日々是精進
セイバー夢、女夢主、士郎幼馴染み設定。
友情夢です。
パーンッパーンッと、
まだ西の空が白み掛けて間もない早朝、何と無く目が覚めてしまった私は幼馴染みである衛宮 士郎の家へとふらりと向かった。特に何か理由があった訳では無いのだが、敢えて言わせてもらうとしたら我が幼馴染みと可愛い後輩ちゃんの作る美味しい朝食を拝借しようと思っていた。
すると、不意に聞こえてきた竹刀の激しくぶつかり合う音と、共に聞こえた気合いの入った掛け声に、一抹の懐かしさを覚え、母屋に行くよりも先に音の出所へと足が向かっていた。
きっと、この音はーーー
*日々是精進*
音の聞こえた場所へと向かうとやはり其処には幼馴染みくんの姿があって、そしてその隣に立ち、竹刀を握る存在に驚いた。
「……セイバーちゃんも剣道やるんだ…」
「てっきり藤姉だと思ってた…」そうポツリと独り言ちた私の言葉にいつも冷静沈着で余り表情を変えない彼女が、少し驚いた様子で振り返り「…名前」と私の名前を呼んだ。
「あ、ごめん!邪魔しちゃった?」
二人の手を止めてしまった事に慌てて謝罪すると「いえ、丁度ひと段落した所です。」と彼女が首を軽く左右に振りながら微笑んだのを見て、「そっか、なら良かった」と安堵の息を吐いた。
「あ、それで、士郎は床で何してんの?」
「え、ああ、士郎は今し方伸びてしまって…」
床で倒れ伸びている幼馴染み殿に目をやれば、目を回し泡を拭いて居た。その額には出来立てであろう、竹刀の赤い痣がクッキリと浮かんでいる。
「うっわー痛そー…」とその姿に苦笑いしながら、士郎の使っていたであろう竹刀をヒョイッと拾い上げる。
「これ、セイバーちゃんがやったの?」
「はい。士郎が全力で来て良いと言いましたので…」
何処か申し訳無さそうに話す彼女に「なるほど、そう士郎に言われてセイバーちゃんも本気でやったんだね、なら士郎が悪い」と笑った私にセイバーちゃんは「え、私が悪いのでは無いんですか…?」とまるで此処は己が怒られる場面なのではと言う表情で疑問符を浮かべていた。
いやいや、そもそも私に貴女を怒る権利は無いし…
それに、何故彼女は士郎が伸びるまでやってしまったのか、それは彼女の生真面目さ故だろう。真摯に士郎と向き合ってくれているからこそ、彼女も彼女なりに全力で応え、士郎の相手をしていたのだろう。
そう考えたら、士郎はとても良い子をステイホームさせているみたいで、羨ましくなった。
私も金髪蒼眼、日本語堪能、冷静沈着、礼節謙虚な美少女と一緒に暮らしたい!!
「良いの良いの、士郎が自分で全力で良いって言ったんだったら、こうなる事も予想していただろうし…」
拾い上げた竹刀を品定めする様に下から左右から見たりして、しなり具合や弦の張り具合、先革、中結い、柄皮の具合を簡単に確認する。
うん、流石士郎、ちゃんと手入れが行き届いてる。
「それに、それだけセイバーちゃんも士郎に対して本気で向き合ってあげてたんでしょ?」
「なら、問題無ーし!」とセイバーちゃんに勢い良く親指立てながら笑い掛けると、「そ、そうですか…」と何処か恥ずかしそうに顔を逸らされた。
照れた顔も可愛いなーと思いながら、拾い上げた竹刀を握り直し、久し振りに構えの型を取ってみる。
えーっと、最期に教えてもらったのは切嗣さんがまだ生きていた頃だから…もう何年も前か。
「うわー懐かしいなー」と呟き、数回素振りをすると、それを見ていたセイバーちゃんが「名前も剣の覚えがあるのですか?」と不思議そうに聞かれた。
「え?あ、うん、一応ね!子供の頃に士郎と一緒に教えてもらってたんだ!」
「そう、ですか…、でしたら手合わせお願いしても宜しいでしょうか?」
「え、手合わせって…ええっ!?い、いや、私、全然めちゃくちゃ初心者だよ?!教えてもらったって言ってもひと昔前の話だし、作法とか覚えてるのが奇跡なくらいで…っ!!」
「いえ、それでも貴女の姿を見ていたら手合わせをしたくなりましたので、どうか、宜しくお願いします。」
そう言うや否や深々と頭を下げられ、慌てて止める。
