「晴明!?」
驚きの声と一緒に聞こえた言葉。
晴明様!?
「くっ…!」
昌浩も心配だけれど、晴明様も心配だわ!
くるっと向きを変えて、太陰が誘導してくれる方へと駆けて行く。
しばらくすると、黒い物体が見えてきた。触手がうごめいている。
あのへんてこりんな夜行―!?
「なによ、あれ!気色悪い!ちょっと、晴明に触らないで!」
太陰の風が激しく渦巻く。
隣にいた私と玄武は「あいかわらず過激な…」とちょっと呆れ気味だが今はそんなことを言っている場合じゃない。
太陰の竜巻で千切れる寸前までひしゃげた化け物。
……あれ、今…。
確認するため、急いで晴明様に駆け寄る。六合も気付いた様子。
「晴明様、あの中に…!?」
最後まで言う前にわかった。
あれは、この、かすかに時折こぼれ出ているのは。
「風音――!?」
皆が一斉に目を驚愕で見開く。
それもそうだ。風音は凄まじい霊力を持っているのだから。けど…!
「風刃裂傷!」
風が一文字に化け物の脇腹を引き裂いた。化け物の裂部から、どろりとしたものが溢れ出る。
私は、その傷口に腕を突っ込んだ。黒い粘液が跳ね飛ぶ。
こんなの気にするほど、やわじゃないんだ…!
肩まで思いっきり奥へとさす。
伸ばした指が、どろどろと蠢くおぞましい粘液に漂う。そして、冷たいものに触れた。
私はそれを掴み、思いっきり引き抜いた。風音の身体は後ろに仰け反っている。
化け物が咆哮を上げた。
「――っ!」
六合の槍の切っ先が、化け物の頭部を切り落とした。そこから黒い粘液が溢れ出る。
太陰が悲鳴をあげて化け物の頭部を竜巻で粉々にした。
私は風音の冷たすぎる身体を近づいてきた六合に渡す。
「咲夜?」
訝しげに六合が私のことを見る。
うん。だって風音支えてたら私自分の上着脱げない。せっせと上着を脱いで、それを風音にかぶせる。
気休め程度だけど、あるのとないのとは大分違うだろう。
「…晴明よ、どうする。」
六合が抑揚のない声で傍らに来ていた晴明様に聞く。
生かしておいたらまた晴明様自身の命を狙いに来るだろう。
けれど、風音の紫色の唇が少しだけ動いたのを見て安心した。ごめんなさい。
「…この面差しは、古傷をうずかせる。それに、ここで死なれては、咲夜様の苦労が無駄になるであろう?」
あはは、と曖昧に笑って誤魔化す。
その少し後、晴明様から凍てつく霊気が迸った。
**********
風音に着ていた上着をかける。
あっちの服だからなあ。どういう反応するんだろう。なんて頭のすみっこで考えながら晴明様に向き直る。
「晴明様…。どうやら、私達が考えていたのとは違うみたいですね。」
「もし、そうだとしたら…哀れな娘だ。」
晴明様の言葉が、風に乗って消えていく。
冷たい風音の手に太陰が触れる。
「六合。ここに風音寝かして?」
私の傍らに風音を寝かしてもらう。
上着をちゃんとかぶせて、その周囲に風を遮る結界を織り成す。
そして、冷たい腕に一度だけ触れ、離した。
「咲夜、寒くはないか。」
上着を脱いだので心配してくれたのだろう。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。」
玄武にそう笑いかける。
そうか。と素っ気無い返事が返ってきたけど、これが玄武だし。
「行くぞ。」
晴明様の言葉で、私は身を翻した。
**********
うーん。ピンチかも。
何がって?全体的に。
昌浩達の所へ向かっている途中、倒れました。
只今六合に横抱き(俗に言うお姫様抱っこ)をしてもらっています。
まさかここまで反動が大きいとは…。今度から使うのやめよう。
「ごめんね、六合。重いでしょう?」
斜め上にある端整な顔が、こちらを向く。
ち、近い…!近すぎますよ、旦那!
心の中で赤面。
「もう少し食べたほうがいい。」
「そんなことしたら大変なことになる…!」
真顔で言ってきた六合に真顔で答える。
…うん。一瞬六合が笑った気がしたけど、気のせいだ。体重は女の子の最大の敵なんだよ…!
「あ、いた。」
もっくんが。六合がその場で止まる。
きっと入っちゃいけない話なんだろう。
晴明様ともっくんを見ながら、違和感に気付く。
昌浩は?きょろきょろと辺りを見る。
「まっ…!」
昌浩は倒れていた。
ああ、動けたら駆け寄るのに!力が入らない!
うーとか、あーとか唸っていると玄武と太陰が。
「もう術使っちゃ駄目よ?」
「動こうとするな。」
え、エスパー!?
「少し休んだらどうだ。」
「うー。身体は動かないけど、意識ははっきりくっきりしてるんで無理です。」
「………。」
ため息が聞こえたと思ったら、大きな手が視界を遮る。
と同時に意識が遠のいた。
やられたっ!と思ったときにはもう遅い。
そのまま深い海の底へ沈んでいくように、私は意識を手放した。
**********
瞳を閉じて力なく自分の腕の中で気を失っている少女を見る。
「これぐらいしないと駄目だったのよ。」
だから許してね!太陰は咲夜に言っている。
当の本人には聞こえていないのだが。
「気付いていないとでも思っていたのか。」
玄武が言う。咲夜は、風音に自分の気を注いだ。
己の身体が動かなくなるほどに。
「晴明といい咲夜といい、無茶はやめてほしいものだ。」
本当に。と玄武と太陰は六合の言葉に心の底から頷いた。
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ようや巻終わった。