地を勢いよく蹴る。速く、速く、と己を急かす。
しかし、既に息は上がり始めていた。
こんなとき、現代っ子の体力が恨めしい。
一旦立ち止まり、息を整える。
駄目だ。きつい。ちくしょう。横腹が痛い。
額に滲んだ汗を拭い、再び走り出そうとする。と、その時。
「ぐぇっ!?」
首に圧迫感を感じた。
息がつまり、変な声が出る。
誰かに襟首を思い切り引っ張られたようだ。
きっと後ろに顔だけ向ける。誰だ。
「…青龍っおまえが犯人かこのやろぉぉぉ!?」
私の背後に佇んでいたのはまごうことなき青龍。
無言で襟首を掴んでいた。
なにするの。一瞬川とお花畑が見えたんだけど!
《一人でどこへ行くつもりだ。》
襟首から手を離し、少し棘のある口調で聞いてくる。
謝罪の言葉はなしかこのやろう。
「…土御門殿の様子を探りに。」
《どうやって探るつもりだ。》
「不法侵入。」
《貴様は馬鹿か。》
「さらりと傷つくことを言いますね、君。」
むっすーと唇を尖らしながら青龍へと向き直る。
こんなときでも見上げながらじゃないと睨めないのが身長差の嫌がらせだ。
内心少しへこみながら青龍を見上げる。
《…中の様子が知りたいのか。》
青龍の質問に頷く。
どうしても女御様の様子が知りたいのだ。
私が頷くのを見て、青龍が難しい顔になる。
そりゃあ、簡単にはいかないのはわかっているけど。
でもなにもしないのも嫌だし。
「止められたって行くからねっ!」
《………。》
「行くからねっ!」
言われる前に言ってやった。
さらに眉間に皺がよる青龍。
これ、皺がとれなくなったら私にも責任あるのかな。
《………。》
「………。」
《………。》
「………。」
《…侵入だけはするな。》
「はーい!」
しばしの無言の攻防の後、折れたのは青龍だった。
勝った。勝ちましたよ奥さん。ええそうでしてねマダム。
ガッツポーズを決めてみる。
…ん?ちょっと待って。
「侵入せずにどうやって状況を確認しろと!?」
《気配を読むか術で視ればいいだろう。》
「なるほど。頭いいね、青龍。」
《………。》
青龍の視線が何故か哀れみを含んでいる気がするけど、気のせいだよね。うん。
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「大変なことになってたなあ…。」
思っていたよりもずっと。
土御門殿の様子を視たので、今は適当にふらふら歩いているところだ。
青龍は私の隣を穏行しながらついてきていた。
土御門殿の中はどんよりとした嫌な空気が充満していた。
あれはもう祓ってどうにかなるレベルじゃあない。
本体をたたかなくちゃいけないだろう。
それでも気休め程度にはと少し祓っておいたけれど。
あれも意味は殆ど皆無だろうな。
「晴明様は何か言っていた?」
顔を見上げながら言うと、ぐっと眉間に皺をよせ青龍は小さく呟いた。
《お前についていけ、とだけ言われたが。》
「そっか。」
言われたからついてきてくれたのか。少し残念。
自分の意志でついてきてくれたのかも。なんてちょろっと期待していたのに。
それに、晴明様が何も言ってこないところを見ると昌浩に任せているのかまだ行動する時じゃないのか…。
おそらく後者だろうな。謎な部分が多すぎるし。
《この後、どうするつもりだ。出仕でもするのか?》
私の横を隠形しながら歩いていた青龍が尋ねてくる。
脚の長さがどうしてもむかつくことに敵わないので青龍の歩調はとってもスローペースだ。
有り難いけど殺意が芽生えるのはなんでだろう。
脚の長さの問題は身長差のせいだよね。そうだよね。
自分の中で勝手にそう理由をこじつけて、青龍の問いに少し考える。
「今からっていうのはなあ…。」
それは少し面倒臭いな。
でも何もないのにサボってしまうの気が引ける。
むむー。と歩きながら腕を組む。
何かいいサボる口実はないものか。
「あ。」
いいことを思いついた。
《どうした?》
目だけで私を見てくる青龍。
失礼な、私はなにも変なことは考えていないぞ。
だから、眉間に皺を寄せて不審そうな目つきでこっちを見るな!