「わーあーあー?!そんな事に頭下げないでェ!!わ、私なんかで良ければいくらでも手合わせするから、早く顔を上げてっ!!」
「本当ですか!!」とキラキラと眩しいくらいの笑顔をくれるセイバーちゃん、ん?もしかして嵌められた?とも一瞬思ったが、彼女がそんな卑怯な手を使う子では無いのは百も承知の為、本当に純粋に手合わせがしたかったんだなと思った。
いや、だからと言って私が劣勢なのには変わりないのだが…
彼女は初心者をいびるのが好き、なんて言う素敵な性格では無いので、何故私なんかと手合わせをしたがるのかが分からない。彼女ならば逆に自分よりも強い相手との試合を望む筈だ。
何で…??と思いながら頭を捻っていると、セイバーちゃんが「名前!」と私の名を呼んだ。
「んー?」と言いながら彼女の方を向けば、
「ちゃんと手加減はしますし、ハンデも付けますので安心して下さい!」
めちゃくちゃ良い笑顔で言われた。しかも見るからにやる気満々に素振りまでしてるよこの子。
それに対して「あ、はは、ありがと…」と苦笑いを返すと、彼女は不意に穏やかな表情で微笑んだ。
まるで遠い昔を、何かを思い出し懐かしんでいるかの様な、そんな何処か寂し気な表情で…
「ありがとう御座います名前、貴女に無理を言っているのは承知しているのですが、どうしても、貴女を太刀筋を見ていたら堪らなくなってしまったのです…」
「太刀筋、を…??」
「ええ、貴女の太刀筋はとても真っ直ぐで、純粋で、綺麗…でしたので…、太刀筋にはその人間の様々な内面が現れます。良い加減な人間には良い加減な太刀筋が、臆病な人間には臆病な太刀筋が、卑怯者にはその様に、そして真っ直ぐな人間には真っ直ぐな太刀筋が…
まあ、全てが全て太刀筋で分かるとは言いません。その人間の経験やその場の精神状況や心情も反映されると思いますし…」
「うん…」
「でも、貴女の今の何気なく振った太刀筋は、とても真っ直ぐだった。淀み無く、曇り無く、とても綺麗だった。だからーーー、」
そう話す彼女こそ、真っ直ぐ、真摯にまるで射抜かれる様な強い瞳で私を見詰めてくる。
「ーーーだから、無理を言ってでも、私は貴女と試合がしたかった。」
いつもの着飾った丁寧な口調では無く、本音を剥き出しにした喋り方だからこそ、この言葉は彼女の本心なんだと思った。
そこまで彼女に言ってもらえたら、私だっていつまでもグズグズウジウジしている訳にはいかない。
「よーし、良いよ!やろう!!」
彼女の前に立ち、竹刀を構える。
正直最初は作法とか形とか勝ち負けとか色々と無駄に気にしてたし、私なんかの腕前でセイバーちゃんを満足させられるか心配してたけど、今となってなんだか吹っ切れた気分だ。寧ろそんな事気にしなくて良いって彼女に言って貰えた気がする。
今は精一杯彼女に向き合って、
“今の私”を知ってもらおう。
無作法でも、無礼でも、下手くそでも何でも良い。
“今の私”が一番大切なんだ。
「はい!よろしくお願いします!」
セイバーちゃんがそう笑顔で元気良く言うと構えをとる。
次に遅い来る衝撃や痛みを想像すると足が竦みそうになるが、“今の私”にはそんな事考える余裕なんて無かったのだった。
結果は見えてる。やっても無駄。
だから何?
“今の私”は精一杯やったんだ。
結果よりも過程の方が大事だ。
どう動いたか、どうするか、どう考えたか、
そちらの方が今の私には貴重な経験へと成る。
そうやってひとつひとつの積み重ねが、経験が、
明日を生き抜く力と成る。
藤姉に頼んで、また剣道始めようかな?そう思えるくらいには、今日のセイバーちゃんとの一時は、私にとって素敵な経験となったのだった。
*****
セイバーが手合わせをお願いしたのは彼女の述べた理由も有るのですが、何処か幼い頃の、まだ剣を手に取って直ぐの未熟な己に重ねたのかもしれません。
そんな感じで書かせて頂きました。
名無し様、完成までに時間が掛かってしまい申し訳御座いませんでした。
気に入って頂けましたら幸いです。
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