痛いの痛いの飛んでゆけ 前編
赤弓夢、マスター設定。
暗闇に閃光が瞬き目を焼く
ガンッキンッ
それは二つの金属音と共に
ザ…ッ…グッシュッ
赤い紅い鮮血を撒き散らしながら
「ちっ!」
「くっ!」
2人の男の声と共に…
*痛いの痛いの飛んで往け*
「っ!!?…アーチャーッ!!!」
私はサーヴァントの援護も指示も…何も出来ず立ち尽くしていた
一瞬の間を置いて事の次第を把握してからやっと喉が声帯を震わせ、肺が酸素を取り込み、瞳が瞬きの仕方を思い出した様だった。
嘘、アーチャーが…っ
瞬きを思い出した瞳がまず最初に捉えたのが、サーヴァントであり大切な人であるアーチャーの鮮血だった。
彼の身に纏う外套の其れより黒く紅い血…
滴り落ちるのは彼の指から零れ溢れた雫…
私は震えが止まらなかった。
『彼の無事を確かめたい、今すぐ駆け寄って彼を確かめたい…っ』
そう思うのに足が動かなかった、否、動けなかった。
彼等の闘いは凄絶を極めた。
己の力を最大限引き出し一進一退の攻防を続ける、しかし其れはただジリジリとお互いの体力を少量ずつ削るだけであり、決定的な勝利に導く一手には成り得なかった。
彼等の闘いは互角…いや、其れ以上だ。
だからこそ私はアーチャーを勝利に導くための一手に手を出せなかった。
一文の隙も無く、一瞬でさえも気が抜け無い、その様な事をしたら即死-敗退-に繋がる、そんな攻防だった。
もしそんな死闘に私が手を出して、もし其れがアーチャーの妨げにでも成ったら……っ
そんな思いに堰き止められて私は行動に移せなかった。何時でも彼の援護が出来る様、魔力は腕に溜めて居たのだが……
マスターとして情け無いとは思うが、多分、これが一番賢明な判断だったのだろう…。
「………っっ!!!」
震える手を握り締め、唇を噛み締めながら私はランサーに向かって魔力を蓄えた腕を構えた。
「おっかねぇ…嬢ちゃんだぜ…」
彼はそんな風に戯けて見せるが、やはり隙が無い。
「退きなさいっ!マスターの居ない今の貴方では部が悪い筈よっ!!」
睨み付ける私を「おー怖い怖い」と口の端で笑いながら「だが、悪くねぇ女だ…」と獰猛な獣の捕食者の瞳で舌舐めずりされた。
私は一瞬にして悟る、この人にはどう足掻いても私では太刀打ち出来ない…っと…背筋に冷たいモノが伝い落ちゾクリと身体が震る。
しかしそんな視線からスッとアーチャーが私の前に出て庇ってくれた。
彼の瞳から離れ、安堵する私。嗚呼、知らず知らずの内に緊張していたのか…と己を抱き締めたくなった。
「邪魔だ、退きやがれ…俺はその女と話してんだ…」
「貴様と彼女が話す必要は無い。それに私は、生憎と貴様何ぞに彼女を渡すつもりは毛頭ないのでね」
「けっ…弓兵如きが騎士の真似事か?」
「何とでも言え…」
二人の睨み合いは続く
私はランサーの視線を向ける対象が私から外れた事に安堵しながら、アーチャーの頼もしさを再確認した。
「逃げるなら今の内だぞ?その腕では最早ヤリを振るう事もままなら無いだろう…?」
「お前だって土手っ腹に大穴開けて良く言うぜ」
そう言いながら肩口の傷を物ともせず、ついでとばかりに軽く槍を回しながらアーチャーへと臨戦態勢を整えた。
アーチャーはアーチャーで両手に夫婦剣を現出させランサーと同じ様に臨戦態勢を整えている
先程の戦闘でアーチャーはランサーの槍が左脇腹付近を貫通し、ランサーはアーチャーの夫婦剣が右肩を抉ったのだった。
私からして見れば二人共十分に重傷であるが、これからまだひと勝負やろうとしているのだから、英霊ってのは余程タフなのか頑丈なんだなと緊迫した雰囲気の中独り言ちた。(ただの見栄なのかもしれないが…)
「丁度良い!此処でハッキリさせようぜ!テメェとは白黒付けてぇと思ってたんだ!!」
「その言葉そっくりそのまま返してやるランサーッ!!」
「……っ!!」
先程の比では無い緊迫した険悪な雰囲気が流れる。
私は生唾をゴクリと呑み下すと、その音がヤケに大きく聞こえ、決して暑い訳では無いのに一筋の嫌な汗が頬を伝った。
そして…
「ーーーとっ言いてぇところだが、」
