私も外に出たい。
彰子と喋れるのは嬉しいけど外に出たい。



「彰子が悲しむぞ。」

「…それ言われると何も言えない。」



なんで外出したら駄目なの!?
昌浩が寝てるから私が代わりに夜警に行こうかと思ったのに!



「…咲夜さん、この人を昌浩から引き離すことはできないのかしら?」

「…それは、昌浩次第かなあ。ああ、そんな顔しないで?昌浩には晴明様だってもっくん達だってついているんだし、ね。」



後半部分はもっくんに向かって言う。
当たり前だ、と答えてからぽてぽてと書物の山に歩み寄るもっくん。整頓をするようだ。
それを見て、彰子と私も手近にあった書物を整理し始める。



「もっくーん。こっちの和歌集の続きそっちにある?」

「どれだ?」

「えーっと、万葉集の三の巻。」

「お、あったあった。ほれ。」

「ありがとー。」



手を伸ばして受け取ろうとしたが、届かずに本はばさりと落ちた。
その音で、起きてしまったのか昌浩がうっすらと目を開ける。
しばらくおちている書物を眺めていた昌浩は、何度か目をしばたたかせて、のろのろと立ち上がった。



「…わ、ごめん、…寝てた。」



まだ半分寝ているような顔をしながら、昌浩は目許をこすって頭を振る。かぶったままだった烏帽子が落ちた。
それを拾うと、ありがとうございます。と言ってから髷をとき、手櫛で無造作に梳く昌浩。

寝てるのか起きているのか分からない顔だ。



「寝ててもいいぞ、静かに掃除してるから。」



書物を持って室内をぴょこぴょこ二足歩行で徘徊するもっくん。
私も万葉集を順番通りに並べて、空いているところへ移動させようとする。



「昌浩、ここでいい?」



聞くと、いまだ寝ぼけた顔で昌浩は手を伸ばす。



「えーと、それなんですか?」



頬をぺしぺしと叩いて昌浩は無理やり意識をはっきりさせている。
そんな昌浩に苦笑しながら書物を見せる。



「っ、…、う…っ」



書物を確認した昌浩が、胸元を押さえて低く呻いた。



「なんだ…?」

「昌浩?」

「姉様、それ、貸してください、」



震える手をのばす昌浩。
手渡した瞬間、また目の前の景色が変わった


男が、真っ白な場所に立っている。


渡した書物を見て、昌浩は目を瞠った。



「…これか。」



胸の奥底で声がする。

帰りたい。と。

何度も何度もくり返して。


何処に帰りたいの?

何故そんなに願っているの?


それすらも忘れて、それでもなお渇望する想いだけが残されている。



「昌浩?咲夜?」



もっくんが気遣わしげな様子で覗き込んでくる。
昌浩は、黙ってもっくんの前に開いた書面を見せた。

記されているのは、誰が詠ったとも知れない、悲しい哀しい、切なる言の葉。



「ああ、帰りたかったんだ…。」



昌浩から万葉集を受け取って表紙をじっと見る。


願って
願って

ただひたすらに

帰りたいと


でもこの男は帰れなかった。



目の前に広がるのは薄暗いところ。
目を開けても、古びた梁がむき出ている天井が映るばかり。

起き上がることもできず、ただただ長い長い死の眠りに呑み込まれるのを待つばかりで…。


それでも願っていた。

帰りたい。


もうすぐだから、あとひと月で、任期が終わる。

そうすれば、帰れるから。
懐かしい家族の許に。


ああ、どうしているのだろう。
娶った妻は。
生まれているはずの子供は。
年老いた両親は。
唯一の働き手である自分がこの地に来てしまったから苦労しているに違いない。

でも、もう大丈夫。

もうすぐ、もうすぐ帰る。


願って

願って。


動かぬ腕を持ち上げようとして、肘で体を支えて起き上がろうとして、それすらも叶わぬほど弱り果てて。

力なく瞬く目に、はらりと白いものがかすめた。



目だけを動かして、自分はそれをみた――、



「…いつも、そこで終わり。」



昌浩は、うなだれて瞬きをした。
胸が痛い。視界がぼやけ、揺れる。
男の、防人の願いが胸の中を埋め尽くしている。
指先で溢れそうだった涙を拭き、唇を噛んだ。



「…かなえてやりたいよ、絶対に。」



そうだね、と私は呟いた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
同調してるのは、感受性が強いから。



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