。
ああ、ああ、貴女を誰にも渡したくない。
私を一番に頼ってほしい。
貴女の支えは私で在りたい。
「た、太裳…?」
《……私は、一生貴女の味方で在ることを…、》
咲夜の髪を一房手に取り、唇を落とす。
誓い。
私のこの気持ちを精一杯隠し、表した、誓いの口付け。
私は一生この誓いを違えることはありえないでしょう。
従うことを誓ったのは晴明様だけれど、守ると誓うのは貴女だ。
《太裳…。》
《…勾陳。私は負けるつもりは、微塵もないんです。》
きっと神将達の中でも、とりわけ心情の変化を察知しているであろう勾陳を見、微笑む。
答えは聞かず、そのまま視線を滑らせ、咲夜の顔を見れば。
《真っ赤、ですね。》
「っ!う、うるさいぃぃぃ!!」
うわあああん!と顔を熟れた果実のように赤くさせ、想像を超えた速さで出て行ってしまう。
勾陳が呆れたような、どこか楽しそうな顔でこちらを見て来ているが無視。
必ず私のものにしてみせます。
誰にも渡すつもりはありません。
騰蛇にも、青龍にも、六合にも。
覚悟しておいてください、咲夜。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
太裳さんがワカラナイ。