Present for you a Orangechocolate.

So sweet-and-sour...



雌黄の場合



太陽が空の真ん中に我が物顔で陣取り始めた頃。
広い安部邸の隅で眉を困った、と情けなく下げる。

勢い良く駆け出したのは良かったけど、太裳って高確率で異界に居るよね。


迂闊だった…!

そういえばあんまり安部邸内で見かけたことないよ…!
見かけるときは大概私の部屋じゃないか!



頭悪い私のお馬鹿!

あれ、お馬鹿だから頭悪いのか。
どっちでもいいよっ。

うわあぁあぁ…。


頭を抱えて心底困ってますの体勢。
どうしよう!
いくら探し回ったって異界にいるんじゃあ見付からないわけだよ!
そしてこれからも見付からないよ!

しかも段々身体冷えてきたし!
寒くなってきたとか薄着で飛び出した私の阿呆!



「と、とりあえず上着っ!」



上着を取りに帰ろう。
寒い。
これで風邪なんて引いたら洒落にならない。

保護者達からの雷が落ちる。



ぺったぺったと冷たい廊下を歩けば、足の裏から体温が抜けていく。
腕を組んで若干前屈みになってなんとか身体を温めようとしてみるが、中々温まらない。

足が冷えると全身冷えるって本当なんだね…!


あ、鼻がむずむず…、



「くしゅっ」



ずび、と鼻をすする。

お、おおふ…。
これはやばい。危険だぞ。
胸のマークがぴっこんぴっこん鳴り始めたぞ。
3分経ったんじゃなくて、私の身の危険警報。

こんな鼻むず現場を過保護組に発見されたら…。



「あれほど薄着で出るなと言ったでしょう。」



そうそう。こんな風に心底呆れてます、といった口調で…。口調、で……あ、れ?


聞こえて来た声にぴたりと足が止まった。
止めたじゃなくて止まった。
僅かにあった身体の体温が一気になくなっていく。

可笑しいな、探していた人物の声なのに物凄く聞きたくなかったし会いたくなかったよ!



ギギギ…、と効果音が付きそうなくらい恐る恐る後ろを振り向く。
瞬間私の足が大地という名の廊下を蹴った。



「人の顔を見てすぐに逃げるなんて失礼じゃありませんか?」



蹴って数歩も行かない内に腕を掴まれてしまう。

逃亡失敗。あはははは。
…やっべー!やっべぇえぇえ!


顔を見なくても背後でどんな表情を浮かべているのか分かってしまう。
分かってしまうくらいこういう状況に陥った事があるんだよ!



「冬は身体を壊しやすいのできちんと着込むよう言っていた筈ですよ。」



そうですよね?



「いいいい言われました!言われました!」



耳に蛸が出来るほど言われてました!



「では、なぜそんなに寒そうな格好をしているんですか。」



太裳の 声の トーンが 下が った !

上がってくれれば良かったのに…!
いや、それじゃあヒステリックなママさん状態だ。
しかも今それどうでもいい心底どうでもいい。

今はこの状況をどうやったら打破出来るかだ。


頑張れ私の脳みそ。



「これは、ほら。い、そいでて…。」



ありきたりな言い訳しか出てこない私の脳みそのお馬鹿!
お馬鹿なことはさっき再確認したばっかでしょ!
どれだけ自分が馬鹿だと主張したいの!

しかも言葉詰まった!



「着る手間を惜しむ程急いでいたのですか?」



言外に着る暇ぐらいならあっただろう、と言ってくる太裳さんに言い返せません。

だ、駄目だ!このままじゃお説教タイムに突入してしまう!いつもの流れだ!
どうしよう、どうしたらいい!?
助けてどら○もーん!


私の切実な願いが叶ったのかはわからないが、かさり。手の中でなにかが擦れる音がした。



…こ れ だ 。



「着る手間を惜しむくらい急いでた!」



大きく言えば瞬間強くなる掴む力。
黒いオーラが感じられるとかそんな馬鹿な。

くく、屈しないぞ!



「可笑しいですね。咲夜は今日一日は暇を貰っていると聞きましたけれど。」

「人を探してたのっ」

「…誰を。」



腕を掴まれたまま反転。
太裳と向き合う形になる。

見上げた顔は不機嫌さMAXです、と言わんばかりに眉が寄せられていた。



「た、太裳!」

「…私、ですか?」



そう告げれば途端に薄くなった皺に苦笑。



「手出して?」



言えば腕を掴んでいるのとは反対の手が差し出される。

腕は離さないんですね。


はい、と包みを渡せば傾げられる首。
君が欲しいって言ってたやつだよ!



