プロローグ


私は、あの子達の出来ない事をしよう。


殺しも、魔力配給も、全ては大人の仕事だ。

だから君達は、前だけ向いていれば良い。
綺麗な世界で何も知らず綺麗に生きていて欲しい、それだけが私の願いだからーーー



*プロローグ - 契約 - *



ある日唐突にダヴィンチちゃんが部屋を訪れ、

「失礼するよ名前ちゃん、付かぬ事を伺うけど、君は致した事あるかい?」

等と開門一番にそんな事を言われた私は間抜けにも「・・・は?」と言う一言しか返せなかった。

「ああ、いきなりごめんよ、別に他意があった訳じゃ無いんだ」

彼女はいつもの調子で何処か掴めない表情で笑った。
まあ、理由も意味も無く彼女がこんな事を聞く事は無いだろうから別段気にはしてないが、ただ少し驚いただけだ。そして、魔術師の私に対してそう言う話が出ると言う事は、大凡これからの話の流れも予想出来る。

「今のカルデアは初期に比べて沢山のサーヴァントが召喚に応じて、力を貸してくれる様になっただろう?それは何よりも良い事だ!だが、その反面増えた分だけ不足してしまう部分が出て来る訳だよ。まあ一重に言ってしまえばサーヴァント一人一人の深刻な魔力不足だね。…だからと言ってまだ幼いマシュやグダ男くんには頼めない問題なのさ、この意味君なら分かってくれるだろ?」

「なるほど。不足した分を補う為に、サーヴァント達とパスを繋いで魔力配給をしろって事?」

「理解が早くて助かる!つまりはそう言う事だ。ああ、勿論此方からの最大限のバックアップはするよ。君のメンタルやメディカルチェック、そういうところには配慮して行くし優先だってするつもりだ。まあ、無理にとは頼まないが、出来る限り手伝ってくれると有難いね…」

「良いよ、あの子達にこんな事させられ無いって気持ちは分かるし、それに私だって魔術師の端くれよ。いつかこうなるかもって覚悟はしてたから…」

「ありがとう名前ちゃん、色好い返事が聞けて此方としても安心だよ。そうだね、今回君に頼んだのは、君が魔術師だからってのも勿論あるが、実は他にも理由があってね」

「他にも?」

彼女が形の良い唇に人差し指を当ててクスリと笑った。

「そう、一つは君の言う通り君が魔術師だから、もう一つは君が成熟した大人である事、そしてもう一つがーーー」

ダヴィンチちゃんがスッと私の胸を人差し指で指差した。

「ーーー君が聖杯だからだ。」

そう告げた。
私は自身の胸元に手を当てる。確かに其処には私の心臓の他に“もう一つの心臓”が脈打っている。
私が戦闘で無茶が出来るのも、膨大な魔力を駆使する事が出来るのも、カルデアのマスターでは無いのにサーヴァントと契約が出来るのも、其れ等全てのの源と言っても過言では無いモノ。
私の心臓と共に存在し、共存する【冬木の聖杯】

「色々と調べてみて分かった事なんだけど、聖杯にはね、サーヴァントとの交わりを効率化する性質があるんだ。」

「交わりを効率化する…?」

「魔力配給って最初にパスを繋ぐだろう?まあ、言うなれば君と相手の魔術回路を繋ぐ強力な接着剤と考えても良いかもしれないね。もしくは変換機だ。魔術回路と魔術回路の凹凸を効率良く繋ぐ為の変換機、それさえ有れば誰とでも回路を簡単に繋ぐ事が出来るし、加えて聖杯故に膨大な魔力を一気に相手に注ぐ事だって可能だ。正に一石二鳥とはこの事だね。」

「そんな事まで出来るんだ、私はてっきり願望機としての役割しか無いのだとばかり…」

「本来ならね、その機能だけで充分なんだけど、いかんせん今は特殊な事例だ。それに伴って変化したか或いは、願望機と言う機能自体が、其れなのかもしれない。」

「と、言うと??」

「願望とは人の深層心理を表すものだ。その人それぞれの願い自体に多かれ少なかれの誤差や差異が生じるが、きっとその願いの根本は同じなのさ。
だから、その願いに寄り添う器が聖杯だ。寄り添い、叶える。きっとそれが可能のは聖杯自体に相手と何かしら密接に繋がる事が出来る機能が存在するからなのかと言う私の推測だよ。
まあ、ただの私の憶測に過ぎないから余り信じ過ぎないでくれたまえよ?」