そんな言葉と共に不意にランサーが臨戦態勢を解く
「残念な事に、ついさっき俺のマスターからお呼び出しを食らっちまったんだ…だからまた今度な、嬢ちゃん」
「…っ!!?」
睨み付けていた私に視線を合わせ、パチンッとウィンクをかました。
その行為に先程とは違う寒気が背筋を這う
「………逃げるのか…?」
アーチャーの怒りを隠さ無い言葉をランサーは「ケッ」と鼻で笑う
「誰がテメェなんかを恐れて逃げるかよ、それに今日はテメェと戦闘する気なんざ無かったんだよ」
「の割には先に攻撃して来たのはそっちだけど…」
「細けーことは気にすんな」
ランサーはケラケラ笑いながら持ち前の脚力で跳躍し「今度はこんな野郎抜きで会おうな!」とナンパ紛いの事を言い残して去って行った。
その後ろ姿をアーチャーが弓で追撃するが、「んなもんが当たるかよー!!」と遠くから声が掛かった。
あの様子だと当たった様には見え無いな…
「おのれ…っ!」
アーチャーが弓を収めながら忌々しげに吐き出した。
私はその言葉を聞きながらハッとアーチャーが深手を負った事を思い出し、慌てて駆け寄った。
「アーチャー!怪我大丈夫!?今回復させるから待って…て……え…??」
突然の違和感
何が何をとは言い表し難いのだが、私を突如として湧いた違和感が襲った。
「(何…?何なの??)」
私は困惑しながら不可解な違和感を抱きながらも、アーチャーの脇腹に掌を当て、回復させようと魔力を注いだ。
「(…やっぱり、何か…可笑しい…っ)」
魔力を注げど注げどアーチャーの傷が塞がる事は無く、例えるならば私の掌の魔力は砂の様に零れ落ちていって仕舞う。
「…名前…?」
アーチャーも不思議に思ったのか私の名を呼ぶが、私はそれどころでは無くひとり混乱していた。
「(可笑しい…っ可笑しい可笑しい可笑しいっ!!こんな事って、どうして…っ!??)」
私はギュッと唇を引き結びながら混乱する頭で恐る恐るアーチャーを見上げる。
「ごめんアーチャー…魔術が…っ魔力が、出ないの……っ」
「…な…!!?」
「ど、どうしよう?!このままじゃアーチャーの傷が治せないし、アーチャーの魔力が尽きちゃうよね!?…でも、でも何で魔力が出ないの??!」
半分泣きながら(確実に泣いてた)アーチャーを見詰めると「取り敢えず落ち着け」と言われ、落ち着け無いながらにも必死でコクコクッと頷き、浅い深呼吸を繰り返した。
それから一応所持していた布でアーチャーの傷口を塞ぎ(彼は大丈夫だと言ったが)、その場を離れ家に帰還した。
私の身体の魔力回路は正常だし、魔力も十分残っているにも関わらず、何故魔力や魔術が使えなくなったのかは謎のままだ…
家に帰ると本格的な手当ての為、アーチャーに傷口を見せる様に言ったが…
「時間も十分に経過したからもう大丈夫だ…それに君が見るのは余り気持ちの良いモノではないしな…」
と拒否されたため「そんな事言うと令呪を使うわよ…?」と心配半分脅し半分の脅迫紛いの事を言えばすんなりと上の服(外套やら何やら)を脱いでくれた。
「……っ」
「どうだ?やはり気持ちの良いモノではないだろ…?」
苦笑いでそんな事を言われたが、すみません…私は傷口よりも、その…身体の逞しさに見惚れて仕舞いました…。
見事に鍛え上げられた肉体は此処まで色気を纏うのかと思う程、その身体は綺麗だった。
所々に生傷の痕の様なモノもあり、それも相まってか、視ている方が赤くなってしまう程の色気だ…
私は余り直視しないまま、
「…っ大丈夫、私の責任だから、私がちゃんとやるよ…っ」
と意思表示をすれば「そうか、ならばよろしく頼む…」と承諾してもらった。
傷口に目を向ければそれは痛々しい程大きくパックリと口を開けており、30分くらい経過したと言うのにまだ新血を吹き出していた。
「……痛そう…っ」
「痛くは無い、もう慣れたさ…」
私の呟きに彼はやはり大丈夫だと言うが、その言葉が私に、心に突き刺さった。
『もう慣れた…』
其れは今まで傷付き過ぎて忘れてしまった感覚?擦り減って仕舞った痛み?痛いって慣れてしまう事なの?幾ら英霊って言っても痛いモノは痛いんでしょ?
