私が話し終えると、なるほど、と晴明様と物の怪は頷いた。
きっと晴明様は、こういうときどうすればいいか知っている。のだが。
晴明様は昌浩をじっと見、嘆息する。ため息をつかれた昌浩は、むっとした表情で口を開く。
「なんですか、そのもの言いたげな顔は。言いたいことがあるなら、口で言ってくださいよ。」
晴明様は、文台に置いてある扇を手に取り、ぱらりと開いた。
そして、昌浩を一瞥し、また深々とため息をつく。
「…じい様、だからですね、言いたいことがあるなら、きっぱりはっきりすっぱりと言っていただきたいんですがっ!」
昌浩が食ってかかると、晴明様は昌浩をじっと見、そしてふいっとあらぬほうを見やり顔を片手で覆う。
それを見たもっくんがつつつ、と私の隣へ移動してくる。
どうしたの?
視線を投げかけると、もっくんは口の前に前足を持ってきて、声を潜めた。
「いいから、ちょっと黙ってろ。へたすると八つ当たりがくる」
「え?」
聞き返した彰子が顔をあげると、戦いの火蓋はもう既に切って落とされていた。
…もしかして、あれだろうか?
「ああ、情けない、情けない。ちぃとばかり進歩したのぅ良かった良かった、と安堵していたのもつかの間、こんな正体不明の死人をその身に依り憑かせて、しかもそのことにまったく気づかなんだとわ。じい様はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ、昌浩よ。」
「育てられた覚えはあんまりないけど、そーですね。」
「そういえば高於の神降臨にも気づかぬ為体であったか。いや、相手が創世神話にもその名を連ねた神であればそれも致し方ないことだが。」
「そーですね。」
「だが、だがしかし、わが孫よ。いくらなんでも、起きているのに気づかなんだとは、じい様情けなくて涙も出やせんぞ。うっうっ」
「…そーですか?」
泣きまねをする晴明様。初めて見た、祖父対孫、なんて不毛な戦いなんだろう。
ああ、昌浩の額に青筋が。
「いったいなんとするつもりじゃ、そのままではお前、憑依したその男に体力も気力も霊力も根こそぎ持っていかれて、ぱたっと倒れてしまうぞ。」
ぴっと扇で指されて、昌浩爆発1秒前。ぶちっ。昌浩ががばっと立ち上がる。
「だからどうしてそぉいうことをっ…」
瞬間、ぐらっと昌浩の体が傾いだ。
「えっ!?」
反射的に支えようと移動するが、重みに耐え切れず私も一緒に倒れてしまった。
上からばさばさと書物が崩れてきて、私と昌浩は埋もれてしまう。
「ま、昌浩!咲夜さん、大丈夫!?」
「っあー、大丈夫。ちょっと頭打ったけど。」
こぶできてない、これ。痛い部分をさする。
私はうつ伏せ、昌浩は仰向け状態で倒れていた。
そこに書物が降ってきて、後頭部を打ってしまったのだ。
「大丈夫か?」
もっくんがこぶがあるあたりの髪を退けて、こぶを探す。
「へーきへーき。」
よっと起き上がって、もっくんを膝の上に座らせる。晴明様は呆れたような顔をしていた。
「ほーれみろ。言わんことではない。」
高於が憑依してるときと違って、今の昌浩の状態は、一つの体に二つ魂があるのだ。二つ魂がある状態は、肉体に非常に負担がかかる。
…大丈夫かな。
「じい様もなぁ、若かりし頃、様々な事情が重なってとある湖に棲んでいた竜神を身の内にかくまったりしたものだが、あの時は十日ばかり寝込んだかのぅ。」
「あ、そうそう。それで若菜がえらく心配したが、つきっきりで看病してもらえて、お前は結構嬉しそうだったよな。」
「毎日毎日忙しゅうて忙しゅうて、滅多に休めなかったからのぅ。あれも寂しいのを我慢していたのかと思うと、不憫でなぁ。」
目頭を袂で押さえる晴明様。
それを見ていた彰子が、相変わらず頽れている昌浩を顧みた。
「若菜?」
「ばあ様のこと。俺は会ったことないけど。」
昌浩は倒れたまま。晴明様ともっくんは昔話大会に突入寸前。
それを見かねて、それまでずっと隠形していた天一が姿を現す。
「大丈夫ですか?お部屋に運んで床に休まれたほうがよろしいでしょう、手を…」
そう伸ばされた手をやんわりと引き戻したのは朱雀だ。
「病み上がりの天貴がそんなことをする必要はない。おい晴明、連れて行くぞ。」
朱雀は昌浩をひょいと肩に担ぎ、部屋を出て行く。天一がその後をにこにこ微笑しながらついて行くので、彰子もあわててその後につづいた。
私も行こうかな…。
「あ、そうだ。晴明様。」
立ち上がった(もっくんを落とした)ところで、一時停止。
なんかぶちぶち言ってるけど気にしない。
「あの防人、私じゃ昌浩から出せませんかね?」
ついでに送ってあげたいのだけれど…。
「あれは―昌浩への試練じゃろうて。昌浩自身がどうにかしよう。」
「そうですか。それともう一つ」
くるっとちゃんと晴明様に向き直る。
「笠斎って、誰です?」
瞬間、空気が変わったのがわかった。
張り詰めた、重い空気だ。
「…不躾な質問でしたね、すみません。」
一礼して、私は部屋を後にした。
高於だったら、何か知っているだろうか。