「はぁ…」

貸していただいている和室で、行儀が悪いとわかってはいるが仰向けに寝転がる。
結局、あの後青龍様と一緒に邸へ戻り、晴明様に軽く事情を説明してこの部屋へと戻された。
周辺散策もほぼできなかったし、市へ出ることも叶わなかった。
夢のことも結局は後回しにすることしか出来ないし。
もう一度深く溜息を吐き、反動をつけて起き上がる。
目下の問題は、記憶の手がかりをどう探すかと、元の時代への戻り方だ。
どちらも皆目見当が付かない。
いや、元の時代へはきっとこちらへ来て早々に出会ったあの黒い子供が何か知っているはずなのだけれど。

「今夜あたり、行ってみようかなあ…」

元々行く予定であった、貴船へ。
もしかしたら、貴船の祭神である高於だったら何か知っているかもしれない。
何も知らずとも、この状況を打破する手がかりを知っていたりするかもしれない。
小さなことでもいいから、なにか情報が欲しいのだ。藁にも縋る思いとはこのことなのだろう。

「行ってこようかな…」

日も大分落ち、漆黒が支配しつつある京の町へと出ようと部屋を後にする。
一応、出ることを晴明様へ報告した方がいいだろうと、家主の元へと足を向ける。
ぺたぺたと素足が床を歩く音が静かな中響く。

「咲夜さん…?」
「うぁっ!?」

突然響いた第三者の声に、驚きすぎて上げた声が裏返った。
ばくばくと撥ねる心臓を抑えながら振り向くと、不思議そうにこちらを見る昌浩様がいた。
こんな時間にまだ邸にいるなんて思わなかった。夜警はどうしたのだろう、夜警は。

「あ、ごめん。驚かすつもりは…」
「だ、大丈夫です…。なにか御用ですか?」
「うん。咲夜さん、起きたときにもっくん見てなんか驚愕してただろ?」

突然どうしてだろうと思って。と尋ねる昌浩様の周辺に騰蛇様の姿はない。
だからこそ、丁度いいタイミングだと思って昼間のことを口に出したのだろう。忘れてくれればよかったのに。
じっとこちらを見据える瞳から逃げるように顔を横へずらす。

「それは…その、」
「うん」
「…突然近くに居て、吃驚してしまいまして」
「……、そっか」

我ながら苦しい言い訳だと感じるが、説明できないものは仕方ない。
実際にあったことかどうかもわからないのだ。それに、…それに、わたしの記憶が正しければ、騰蛇様は、現在より以前に、一度晴明様を害してしまっているはず。気軽に口にしていい内容ではない。
納得いってないようだが、これ以上言及するつもりもない昌浩様は軽く頷いて「何もなくてよかったよ」と微笑む。ずきりと胸が痛んだ。

「…そうだ、昌浩様」
「何?」
「私、今から貴船へ行きますので」
「え、どうやって?」
「勿論歩いてですよ。大体の方角もわかりますし」
「そう…?でも、こんな遅くにひとりでは危ないよ」
「大丈夫ですよ。見張りもいますし」

言い終わると同時に後ろに顕現した青龍様。
部屋を出てすぐ傍に現れたので、きっと暫く私の見張りを命ぜられたのだろう。

「うーん…でも、やっぱ心配ですし、俺も行くよ」
「途中までなら」
「…わかった」

**********

「ここまでで」
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」

結局山の入口まで着いてきてくれた昌浩様に一礼し、青龍様と暗い中奥へと歩いていく。
大丈夫、きっと。大丈夫、帰る方法も記憶を取り戻す方法も必ずある。
澄んだ清麗な空気を大きく吸い込み、ぎゅっと勾玉をきつく握る。
そんな私の様子を青龍様が黙って見ていたなんて知らず、私はただただ歩き続けた。

「貴船の祭神、無礼を承知ながら、お伺いしたい事柄が御座います」

暗いなか登り続け、巌の前で声を張り上げ言い終わると同時に、見上げた先に女人が現れる。
巌に腰をかける美麗なその姿はとても見慣れたもので。昔の高於、若いとかなく、変わってない。

「私を、この時代に連れてきた者は一体何者なのか、ご存知でしょうか」
《……こいつのことか》

暗闇に中、高於の後ろから出てきたのは、山中で出会ったあの子供。

「ちょっと、ここに連れてきたり、意識を奪ったり、一体何が目的なの」
《なんだ、いきなり。お前には守護する任があると伝えたろう?》
「守護するものがなにかも伝えられてないのに、どうしろっていうのよ」
《無礼だな。貴様、我が神とわかっているのか?》
「わかってるよ、それくらい」

青龍様と高於は口を挟まず、私と子どもの会話を聞く傍観側に回っている。
ばちばちっと効果音がつきそうなくらいにらみ合う私と子供は暫くそうしていたが、先に折れたのは私だった。

「…わかった。その守護の任が終わったら、帰してくれるんだね?」

溜息をひとつつき、ふいと子供を見やっていた視線を外す。
結局、なにを守護するのかも教えてくれそうにはないけれど、現状これしか帰る方法がわからない。
ならば、仕方ないけれど、守護とかいうものをしてみるしかないじゃないか。
そして、守護してる間に記憶の断片でも思い出してみせる。

《…何故そんなに帰りたがる?》
「私は本来ここにいるべき存在じゃないからです」

直様返した言葉に、ほう、と興味深そうに目を細める高於。

「私がこの時代にいることで、歴史が変わってしまう可能性がある。確かに、この時代にいたとしてすべての出来事に介入しなければいいのだけれど、目の前で起こっていることを見過ごすなんてことは、私にはできません」

それに、強い妖気は私には毒になってしまう。それを払うために、私は嫌でもここでの出来事に関わっていくことになる。

「けれど、私が介入したことで歴史が変わってしまったら、未来まで変わってしまいますから。それは避けなければならないことです」
《ふむ、なるほど》
「……だから、役目が終わったら、きちんと帰してね」
《約束しよう》

その返事を聞いて、私は一礼とお暇する言葉を置いて青龍様と一緒に踵を返した。
あ、そういえば。

「名前を聞いても?」
《我の名は…空》

その言葉を最後に私は貴船を後にする。
山下で昌浩様が待っていて「遅かったね」と微笑んできたときは、思わず驚愕して言葉を失った。
ああ、帰ったら騰蛇様に睨み殺されるのではないだろうか、私。


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高於が心の中で呼び捨てなのは現代での交流の名残です。


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