二人の間を沈黙が支配する。
互いに口を閉ざし、何も喋ろうとしない。
話している最中から逸らしていた視線を、ちらりと騰蛇へと向ける。
とても綺麗な金色の瞳に、驚きと困惑の色が浮かんでいるのを捉えてしまい、ああ、拒絶された。そう、思った。
未だ困惑から抜け出せていない騰蛇の腕から逃げ、背を向けたまま立ち止まる。



「咲夜…?」



私が腕の中からいなくなったことで、少し困惑から戻ってきたのであろう騰蛇が、私の名を不思議そうに呼んだ。



「騰蛇、私ね。ここにいれば幼い時の記憶が戻るような、そんな気がするんだ。」

「………。」



何が言いたいんだ。と皺が寄せられた眉と瞳が聞いてくる。

不思議だよね。ついこの間ここに来て、その時はその金色の瞳を向けられるのが少し怖かった。
何も頼るものがなかったあの時、騰蛇の瞳はお前の居場所などここにはない、と言っているようで。


でも、今は全然平気なんだ。

それはきっと…思い違いかもしれないけど、騰蛇が私を少なからず認めてくれたからだと思うんだ。
私の勝手な自惚れでもいい。
騰蛇だけじゃない。他の神将達とも、昌浩とも彰子とも晴明様とも仲良くなれた。
暖かくて優しい、私の居場所ができた。

でもその反対で…。



「…失うのが、嫌われるのが、怖くなったんだ。」



記憶が戻らない絶望よりも、私がワタシでいれなくなるかもしれない不安よりも。
それと同じくらい、それ以上に、嫌われるのが、失うのが怖い。



「どうしよう騰蛇…私、皆に会えない…っ!怖いのっ…!」



怖くて怖くて、不安で不安で。
私が何者なのか、どうなってしまうのか。
そんなことよりも、皆に嫌われる事が恐ろしい。



「怖い…っ!怖いんだよ、とう…っ!?」

**********

怖いと繰り返す少女に、何故か背筋が凍った。


嫌な、とても嫌な予感がする。

するわけないと否定しながらも、予感は大きく、確かなものになっていってしまう。
少しずつ後ずさって行く咲夜に。
その声音に秘められているものに。

もし、もし咲夜が、嫌われるくらいなら俺達の前から去ろう。などと考えていたら?
俺達は、俺は、この少女を失うのか?



「怖い…っ!怖いんだよ、とう…っ!?」



離れてしまっていた咲夜との距離を一瞬で詰める。
突然のことに驚いたのか、目を見開く咲夜の両頬に手を当て、



「いひゃいいひゃい!?」



思い切り引っ張った。

面白いぐらいに伸びる頬をぐにぐにと伸ばしてみたり戻してみたりしていると、涙目になった咲夜がばしんばしんと腕を叩いてくる。
俺の事を見上げる瞳は若干怒りが籠っている気がするが、あえて無視して抓り続けてみれば。
げし。足を思い切り蹴られた。



「何をする。」

「こっちの台詞!いきなり何するの!?」



抓っていた手を離して問えば、赤くなっている両頬を手で覆いながら咲夜が怒鳴る。
呂律が良く回っていないのは、頬が痛いからだろう。



「面白いぐらいに伸びたな。」

「もう一発蹴ってやろうか…!」



恨みがましそうにこちらを睨みあげてくるが、目尻に涙が浮かんでいるので全く怖くない。
そのことがわかったのか、ぶすっと唇を尖らせて拗ねる咲夜の姿が可笑しくて、愛しくて。
ああ、やはり俺はこの少女を失うのが怖い。再認識させられた。

未だに拗ねている咲夜の頭を数回軽く撫で、右手を差し出す。
きょとん、と小さく首を傾げているので、意味が理解できていないのだろう。
俺と右手を交互に見る咲夜に小さく笑って、そんな少女の左手を差し出していた右手でとる。
え?と困惑した声をあげる俺よりも幾分か小さい少女を見、笑ってみせる。



「帰るぞ。」



そう言った瞬間、咲夜の身体が固まったのがわかった。
瞳は不安そうにこちらを見ている。
眉根は下がり、口は何か言いたそうに開かれるが、何も言葉を発さずにまた閉じられてしまう。
空いている左手でもう一度咲夜の頭を撫で、安心させるよう喋りかける。



「大丈夫だ。皆お前のことを嫌ったりなどするものか。」

「でも…、」

「神様だろうが、人間だろうが、お前はお前だろう。気にする必要などない。」

「……!」



泣きそうなほど顔を歪めたと思ったら、突然抱きついてきた。
ぎゅ、と俺の腰に回された腕に力が籠る。



「…がとう。ありがとう、騰蛇…っ!」



震える声で、消えそうなほど小さな声で、けれどはっきりと告げられた言葉。
どうしようもなく湧いてくるこの感情はなんだろうか。

わからない、わからない。

けれど、この少女になら、



「紅蓮だ、」

「え…?」



呼ばれてもいい。


そう思った。

口を開き、呆気に取られたような顔をする少女に、もう一度、はっきりと告げる。



「紅蓮だ。そう、呼べ。」

「…、うん!ありがとう、紅蓮!」



花が綻ぶような笑顔。この言葉が一番合うだろう笑顔で、咲夜は俺に笑いかけた。

繋いだ手がどうしようもなく熱くなり、鼓動が大きくなった。


少女に名を呼ばれた時、少女の笑顔を見たとき溢れ出てきたこの感情は一体、なんだろうか。



晴明ならば、わかるだろうか。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
芽生えたの気持ちにまだ名前はないけれど、



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