六合の気をたどりながら夜の京を疾走する。
六合は結構一緒にいた、ような気はするから気配は覚えている。



「ん?」



一瞬、どこかで会ったような気配がした気がした。
はて?と首を傾げる。
と、その瞬間凄まじい力がぶつかりあって爆発した。



「っ!?さっきのって風音!?」



爆発の中にあった気で思い出した。
え、ちょ、もう動いて大丈夫なの!?私の霊力を注ぎ込んであの場はもたせたけれど、戦闘なんてしたら、またいつ倒れるかわからない。



「止めなきゃ…!」



先程よりも強く地を蹴る。
少し走ると、六合と風音が向かい合っているのが見えた。
何か、喋ってる?
この距離からだと、内容まではわからない。



「お前は、死ぬつもりか!」

「わっ!?」



必死に聞こうとしていた私の耳に、突然六合の怒鳴り声らしきものが聞こえた。
珍しい。あの六合がここまで感情を露にするなんて。
風音は驚いたように目を見開いたが、すぐに我に返り、何かを口の中で呟いた。



「風刃、招来!」

「縛!」



咄嗟に風音に向かって結界を放ったが、一瞬遅かった。
拘束がゆるんだ隙に、風音は六合の腕から逃げてしまったのだ。
しかし、飛び退った風音は、地に降り立った瞬間僅かに均衡を崩して片膝をついた。
と、それまで衣の下に隠れていた紅いものが、首元で大きく揺れた。



「六合!」

「咲夜!?」



吃驚した声で私の名前を呼ぶ六合。
私は苦笑しながら、六合の隣まで駆け寄る。



「来ちゃったよ。三人だと大変だろうから。」



にっこり笑ってから、風音の方に視線をやる。
風音は体勢を立て直し、必死に呼吸を整えようとしていた。



「吹き出す黄泉の風は、この地を覆いつくす。完全にそれが成るまで瘴穴を守るのが、私の役目よ。」



だから邪魔はさせない、と彼女は六合に向かって言い切った。
探らなくても、わかる。
風音の体はぼろぼろだ。とても弱っている。
このまま力を使い続ければ、いずれ――。

瘴気は濃度を増していく。
ざわざわと広がり、無数の妖を取り込んで、変貌しながら。



「風音…。」



呟くと、彼女は私の方を向いた。
そしてはっと目を見開いたまま、私を凝視する。



「あなた…。あのとき体に残っていた…。」



きっと、霊力を注ぎ込んだときのことを言っているのだろう。
私の気の残り香を彼女は敏感に察知していたのだ。



「敵、だったの…!」



風音の顔が苦痛に歪む。
ああ、きっと、彼女は自分が仕えている人が差し向けてくれた人だと思っていたのだろう。

ごめんね。きっと、そいつはあんたのためにそんなことしない。



「…あの、見慣れない着物、」

「着物?」

「お前があのときかけた着物のことだ。」



ああ、あれか。そうか。そういえば私風音に上着かけたんだ。
それは私の気配わかるよね。上着に染み込んでいるんだもん。



「…あれは「子供だからってなめたら容赦しないわよ!」」



風音の言葉を遮って、太陰の怒号が聞こえた。
化け物に向けられただろう太陰の通力。
その強烈な波動が、そのまま私と六合にたたきつけられた。



「太陰!」



玄武の冷静さを欠いた叫び声が聞こえた。



「…っ!禁!」



反射的に周りに結界を張る。
六合も一緒に、と思ったけど風音が同時に襲ってきたらしく、私から離れてしまった。

六合が反射的に槍を閃かせる。
次いで、太陰の放った竜巻の波動が襲ってきた。



「――…!」





声にならない悲鳴が、聞こえた。




私と六合は同時に息を呑んで視線を走らせる。
そこには、弧を描いて撥ね上がった細い肢体と紅いものが見えた。

まさか、さっきの六合がふるった刃が…!?

六合を見やると、言葉を失っている。
かしん、という響きが耳朶を打った。
小さな音をたてて地に落ちて転がったそれは、ちぎれた革紐が通された、紅い勾玉だ。

さっき見えた紅いものは、これ?
視線を走らせ、少し距離を置いたところに倒れた風音を見る。
肘をついて身を起こそうとしている彼女は、怪我をしている様子はない。
六合のはなった槍の切っ先は、風音の首にかかっていた革紐を掠めただけのようだ。



