私達が安倍邸に帰った(帰る=築地塀をよじ登った)のは夜明け前。
昌浩は物忌みなので、出仕はしなくてもいいらしい。私は違うので、露樹様が作ってくれた朝餉をせっせと食べている。
性別が女なので、少々出仕が遅れてもいいらしいけれど。
「でも…」
眠いんだよね、今、猛烈に。寝てないからなあ。
今寝たら絶対起きれないよ、これ。
眠気をはらうように、首をふるふると振っていると、ぽてぽてともっくんがやってきた。
「昌浩のところいなくていいの?」
「咲夜こそ寝なくていいのか?昌浩なんてくかーと寝ているぞ。」
「へ?だって私出仕しなくちゃいけないもん。」
そう言うと、もっくんが何を言っているんだこいつは。という顔で見てきた。なに、一体。
「今日からは咲夜も物忌みってことになってるんだぞ?」
「…はい?」
は、え、ええ!?わ、私も物忌みってことになってるの!?そんなの初耳なんだけど!
「晴明から聞いてなかったのか。」
まったくこれっぽっちも聞いてませんでした。
「まあ、そういうことだ。お前も寝とくんだな。」
そう言ってもっくんはまた来たときと同じくぽてぽてと歩いていった。
…ぽてぽてって効果音可愛いな。
じゃなくて、もしかしてそれ言うために来てくれた?
可愛い…間違えた。優しい。
ぱちん、と箸を置いて私は手を合わせる。
洗い物が終わったら、お言葉に甘えさせてもらって寝よう。
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昌浩が何か連れてきたらしい。晴明様のところに、もっくんと彰子に連れられて昌浩が来た。
昌浩よりも早く起きた私は、晴明様の部屋で神将と話をしていた。
そこに、二人に連れられて昌浩が来たのだ。
「確かに、随分と奥に入り込んでおるのぅ。これではお前が気づかなんでも無理はない。」
…知ってたよね、私。入り込んだ瞬間目撃してたよね。
いろいろあってすっかり忘れていた。
「で、お前はどんな夢を見るというのだ?」
「それが…」
昌浩は、夢は起きると消えてしまうので、よくわからないという。
「彰子様、咲夜様、何か感ずるものは?」
唐突に話を振られて、私と彰子は吃驚する。
彰子はえ、え?と視線を彷徨わせた。
「いいから言ってみろ。お前達の"眼"の方が俺や晴明より頼りになる。」
逡巡している彰子をもっくんが促す。
彰子は吃驚して晴明様を見るが、晴明様ももっくん同様頷く。
「……帰りたい、って、繰り返しているみたいです。そればかり、何度も何度も。」
私も、集中してみる。
すると、眼が今まで目の前にあった晴明様の部屋とはまったく違うものを映した。
真っ白い世界に、あの防人が立っていた。
帰りたい―…
何、聞こえない。
何処へ帰りたいの?
帰ろう―…
だから、何処へ。
約束したから
誰と。
置いてきてしまった
何を。
帰ろう、この身が朽ち果てても、たとえ、心だけになったとしても
帰りたい場所は、何処―…?
「姉様!?」
瞬きをすると、目を見開いた昌浩達が覗き込んでいた。
頬に冷たいものがつたっている。
手で触ると、涙だとわかった。
「…切ないの。何処へ戻りたいのか覚えていない…。」
ただ、ただただ、ずっと帰りたいと願っている。
それだけを、ただ、ひたすら―…。