陰陽寮から帰り、夜警前の束の間の一時をくつろいでいると、何やら外が騒がしくなった。

どうしたんだろうね?と気になる様子の昌浩を部屋で待たせ、短い足をぽてぽてと動かして外へと出る。
庭におりると、どこかへ行こうとしている太陰を必死で止めている玄武達がいた。

一体何があったんだ?



「騰蛇じゃないか。どうした?」

「それは俺が聞きたい。何かあったのか?」

「ああ…。咲夜がまだ帰って来ていないんだ。それで、な。」

「青龍が一緒の筈だろう?」

「一緒だったさ。今は異界にいるがな。」

「…俺が探しに行く。」



一瞬の後本性へと立ち戻り、神将達の声など聞かずに塀を飛び越える。
青龍が何もせずに異界にいるということは、あいつは自分から一人になったのだろう。
いつもはきちんと戻ってくる。
皆に心配はかけたくないから。どこか幸せそうに笑いながらくすぐったそうに言っていた。

なのに…。

ぎり、と歯を食いしばり、咲夜の気配を探す。



「車之輔のところかっ!」



微弱に揺れ動く気配は確かに咲夜のものだった。

なんて、なんて不安定な気配なんだ。
脆くて、儚くて、今にも消えてしまいそうだ。
早く行かなければ、と思った。
そうしないと、消えてしまいそうで。

それに、何故か。理由はわからないけれど。


咲夜が泣いている。

そう、思った。

**********

橋の袂まで行くと、案の定そこに咲夜はいた。
いたことに安堵し、急いで咲夜の目の前まで駆けるが、咲夜はしゃがみ込んだままぴくりとも動かない。
その姿に、暫くの間茫然とした。
咲夜が、こんなにも追い詰められている。
俺がここまで近づいていても気づかない。
それほどの何かを抱え込んでいる。
ふと思い返せば、笑っている顔しか出てこない。
床に伏せっているときでもこいつは笑顔だった。
初めて見た、咲夜の違う顔が、これか。
知らず知らずのうちに拳を握っていたのか、皮膚に爪が食い込んで掌が悲鳴をあげていた。



「…こんな悩む姿とか、私には向かないよ…。」



聞こえてきた声は自嘲の色を深く含んでいて、胸が苦しくなった。



「そうだな。」



気付いたときには声が出ていて、内心驚いた。
何かに弾かれたかのように、咲夜の顔があげられる。

なんて顔をしているんだ。

あげられた顔は、眉根は下げられ、とても情けない顔をしていた。



「…どうしたの?」



弱弱しい声。

また、胸が締め付けられるかのような痛みが襲ってきた。
きりきりと煩い。



「お前が帰って来ていない、と神将達が煩いんだ。」



胸を締め付けている"何か"を無視して、目の前の少女にそう告げる。
きっと、この胸の痛みは神将達が焦って騒いでいるのに疲労が溜まったせいだ。

そうだ。そうに違いない。
咲夜を連れ帰れば自然と治まるだろう。


そっか。と小さな呟きが聞こえた。



「…ごめん、今は一人になりたいんだ。」



そう言った咲夜の顔は、どこか強張った、無理矢理作った笑顔だった。
胸が今まで以上に締め付けられ、苦しくなる。
なんで、こいつはっ!



「とう…だ…っ!?」



咲夜の細い腕を引っ張り、己の腕の中に閉じ込める。
突然の事で混乱しているのか、「え?え?」と戸惑った声が上がっている。
ぎゅう、とさらに強く抱きしめ、咲夜の肩に顔を埋めた。



「と、騰蛇?どうし「どうして、」え?」

「どうして、頼ってくれないんだ…!」

「……っ、」

「俺たちは、俺はっ!そんなにっ、頼りないのか…?」

「違う!」



腕の中にいる弱く儚い少女が、大きな声をあげ、その哀しげな、それでいて澄んだ瞳で俺を見上げる。
違う、違うの、と瞳を潤ませながら必死に。



「…話してくれ。何が、あったんだ?」



暫くの沈黙の後、咲夜は何かをこらえるようにしながら、口を開いた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
紅蓮は人の気持ちに敏感そう。



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