「はあ、疲れた…」



がっくりと項垂れながら、門を通る。
後ろで勾陳が笑っている気がするけれど、無視。
ちくしょう、人の初めての出仕を笑ってくれやがって…!



「おかえりなさい。」



沓を脱いでいるとぱたぱたと彰子が駆けて来た。



「ただいま。」



にこっと彰子に笑いかけて最後まで沓を脱いでしまう。
そんな私にふにゃっと笑い返してくれる彰子。
かっわいいなあ!
疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれる彰子の笑顔は人類の宝だと思う。



「昌浩は?」

「部屋に居ると思うわ。どうかしたの?」

「え、んー…。何でもない。」



いや、どんな風に昌浩がリアクションをとったのか見たかったのだけれど、それが無理だったから、せめてその時の様子を聞こうとしてたなんて…。口が裂けても言えない。
不思議そうに見てくる彰子の頭をぽんぽんと軽くたたいて横を通る。



「………。」

《彰子…?》



彰子は咲夜に撫でられた場所を手で押さえて硬直していた。そんな彰子に勾陳が声をかける。



「…姉様がいたら、咲夜みたいなのかしら?」

《だったら姉と呼んでやればいい。》



そうすれば、咲夜の寂しさも少しは紛れるだろうから。
ずっと気丈に振舞っていても、ふとした瞬間に弱い顔をする。それを知っていながら、自分には何もできないのだから。
せめて、傍にいてくれる人を増やしてやることぐらいしか、できない。

**********

「いーい加減人を襟巻きにするんじゃないっ!」

「首周りがすうすうすると寒いんだもんさ。」

「だったら領巾でもぐるぐる巻いておけっ!」

「やだよ、朱雀じゃあるまいし。」

「昌浩、それ朱雀に言ったら怒られるぞ…。」



何で私が夜警に着いて来れているのか疑問に思われる人がいるでしょう。むしろ皆さん思うでしょう。

ズ バ リ!

言い合いに勝ったのだよ!
夜、勾陳と護衛を交代した青龍と睨みあう事約5分。
あれは精神的にとてもきついものがあった。
絶対寿命が十年分くらい縮んだ。



「あいつは天一が絡むとひとが変わる。」

「ああ、そうだろうね…。」



何かあったのかな。脳内の青龍との睨みあいのシーンを消して昌浩の方を見る。
そして昌浩の首に巻かれたもっくんを見る。…あったかそう。



「姉様?寒くないですか?」



ひょこっと昌浩が覗き込んできた。
おー!心配してくれるなんていい子!いい子いい、子…。



「ちょっと待て自分!今なんて呼んだ!?」

「姉様って呼びましたけど?」



さらりと…!さらりと言いやがったよこの子はっ!
何か変なこと言いましたか?って感じできょとんとこっちを見る昌浩。



「いやいやいや、何でいきなり姉様!?」

「彰子と一緒に決めたんだと。彰子が姉がいればお前みたいだと思ったらしくてな」

「彰子か!?そりゃまたいきなりどうして…。」

「嫌、でしたか…?」



しゅん、と項垂れる昌浩。
くっ!それは反則だよ君…っ!



「そ、そんなことないよ!?只慣れてないからっ!」



あわてて否定する。



「良かった…。」



…そんな安心した顔しないでよ!可愛いじゃない!



「そういや貴船はもう真っ白だって言ってたなあ。」



もっくんナイス話題転換!
…え、あれ?



「そんな事言ってったっけ?」



不思議に思いもっくんの言葉に返す。
ああ、でも真っ白だろうなあ。綺麗だろうなあ。



「…もっくん、言ってたって、誰が?…まさか、まさか」

「おう。高於の神だ。…昌浩や、あんまり深く悩まんでもいい。つーか悩むだけ無駄だ。」

「それに昌浩に憑依してた高於も高於だから。」



ちろっと昌浩を見る。暗闇でも分かるほど青くなっている。
どうしよう、と頭を抱える昌浩を、ぽんぽんと軽く叩く。
そういえば彰子にも同じようなことしたな、なんてまったく関係のないことをぼけーっと考える。



「…!?」



叩いていると、突然風が変わった。
場所は…左京の南側あたり。


―…


え、あ、あれ?
何かに呼ばれた気がしたんだけれど…。

声らしきものがしたであろう方を向く。
視界に映ったのは、弱く、脆い…あれは、死人の理念?
なんて、言っているの?


