貴舟に向かって歩を進める。
向かうのは言うまでもなく、高於の元だ。

なんでかって?
ふっふー。それは着いてからのお楽しみ!



《…おい。》

「んー?」

《何か、進展はあったのか。》

「え?」



はじめ、青龍が何を問うているのか全く分からなかった。

障気のことは、さっき土御門殿を見てきたばかりだから訊く筈がないし。
不思議に思い青龍を見ると、貴様の…と言われ、やっとわかった。



「今のところは何も、かな。夢も同じところの繰り返し。」

《そうか。》

「まあ、焦らずゆっくりって感じ?失った記憶がそんなに簡単にほいほい戻ってくるとは思ってないもの。」



肩を竦めて見せる。

そう。思ってはいない。けれど、記憶は失ったわけではないのだろう。
封印されているのだ。あまりのショックに。あまりの凄惨さに。
幼い私ではあの時の苦痛には耐えられなかったのだ。
だから、己で、己の意思で忘れることを決めた。
そうしなければ潰されてしまうから。

壊れて、しまうから。



「正直、今でも不安なんだけどね。」



あはは、と乾いた笑い声が口から漏れた。


そうだ。私は怖いんだ。


自分で言って、気付いた。


怖いんだ。思い出すのが。

失っている記憶は、私の生まれてからの人生の半分以上を占めている。
そんな膨大な量の記憶を一気に思い出したとき、私は、私でいられるだろうか。
もしも…もしも幼い私が、未熟なその心に父を殺した者への憎しみを抱いていたら?
私は、そのココロにワタシを覆われてしまうのだろうか。

私は…、



《咲夜。》



とても優しい声がした。
その声に掬い上げられる様に、私はゆっくりと上を向く。
青龍の、綺麗な深い蒼の瞳が私を射抜く。
短い沈黙が私達の間を流れた。



「青龍?」

《宵藍だ。》

「え?」



思わず、訊き返してしまった。
しかし、青龍は私を見据えたまま、今度ははっきりとその口を紡いだ。



《宵藍、だ。》



それは、晴明様によってつけられた名。
晴明様の願いが込められ、青龍達にとって至高の宝。

なのに。



「どう、して…。どうして、私に…?」

《…さあな。》



一言言うと、すっと視線を外されてしまった。
そのまま進んで行ってしまう。



「しょう…らん…。」



口の中で呟く。
本当に、呼んでもいいのだろうか。



「…宵藍。」



どうして、大切な名を私に教えたのか。
その真意は、私にはわからない。
きっと、ずっとわからないだろう。
だって、青龍は教えてくれない。
訊いても素っ気無くかわされてしまうだろう。
けれど、名前を呟いたとき心にあたたかなものが広がった。

ねえ、青龍。
この、心に広がるあたたかなものに、甘えてもいいのかな。
記憶を取り戻した時、私がどうなるのか、私は一体何者なのか、全然わからない。
けれど…。


少し先でそっぽを向きながら待っていてくれる宵藍の元へと駆け寄る。
そして、意味はないけれどいっぱい名を呼ぼう。
呼ぶたびに、甘くてくすぐったくなる気持ちを噛みしめながら。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
管理人は宵藍さん贔屓なのかと思いはじめた。



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