私は膝の上で握り拳を作りギリリッと力を込めた。言いたい言葉を全て飲み込んだ。
彼は彼なりに傷付き耐え抜いて来たのだと……古傷達が物語っている。
無数にある傷痕達…その中でも一際目を引くのは心臓の丁度真上にある傷だった。
その傷痕の上に手を乗せながら、今1番言いたい言葉を…彼に届ける。
「慣れたなんて言わないで…」
「名前…?」
「痛みになんて慣れないでよっ!!
痛いのは痛いって私に言ってよ!!…今は無理でも、私が…ちゃんと直してあげるから……っ」
「ふぐぅ…っ!!?」
ドンッとアーチャーを(怪我人なんて知ったことか!痛くないんでしょ!慣れちゃったんでしょ!どーせ!!)押し倒した。
そしてその上に馬乗りになりながら、アーチャーを睨み付ける。
「アーチャー…痛いならちゃんと教えて…っ?」
「………っ」
「私がちゃん治してあげるから…一緒に居るから…っ」
「君は…っん…っ」
何か言われる前に彼の唇に噛み付いた。
知らない知らない知らない…っ
反論なんて言わせない…私が欲しいのは『痛い』って言葉だけなんだから…っ!
「は…ふぅっん…っ」
「ん…んんっ…は…ぅっ」
唇を合わせるだけの幼稚なキスだった…それでも最初は私が優勢に立っていた筈なのに、いつの間にかアーチャーに頬と後頭部を固定され、主導権を握られてしまい、いつの間にか侵入して来た熱い彼のモノに絡め取られ、幼稚だった口付けは深いものへと変わっていた。
「ふぅ…っんんっ!ん…ふあ…っ」
「は…っ君は、この行為の意味を知っているのか…っ?」
口付けの合間にそう問われる。
私だって子供じゃない、この行為の意味を知っているし、何より先にコレをしたのは私の方なのだから…
「し…っんぅ…てる…っんん」
「そうか…ならば君はコレを、コレ以上を望むのか…?」
「……っっ!!」
一瞬にして頬に、彼に深い口付けをされた時以上の朱が登る。
彼は知っていて分かっていてこの質問をしているのだ。
「……アーチャーは…ズルい…っ」
ジト目で睨み付ければ彼は笑う、耳元に唇を寄せながら妖艶に……
「男とは皆、ズルい生き物なんだ…
好いた女性に逃げられない為の付箋を皆貼る…」
他の男性はそんな事しないと思いますけどねー、ついそんな言葉が口を突いて出そうになったが、変な事をされたく無いので黙って唇だけを尖らせた。
優しく頬を撫でながら、
「どうする?どちらが良いか君の選択を待つよ…?」
なんて此方にこれからの責任、選択肢を押し付けてきた。
何処までも抜け目のない男だと思った反面、今更そんな事を聞くなとも思った。
「あのね、アーチャー…最初にこの状況を作ったのは私なの、アーチャーを押し倒した事も怪我をさせて仕舞った事も…」
「怪我は君の責任ではない、私の油断が招いた結果だ…」
「ううん、違うよ…私がもっと力のあるマスター、凛ちゃんみたいなしっかりしたマスターだったらアーチャーは怪我をしなくて済んだのかもしれない…」
「……例えそうであったとしても君は君名前だ、決して凛では無いし、凛には成り得ない」
「そんなの分かってるけどそれでも考えちゃうの…!……それに、魔力や魔法が出なくなってアーチャーの怪我を直ぐ治せないのは事実、私の落ち度だから…」
「…………」
「不幸中の幸いにも魔法は出ないけど魔力回路は正常なの!だから…この方法なら、アーチャーに魔力が与えられる…か…ら…っ」
今更ながら自分が物凄い事を言っているのを自覚した。
要は『抱いて』と言っている様なモノだ…恥かし過ぎて今なら顔から火が出せそう…
私が自身の発言に羞恥し俯いていると、頬をスルリと指先が掠め、顎に添えられた
それは紛れもなく目の前の人物のモノで…彼を見詰めると優しさを称えた瞳と視線が絡んだ。
「君にそこまでの重荷を背負わせるつもりは無かったんだ…私にだって落ち度はある、だからそこまで落ち込まないでくれ……」
「アーチャー…」
「君が好きだ…
だから、君が名前が欲しい…」
「……っ」
「これは私の素直なキモチというヤツだ…良かったら受け取って欲しい…」
「……うんっ」
嗚呼、私は何て幸せモノなんだ…と彼の与えてくれる感情を自身の胸の内に湧く想いを、噛み締めながら瞳を閉じた。
裏描写は後編に御座います。
補足です。
夢主ちゃんの魔術が出なくなったのは、極度の緊張や身体の強張り、感覚の麻痺などの精神的なダメージの為とお考え下さい。
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