―…たい

聞こえない。


―…か「げっ」

もっくんの低い呻き声で声が掻き消される。
あと少しだったのに…。恨めしげにもっくんを振り返ると、そこにはこれでもかという程顔を顰めた物の妖がいた。



「もっくん、どうした?」

「あまり会いたくない奴がいる。昌浩、咲夜、隠れろ。」

「え、なんで?」



首だけで後ろを向いた昌浩。



「げっ」



先程のもっくんと同じように呻いた。
二人共が同じ反応するなんて、気になるじゃない。
私も興味本位で見てみる。



「あ、敏次殿」



そこには松明片手に歩いている藤原敏次がいた。
なるほど、同じ反応をするわけだ。
だって私もしかけたからね。「げ」って言いそうになったからね。



「見つかると、まずい。」

「まずい、絶対まずい。そういえば恋人疑惑晴れてないよ、俺。」



そんな疑惑かけられていたの、昌浩。
弟(になった)昌浩にかけられていた疑惑を初めて知ってお姉ちゃんちょっと驚いたよ。 なに、恋人疑惑って。
もっくんと昌浩は慌てて塀の陰に身を潜める。
いや、もっくんは慌ててない。慌てた昌浩がもっくんをつかんで身を潜めた。
敏次殿が行く道からは、異様な風吹いてきている。



「大丈夫かな?」

「うーん。敏次殿は陰陽生の中でも選り抜きだし…。相手がとんでもないのじゃなければ退治して終われるんじゃないかと思うんだけど…」

「でも、机上の空論と実戦は違うよ?」

「…念のため、後をつけるか。行くぞ、昌浩、咲夜。」

「「うん。」」

**********

「…寒い。」



口にすると余計寒くなるが、寒いものは寒い。
はぁと息を吐き、敏次は物忌みで邸籠りをしている直丁こと安倍昌浩のことを考える。



「元服が遅かったのも、やはり病気がちだったからなのかもなあ…ん?」



敏次はふと足を止める。
風が妙だ。やけに重い。ぞくりと背筋を悪寒が駆け上がった。
闇の向こうに何かがいる。得体の知れないものが。
この目に映らないということは、異形のものに他ならない。



「…冗談じゃないぞ。」



今、自分は退魔の手段をなんら講じてない。
敏次は跳ね上がっている心臓を必死になだめながら、呼吸を整えた。
松明を急いで消し、両手で印を組む。



「……!」



口の中で、真言を低く唱える。風に混じった妖気が、数段強さを増す。
同時に敏次の姿が闇と同化して見えなくなった。



「…四十点だな。まず気づくのが遅い、術の発動にも時間がかかりすぎ。晴明だったらそれこそ瞬きひとつであっという間に掻き消える。」

「じい様と比べたら、誰だって今ひとつだろう。」



確かに。器用に隠れながら敏次殿の様子を伺う。
もっくんの言葉に返した昌浩に私は心の中で激しく同意した。


―…


「あ…。」




まただ。
今度は昌浩も気付いた。



「…迷っているのか…?」



行く先がわからず、迷い、途方に暮れている。
言葉にならぬ言葉で、しきりに何かを繰り返す。



「来たぞ。」



もっくんの鋭利な声に、私と昌浩ははっと首をめぐらせる。



「あれが…?」

「――夜行?」



夜行には見える。見える、が。明らかに今まで遭遇したものと違う。
何かが集まり、それを黒い粘着質の膜が覆っていて。
それがなんなのかわからない。



「…敏次の奴は、うまく隠れている。心配はないようだな。」



もっくんの言葉に、私は小さく笑う。
嫌いだからといって、目の前で異形の餌食にされるのをもっくんは喜ばない。大儀と感情は別物だから。
そのとき私たちの後ろで彷徨っていた"影"が、ゆらりと向きを変え移動し始めた。
同時に夜行も唐突に向きを変え、進行してくる。私たちの方に。
気付かれた!?緊張が走る。
が、私たちには目もくれず"影"がいた場所へ先頭が大きく、生きた槍のように突進してきた。
しかし、それは空を切って唸りながら立ち戻っていく。



「…あの"影"を、狙ってるのか?」

「そうのようだな。だが…」

「だが?」

「あの"影"、食ってもそれほどうまくないと思うんだがなぁ。」



へぇ…。ああいうのにも味ってものはあるんだ。
そうじゃなくちゃわざわざ食べたりしない、のかな?



「夜行に狙われてるから逃げ回っているのかな…?」

「さぁな。ところで、昌浩や。まずいぞ。」

「え、なに?」



きょとん、と小首を傾げた昌浩に私は苦笑して言った。



「敏次殿、へばってる。」

「どうするよ。」



どうしよう?





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