「よかった…。」



ほう、と息をついた。

私は勾玉を拾い上げ、彼女に近付こうとすると、風音は顔を上げてはっと胸元に手を当てた。



「あ…、」



風音の顔からさあっと血の気が引いていく。
彼女は即座に跳ね起きると、傍らに転がっていた太刀を掴んで飛びかかってきた。



「返して!」



吃驚した。それは、悲鳴のような叫びだった。
さっきまでの冷静さは微塵もない。動きも隙だらけ。
驚いていると、六合が私の腕を引っ張ってくれた。
そのおかげで、風音の太刀を紙一重で避けられた。
六合はそのまま彼女の手から太刀を叩き落してその手首を捉えた。
そして、両手を搦めとる。



「離して!」



逃れようともがく風音。
私は六合に小さくありがとうと言ってから風音に近付き、彼女の手に勾玉を落とす。
虚を突かれた風情で風音は暴れるのをやめた。



「大事な、ものなんでしょ?」

「え――…、」



風音は瞠目したまま私を見つめた。
が、六合が腕を離すと、すぐに我に返って後退る。
それを見た太陰が後ろからわめいた。



「ちょっと六合!捕まえたんなら、なんで離すのよ!」

「傷つけるわけにも行かないのだ、致し方ない。」



冷静に分析する玄武に、太陰の怒りの矛先が変わる。



「だったら、傷つけないようにとっ捕まえればいいだけだわ!なんのためにあんな長布を肩に巻いてるの!」

「…いや、別に六合のあれはそういう趣旨ではないだろう。」

「だったらなんなのよ!」

「本人に聞いてくれ。我はそこまで知らん。」



なにかの漫才か。玄武と太陰の会話を聞いて、私は小さく微笑んだ。
そして、少し距離を置いたところにいる風音を見る。

かなり体力を消耗しているのが、わかる。
このまま闘い続ければ、いつか風音は倒れるだろう。
こうしている間にも、風音の全身に漂う疲労の度合いが濃くなっていくのがわかる。
限界も近いはずだ。
風音は、声を押し殺しながら口を開いた。



「…随分と、優しいのね、六合。それに、」



私の方を見て、声を途切らせた風音に、ああ、と納得する。



「咲夜です。今さらだけどよろしく。」

「…咲夜。敵に対して、情けをかけるの?」



発する声が、激しい呼吸と疲労で揺れているのがわかる。
それでも風音は、敵意を込めた激しい眼差しで私と六合を睨みつけた。

対して、六合は静かだ。
静かに、風音の視線を受けている。
私は、そんな二人を見て、静かに口を開いた。



「――敵だと思っているのが、貴女だけだったら、どうする?」



貴船で、私は化け物に呑み込まれた風音を六合達に手伝ってもらいながら、この手で引き出した。
そのときに、晴明様と思ったことがある。
化け物を生み出した黒幕がいる。
もしかしたら、その黒幕と風音が仲間だと思っているのは、私達だけじゃないのか、と。

あるいは、そう信じているのは、風音だけなんじゃないのか、と。



「貴女の背後にいる奴は、貴女を捨て駒だとしか考えているんじゃないの。もし、そうなら…、」

「そんな…そなことは、ないわ…!」



風音から発せられた声は、喉の奥から必死に絞り出されたものだった。
堪えるように顔を歪めて、自分の中に生まれた波を押さえ込もうと懸命になっている。


――ああ、可哀そうな人。

そう、思った。


それだけしか確かなものがないから、必死にそれにすがりつこうとしているように見える。
たとえそれが、激流の中ですぐに切れてしまうとわかっているひと房の藁だとしても。

きっと、彼女は掴んでしまうだろう。



「黒幕は誰?まさか本当に、あの笠斎が生きているの!?」



焦れたのか、太陰が六合の横にひらりと降り立つと、少女を取り巻く風が、ぶわりと吹き上がった。
尋問を受けた風音は、びくりと肩を震わせる。
その唇が笠斎、と微かに動く。
それまで頼りなく泣き出しそうにすら見えていた瞳が、瞬く間に苛烈な光を宿した。



「――笠斎は、すでに亡い。誰よりも、お前たちがそれを一番よく知っているでしょう…!」

「そのとおり。」



突如として降り注いだ重くひび割れた声に、私達ははっと天を振り仰いだ。
闇を切り取ったような黒影が、風音の肩に舞い降りる。
双頭の鴉だ。結構前に見たあの鴉。
左の鴉がくわりとくちばしを開いた。



「よくやったぞ、風音よ。」



表情を強張らせていた風音は、ほっとしたように目を細めた。



「宗主様…。」

「彼奴らの言葉に耳を貸すな。敵の甘言に乗せられるでない。」

「この…声…!」

「確かに、これは。」



鴉のくちばしから聞こえた声に、玄武と太陰は愕然とした声で呟いた。
唯一、鴉の放つ声音を知っていた六合だけが、平静を保っている。
六合は右手に携えた槍を構えると、剣呑に目を細めた。



「…宗主?」





鴉が嗤った。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
長くなった。




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