「日頃の感謝を込めて作ってみました!」

「これは…、」

「ちゃんと1番だから安心して!」



1番だよ!言われた通り最初に渡したよ!



「いっつも迷惑かけてごめんね?そしてありがとう!大好きだよ!」



考えて考えてお菓子と一緒に感謝を精一杯詰め込んだ言葉を言えば、一瞬目を丸くする太裳。



「咲夜…、」

「なに?」

「……。」

「太裳?え、なにどうしたのたいぅおっ!?」



たいうおって誰、とかどうしたの甘味いらなかった!?とかそんなこと考える暇もなく私は固いものと顔面直撃。

鼻が…鼻がぁぁぁ…!


突然掴まれたままだった腕を引っ張られ、直撃したのはどうやら太裳の胸板のようだ。
ひょろっちく見えるのに意外と…っていやいや!
何を考えてるんだ私は!変態かっ!


慌てて離れようとするが、いつの間にか回されていた腕にがっちり腰を押さえられていて身動きが取れない。



「い、きなり…っ」



なにするの、と続くはずだった言葉は喉辺りで引き返してしまった。


文句を言おうと顔を上げれば、至近距離に太裳の端整な顔があり、形の良い眉は嬉しそうに下がって、瞳はどこか溶けてしまいそうな光を宿していた。

そ、そんな表情反則だ…!

近いしなんか甘い顔してるし腰に回っている腕の力が強まったし近いし雰囲気がとろんとしてるしで、ああもうっ恥ずかしくて死にそう!
急に顔に熱が集まって来るから、思わず上げた顔を下げてしまった。



「どうして下を向くんですか。」



不服そうな声が耳元を掠める。
耳朶に直接届いた息がくすぐったい。


どうしてもこうしてもない…!



「顔を上げてください。」



さらさらときめ細かい太裳の髪が私の髪に混じって顔に当たる。

脳に直接響く言葉は甘くてとけてしまいそうだ。



「い、やだ…。」

「どうしてですか。」

「……。」

「咲夜。」



息と同時に呟かれる自分の名前。

いつもより低く、どこか艶のある声にぴくりと肩が跳ねた。


たたた太裳さん…っ!?
な、なんて声っ近っ…!



「…咲夜。」

「む、り…っ」



絶対に上げるものか!と下を向き続ければ、しょうがないですねという言葉。

あ、きらめてくれた?


ほっと一息つけば、それと同時に感じる違和感。



「ひゃっ!?」



右耳…!右耳になにか…!

脳直接に響き揺さ振る水音。生暖かいなにかが耳を舐めては含み舐めては含みを繰り返す。
時折、ちゅ、なんて音までしだした。



「た、いじょう…!?」



口から零れそうな言葉にならないものをどうにか抑えて途切れ途切れに名を呼べば、水音の合間に「なんですか」の言葉と共に感じる生暖かい風。
それにまた肩が跳ねてしまうのだから私の羞恥心メーターは急上昇をし過ぎて臨界天突破目前だ。

た、たんま!本当にたんま!
恥ずかしくて死にそうだとか色々あるけどなんだこの状況っ。
なにがどうなってこうなった責任者出てこい!


頭がこんがらがってぐちゃぐちゃで正常な思考回路が働かない。

おおお落ち着け私!
まままずはどうにかしてこの状況を抜け出すんだ!



「たいじょ、ってば…っ」



全力を振り絞って掴まれていない手で太裳の胸板を叩けばようやく離れていく顔に大きく息を吐く。
見上げれば愉快気に瞳を細めた太裳。

右耳が風に当たってすーすーする、けど気にしたら負けだ私っ!
思い出すだけで恥ずかしくて爆発する!



「なにするのっ」

「顔を上げてくださらなかったので。」

「それだけ!?」



それだけであんな行動に出たと!?
さも当たり前だといわんばかりに言ってのけた太裳に思わず絶句。



「そうですね、あと。」



ぐ、と腰の腕に力が篭ったのがわかる。


な、なんだい。



くすくす愉しそうに笑いながら一拍置いて言われた言葉に、私は固まってしまった。







「幸せすぎて。」






本当に幸せそうに微笑みながら紡がれた言葉と近付く距離。


小さなリップ音を残して、



「最初にくださってありがとうございます。」



私が渡した雌黄色を基調とした和紙で包まれた甘味を持って去って行く背中。

ぽつんと取り残された私は、先程太裳の唇が触れた額に手を当てる。



「…〜っ!?」



下がりきっていた体温が急上昇し、身体が火照るのがわかる。
ぺたんと廊下に力無く座り込み、両手で真っ赤になっているであろう顔を隠した。






Color:YELLOW




(甘酸っぱいオレンジチョコレート)
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