「見といてくれ、大事なお方だ」

「おい、晴明っ!?俺は子供は…!」

深緑の香りが満るとある和室で、騰蛇はじっとりとした汗を額に感じながら老人の腕の中にあるものから距離をとろうとする。穏やかに微笑む老人は、己の式である神将の僅かばかりの抵抗を笑顔で無視し、大事に抱えていた赤子を褐色の大きな腕の中に手渡す。
吃驚した騰蛇は反射的に大きく数歩下がってしまうが、振動で赤子が落ちそうになり慌てその小さな身体を抱えなおす。
落ちなかったことに無意識に吐いた安堵の息も、もぞり、と動いた赤子に瞬時に詰める。じわりといつ赤子が泣き出すかわからない。
晴明。勘弁してくれ。
困ったような、怯えたような視線を晴明に送るも、それはあっさり右から左へと流されてしまった。
赤子と己を交互に見遣る神将に、晴明は苦笑をひとつ零す。
何をそんなに恐れる事があろうか。ああ、ほれ見ろ。

「大丈夫じゃよ。…笑っとるからのぅ」

「っ!?」

晴明の言葉に目を見開き、硬直する騰蛇。
隙有りとばかりに固まっている神将を置いて、晴明は部屋を出て行ってしまった。

「……っ」

赤子と共に取り残された神将は、その瞳に恐れと困惑を混じらせながら、己の主が出ていった方を呆然と見詰める。

泣く、今に泣く。
晴明よ、俺は知らないぞ。

強張りながらも騰蛇は赤子を抱きかかえたまま立ち尽くす。
降ろそうにも、動けばその瞬間泣かれてしまいそうで、情けなくも身体が動かないのだ。

大人しく神将の腕に抱かれたまま、じっと動けずにいる騰蛇を見上げ続けていた赤子は、




泣くことも、怯えることもせず、花が綻ぶような満面の笑みを騰蛇に向けた。






椛のように、ふっくらとした愛らしい指を必死に伸ばした赤子。
それは、昌浩が生まれる、ずっと前のお話。




 ̄ ̄ ̄
始まります。


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