少し前になるけど、懐かしい夢を見た。
テンマ達のことは度々夢に見ているけれど、それよりも、もっと懐かしい夢。
わたしがまだ、わたしの世界に居た頃の光景。
お母さんの怒鳴り声に飛び起きて、友達と馬鹿みたいに騒いで、恋の話をしながら毎日を送っている。そんな当たり前だった風景。
自室や通学路。陽の当たる窓際の席。廊下に昇降口。駅前の商店街に行きつけの喫茶店。
今ではもう見ることすら出来ない当たり前達。
懐かしくて、懐かしくて、恋しくて、夢から覚めれば、あるのは心にぽっかり穴が空いたような感覚だけ。
気のいい、少しおせっかいだった彼女達は、元気にしているだろうか。お母さん達は心配してるんじゃないだろうか。
突然消えてしまったんだもん。探してるんだろうな。
でもここは、わたしが居た世界じゃない。
所謂平行世界とか、異世界とかいう場所だ。
見つかることはない。
見つかるどころか、わたしは死んだことになっているかもしれない。
ここに来てから随分経った。
なぜか子供だったわたしの容姿も、ここに来る前の容姿とほぼ変わらないまでに成長している。
推定でわたしの年齢は十代後半ぐらいだろう。
そうなると、ここでもう十数年暮らしていることになる。
死んだことにされていても不思議はない。
ああ、それは、凄く悲しいことだけれど。それでも。
「帰りたくないな、なんて思ってしまうんです。」
おかしいですよね?
昔は帰りたくて帰りたくて仕方がなかったのに、今はここで生きて行くのもいいな、なんて感じるときがあるんです。
「おかしくなんぞない。」
「そうでしょうか。」
「ああ。少なくとも、わしはそう思う。帰りたくないと感じられるほど大切なものが出来たのだろう?」
にっかり。正にその表現そのものな笑顔を浮かべる童虎さん。
わたしが生まれ育った世界を捨ててしまえるほど大切なもの?
大切な、もの。大切な…、
「…わかりません。」
視線を地面に下ろし、小さく呟く。
「わからない、です。帰りたくないのは確かなんです。でも、帰りたいのも事実なんです。」
「帰らないということは、故郷を捨てることと同義。ハル、悩んでも答えはそうそう出ぬよ。」
「……はい…。」
「どちらも大切なことはわかる。しかし、どちらかを捨てねばならん。時を待つべきではないかのう。」
「時?」
「本当に重要な選択をする時は、きちんと決まっているものだ。」
帰るか、帰らないか。
答えは二択。
帰りたいし、帰りたくない。
今はまだ選べない。
ああ、これぞ正に
自分勝手な矛盾
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
人生は、重要な選択の連続。いつかは選ばなくてはいけないのなら、今存分に悩むしかない。