「え…咲夜さんも来るの?」

安倍邸正門。私の目の前には、驚いた昌浩様と、嫌そうな顔をした物の怪姿の騰蛇様がいる。

「はい。夜警がどういったものなのか気になりまして」
「…青龍はどうした」

低い声で聞いてくる騰蛇様に思わず苦笑が漏れる。
私の隣には、いつも護衛兼監視として青龍様がいるから、今日の夜警について来るのか気になるのだろう。

「来ないですよ」

だって、連れてきたら騰蛇様と青龍様のピリピリした雰囲気の中にいなくてはならなくなる。
その状態は精神的に大変よろしくない。
それを聞いて、毛を逆立てていた物の怪の態度が少し、ほんの少し、和らいだ気がする。

「別にいいけど…。大丈夫?」
「心配するな、こいつはお前と同じくらいに陰陽術を使える」
「自分の身程度は守れますから」

任せてください、と胸を叩けば「頼りないな」とのお言葉を騰蛇様にいただいた。失礼な。
行きましょうと声をかけ門を出ようとしたとき、陰からなにかが伸びてき、強く腕を引かれる。

「いぁっ!?」

予想外の方向に引っ張られたことで思わず悲鳴をあげる。
突然なにが起こったんだ。
なにか知らず知らずのうちに余計なフラグでも立ててしまっただろうか。
折角昌浩様と騰蛇様と会話が出来ると思ってたのに。
私はそのまま暗い平安の闇の中へと引きずり込まれてしまった。

**********

「っぃた…っ!?なに!?」

打ち付けた腰を押さえつつ立ち上がる。
盛大に放り投げられたせいで強かにぶつけた。ものすごく痛い。
辺りを見回してみるが、見事に家も月も雲もなにひとつとしてなかった。
後ろをみても、安倍邸はなかった。辺り一面闇、闇、闇だ。

「これは、また…」

面倒なことになった。どこか違う土地に飛ばされてしまったのだろうか。
なにかわからないかと暗視の術をかけ、場所を確認しようとしてすぐに気づく。
いや、違う。これは、

「異界…?」

神将様方がいるような場所。私達が普段生活している世界とは並行して存在する場所。
行き方は不明。帰り方も勿論不明。これ、私どうやって戻ればいいのだろう。
うんうん唸ってみたが解決方法なんてものは綺麗さっぱり捻り出せなかったので、とりあえず歩き回ってみることにする。人間諦めは大事だ。

**********

「あーもう!なんなの!?行っても行っても闇しかない!」

変わらない景色に、歩き始めてすぐ私の我慢メーターは振り切れてしまった。
無理、変わらない景色とか耐えられない。
うがー!と鬱憤を叫んで晴らす。

《…煩い》

突然背後から声がした。
ばっ、と振り返ってみれば、そこにはとても綺麗な髪を地に着きそうなまでに伸ばした青年が佇んでいる。

「だ、れ…?」

じり、と足を後ろにずらす。暗闇のなか、はっきりと表情の見えない青年は少しずつ後ろへと下がる私に気付いてか、同じ距離だけ詰めてきた。

「っ」

咄嗟に懐に入れていた符を取り出し、青年と自分の間に投げる。
早口で祝詞を唱えれば、それは簡易的な結界となり私と青年の間に壁を作る。

《くっ、酷いな。結界を貼ることはないだろうに》
「………誰、ですか」

ばち。貼った結界になんの躊躇いもなく手を触れ弾かれた青年は、しかしそれすらも愉しげに小さく笑う。

《俺の名は…そうだな、確か時(トキ)…とか呼ばれていたかな》
「時…」

弾かれた手をひらひらと振りながら、さして興味もなさそうに紡がれた名前を繰り返す。
時、時。物の怪の名にはその物の怪を表す名がついているものだけれど、時なんて。
中々大それた名の者のようで。それだけ力があるということなのだろうか。

《空の弟…といえばわかりやすいだろう》
「…空?空って…」

最近きいた名前だ。私をここへ連れてきた張本人。
どうして今ここでその名前が、という気持ちと同時に、またあいつかとも思う。
兄弟と言ったけれど、突然拐うのが好きなのだろうか。
しかし、どう見たって時の方が年上だ。よくは見えないけれど、時は青龍様と背丈や体格は似たようなものだ。
対して空は玄武様と背格好は似たものだ。妖怪の見た目は相変わらず信じられない…。

《それは空が本性じゃないからだろう》
「なんでわざわざ子どもの姿…」

本性、がまた別にあるか。

「…それで?弟さんが何の用でしょう?」

ふ、と小さく息を吐き、半ば睨みつつ時に尋ねる。
結界を解くことはせず、なにかあった時の為に懐からまた一枚符を取り出しておけば、青年はまたなにが愉快だったのか笑い出した。

《ククッ…、なるほどな》

手で顔を抑え漏れる笑いを隠そうともしない時は、一通り笑った後、細めた瞳でこちらを見やる。

《奴が気に入るわけだ。まあ、連れて来たのは俺だが、な》
「…どういうことです」

けれど青年は私の問いに一切答えることはなく、ただ私に触れようと手を伸ばす。
それは私が貼った結界に阻まれて叶わなかったけれど。

《……ああ…残念。見つかってしまったようだ》

見つめられ続けてどれくらい経ったのだろうか。

《また、いずれ会おう。……我が愛しの神子》
「えっ!あ、ちょっと!?」

意味深な言葉とともに、静止の言葉も言い終わる前に時は私の前から闇に紛れるようにして掻き消えた。
それと同時に、強烈な立ち眩みにもにた痛みが襲ってくる。ぐらりと視界が揺らいだ。

**********

強く瞑った瞳を恐る恐る開ければ、目の前に京の町が広がっていた。
あの人、言いたいことだけ言って、私の中にできた疑問を何一つ解決せずに元の空間に強制的に帰しやがった。溜め息を吐きながら後ろを向くと同時に、耳を貫くほどの太陰様の大きな声が聞こえた。

「昌浩ー!いたわよー!」

一瞬の沈黙の後、どたばたと平素では聞けないような騒々しい音を響かせ邸の中から現れたのは昌浩様、晴明様。昌浩様の足元でとたとたと騰蛇様も軽く走っておられる。
お三方の姿を見て、はたと気づく。昌浩様と騰蛇様が邸にいるということは、夜警は終わったのだろう。
自分から着いていくと言っておきながら、門でて早々異界へと連れていかれてしまったなんて、なんて迷惑。

「夜警…すみません、付いていきたいなんて言っておいてご迷惑を…」
「それはいいよ!何日も帰って来ないで何してたんだよ!」
「そうじゃ、青龍なんて烈火の如く…」

祖父孫ダブルでこんこんと話された内容によると。
どうやら昌浩様と夜警に行こうとして異界に飛ばされてから数日も経っているらしい。
異界とこちらでの時間の流れが違うことをすっかり失念していた。ああ、ややこしい。
目の前で咲夜が突如として正体不明の何者かに攫われた昌浩様は、大分自責の念にかられ、夜警時大層探してくれたそうだ。迷惑をかけすぎている。
邸の中に入れば、彰子様にも涙目になりつつ注意され、、青龍様には無言の圧力をかけられた。
青龍様の護衛を断った上で攫われたのだ。甘んじて叱責を受けた。上から眉間に皺をこれでもかと寄せた青龍様が見下ろしてくる様子は、相当怖かった。
翌日から夜の外出と護衛なしでの行動が禁止になったのはいうまでもない。


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時と空は似てない双子神


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