「なるほど、それだったら幾分か納得出来る部分が出てくる訳か…」

「……話が大分逸れてしまったね。それで、最初の質問だけど…」

「ああ、した事あるって話ね。期待に添えない様で申し訳ないけど、まだだよ。今までの人生でそんな事をする余裕なんて無かったし、聖杯戦争には参加経験あるけど、正式な…と言っていいのか曖昧だけど、サーヴァントを持ったのなんて今回が初めてだから、パスを繋いで魔力配給なんて事も無いよ。」

「なるほどね、言い難い質問だろうに答えてくれてありがとう。」

ダヴィンチちゃんがサラサラと書類にペンを走らせて行く。
そして「じゃあ此処にサインをしてくれるかな?」と言いながら、スッとダヴィンチちゃんが差し出したのは何やら契約書の様だった。

「これは?」

「ああ、別に怪しい物じゃないよ。例えば此方で何かあった時の為に君の同意の元行った行為だと言う事とか、後はもしも後々君に何かあった時の為に此方で君の事を守ってあげられる様に、保証を兼ねての契約書さ」

彼女の説明に「なるほどねぇ」と返しながら、指で示された場所に署名をしていく。

「それにしても随分用意が良いのね、まるで私が承諾するのを予想してたみたい。はい書けたよ。」

「此方だって悩んだ末の苦渋の決断だった訳さ、だから君には出来る限りの事をしてあげたいし、君ならきっと理解してくれると思ってたよ。うんありがとうバッチリ確認したよ。」

少しの冗談と軽口を交えながらダヴィンチちゃんに契約書を渡す。彼女も私の言葉の真意を理解してくれているから、笑いながら受け取ってくれた。
そして契約書を確認しながら彼女がポツリと零した。

「本当はこんな事しなくて良い様にこっちがちゃんと管理しなきゃいけなかったんだけど、結局、今回も君に甘える形になっちゃったね…」

「何言ってるの?」

「何って…、グダ男くんやマシュ達の育成だって、戦闘面でだって、君は手が空くとカルデア職員の仕事や他の人間の仕事だって手伝ってくれてるだろ??」

「違うわダヴィンチちゃん、それは、私がやりたくてやってるだけだし、それに生活や食事、体調管理とかでお世話になってる以上私だって少しは皆の力になりたいし、働いて返して行くのが当然じゃないの??」

少しの間2人で顔を見合わせて、そしてどちらから共無くふふっと吹き出した。

「なーんだ君そんな事思ってたのかい?そんな遠慮なんかせずに存分に甘えてくれれば良いのに」

「ダヴィンチちゃんこそ、私に遠慮しなくて良いわよ!皆が頑張っているのに私だけお客様面なんて出来ないの、私は私のやれる事をやってるだけ、協力は惜しまないわ!」

一頻り2人で談笑していると、ダヴィンチちゃんが何か思い出したかの様に「あ、そうだ。」と声を出した。

「折角だから初めての相手は君自身で選ぶと良いよ」

「初めての相手?」

「そう、名前ちゃんがこの人になら任せられるとか、この人に初めてを捧げたいとか、名前ちゃんの好きな人、とか。君の決定に此方は文句は言わないよ。だから自由に君の好きな人を選んでくれたまえ」

最後の他の言葉とは少し違うニュアンスで言われた『名前ちゃんの好きな人』と言うその一言が私の中で小さな波紋を広げた。

「私の、好きな、人…」

ポツリと彼女の言葉を繰り返す様に呟いた言葉。
魔術師としてこれから行うこの行為に、感情なんて持ち合わせていたら幾ら有っても足りない事くらい理解していたから正直最初の相手を選ばせて貰えるだなんて思っても居なかった。
況してや初めてを捧げる相手だなんて…

ダヴィンチちゃんの顔をチラリと窺い見てみるが、彼女は先程の言葉通り私の決定を待ってくれている様で、ただ黙って微笑みを浮かべていた。

「ーーーーーー」


ーーーさあ、貴女の相手は誰…?






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