昌浩がぱかっと目を開けた。
「あ、起きた。」
「おい、大丈夫か。俺がわかるか?」
「うん、大丈夫。…ちょっとまだ、目が回るけど。」
昌浩はよいしょと勢いをつけて上体を起こす。
今私達がいるのは安倍邸近くのあばら家。さすがに気を失ったままの昌浩を連れ帰るのには抵抗があった。
というよりいろいろ恐ろしい事になるらしいからやめた。
「さすがに、正体なくしたお前をそのまま連れ帰る度胸は、俺たちにはなかった。」
「え、なんでさ。…あ、六合、長布ありがとう。」
いや、と短く返事をして、昌浩から長布を受けとった六合は、それを私の肩にかける。
ありがとう、と返事をして、私は先程二人から聞いたことを思い出す。
昌浩を早く連れて帰ろうと言うと、二人はそれは無理だ、と言った。
どうしてかと問い詰めてみたところ。
二人の答えは、ある意味とても納得できるものだった。
気を失った昌浩を邸に連れ帰ると、まず彰子が悲鳴を上げるだろう。吉昌様もざっと青くなるだろう。何も知らない露樹様もさすがに取り乱すだろう。そして何より、晴明様が手のひらにぱんと扇を打ちつけて、口元だけで微笑するに違いない。
…だそうで。きっと一番恐ろしいのは最後だ。
そしてそれらの様子が容易く想像できたことがある意味怖かった。
「俺、どれくらい寝てた?」
「…寝てた、というか。」
なんというか…。
「…一刻半ってところかな。ちょっと脳震盪起こしたみたい。」
「出来るだけ動かさないようにと思って、ここで様子を見てたんだ。」
「そうなんだ。」
昌浩は頷いて、外に出て空を見上げる。
私もそれについて行き空を見上げた。薄曇か、風も冷たい。これは貴船は雪かな。
そんなことを呑気に考えていると、
「っ!?」
いきなり、視界が違うものを映した。
はらはらと舞い散る雪。
冷たい風の唸り。
四角く切り取られた白い光が見える。
胸の奥が重い。
重くて、
悲しくて、
哀しくて―…、
ぐらりと世界が回る。
会いたいと、叫んでいるのは―…、
だれ――?
意識が落ちて行く。
最後に見えたのは、紅い瞳とざんばらの髪。
(ああ、迷惑かけちゃうな。)
(余計嫌われたら、どうしよう。)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
我が子は影響受けやすいようだ。