サクラビト
小次郎夢、一成幼馴染設定。
テーマ【春:桜】
小次郎は出ては来ますがしゃべりません。悪しからず…
散る為に咲く華を誰が愛でるのだろうーーー
*サクラビト*
うららかな小春日和、最近はそんな言葉が似合う日々、寒過ぎず暑過ぎずの心地よい気温になり、柳洞寺の前の桜並木も満開を迎え綺麗に咲き誇っている。
私はそんな桜達を眺めながら、柳洞寺への長い階段を登っていた。
理由はひとつ、幼馴染みである柳洞寺 一成と少し早めに学校へ行く為だ。
いつもなら私が家まで迎えに来てもらい起こされる側なのだが、今日は珍しく早起きをした。
何がある訳では無かったのだが、本当に珍しく自然と目が覚めてしまったのだった。
うん、早起きは三文の徳って言うけれど、本当にその通りだと実感する。
春先と言っても早朝はまだまだ冷え込む為、制服の上にコートを羽織りマフラーをしていても朝方の冷たい外気は身に染みる。
冷たい外気が制服の下の肌まで侵食して来る、ブルリとひとつ身震いして、吸い込んだ息を掌にハアと吐き出した。
すると吐き出された吐息は白くなり、それを視界の端から見送った。
長い階段を登り切り、やっと柳洞寺の門が見えてくるであろう位置まで辿り着いたところで、本当無駄に長いよなこの階段…と一息つきながら後ろを振り返ると、丁度眩しい朝日が差し込んでくるところであった。
日差しに目を細めると、一陣の風が私の周りをフワリと舞う。
その風と共に美しく咲き誇った桜達が儚く散りながらもヒラリヒラリと舞踊り、私の上に幾重にも降り注いでくる。
桜の花弁で窒息死してしまうのでは無いかと錯覚すらするその量と姿を、綺麗だなと客観視していた
ーーーーー刹那
ゴォウ…ッと唸りを上げながら一層強い一陣の風が私の周囲に舞い、散り行く桜すらも置い攫って、空へと舞い上げた。
その姿を目で追いながら上向くと、石段の上、丁度柳洞寺前の門の辺りに見慣れぬ人影を確認して、私は自然とその人に視線が釘付けになってしまったのだった。
何を言うでも無くただ黙して其処に立つ美丈夫は、儚く散って行く桜を見送りながら、風に吹かれ長い髪をたなびかせながら其処に立っていた。
高い位置でひとつに結ばれた長い髪、何故かは分からないが古風な着物を着込んだその人を、私は、酷く美しいと感じた。
私の見上げる視線か存在自体に気付いたのか、その人が、私を見た。
やはりその人は何を言うでも無くただただ黙して私を見詰めて来た。
そして私は、確かに見たのだ。その人の口元が密かに綻ぶのを、密かにその人の目元が、顔が笑むのを…
「ーーーー」
しかしそれを確認して何かを言おうと口を開きかけた時、またもゴォウ…ッと一陣の風が唸りを上げながら吹き付けて来た。
そしてその人もそれが合図だとでも言う様にクルリと此方に背を向けて門の奥へと消えて行こうとする。
桜達を攫って行った風がその人をも攫おうとしている様に錯覚してしまって、私は咄嗟に声を上げてしまったのだった。
「…っ!ま、待って…っ!!」
私の咄嗟に出てしまった言葉にその人はこちらを振り返えり、またも、笑む。
今度は確実に視線が合った。
今度こそ彼は確実に私を見て笑ったのだった。
そして今度こそ何事もなかったかの様に、振り返り門の奥へと消えていった。
彼が消えた門の奥を見詰めながら『嗚呼、やはり……』と実感する
彼を美しいと感じたのは同時にとても刹那的な儚さを纏っていたからなのかもしれない……そんな事絶対に有りはしないのに其処に立つ人がいきなり掻き消えてしまう様な、何もなかったかの様に居なくなってしまう様な、直ぐに手折られてしまう様な、そんな儚い淡い雰囲気だったのを遠目から感じた。
それでもただ其処に立つだけでピンッと背筋や空気が張り詰める感覚は、何とも言い難い感覚だった。
嗚呼、早起きは三文の徳ってことわざは本当だったんだな…本当に、良い事があったよ。
その後、私は彼を追い掛ける様に階段を早足で駆け登ったが、結局その人に会える事はなかった。
不思議な人だったなと印象を残しつつ、幻の様に掻き消えてしまった彼に、もう一度会いたい、出来れば今度はお話がしたいと願った。
ーーー散る為に咲き、また咲く為に散る
美しさ故の儚さを、人は愛しく思うのだ。
其の男【桜精華(桜の木ノ精)】とでも言うのか…
題名を最後まで悩み、結局決まらずに私の好きな歌の題名にしました。
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