例え貴方がどんな姿になろうとも
キャスニキ夢、かげつむ様リク
【何故か槍から術にクラス変更してしまった彼】の話。
私の大切な人が変わってしまった。
見た目も、年齢も、クラスも、
私はそんな彼も相変わらず好きなのに、彼は何処か余所余所しくなってしまって、二人の間に心の距離が出来た気がした。今まで普通に過ごしていた筈なのに何処か違和感を覚える日々。
そんなある日、街を歩いていたら、見てしまったのだ。
彼が女性と歩いているのを、それも一度や二度じゃ無い。何度も、何度も、彼は女性と歩いていた。
知らない女性ならばまだ、見ないフリも出来たのかもしれない。でも、彼と会っていたのは私の良く知る女性達ばかりでーーー
「…………。」
私はその足でとある人物の元へと向かった。
そして…
「ーーーーな訳なんだけど、どう思う!!」
バアンッと勢い良く叩かれた机、掌に鈍い痛みを感じながら、会って早々、彼の顔を見るなり、私は先程この目で見た光景を全て話した。
ついでに今まで見聞きした事、自分が感じた事も彼に余す事無く全て話した。
一通り黙って私の話を聞いていた彼は、困った様な呆れた様なそれでいて何処か無表情に顔を顰めながら「…と、言われても、ね。」と肩を竦めた。
「私、何か彼の気に入らない事しちゃったかな!!?」
「……夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、君達のは夫婦喧嘩以前の問題だな」
「なるほど、ケルトの猛犬だけに犬も食わないか!!上手い座布団一枚!でもランサーが聞いたら泣くぞ!!!」
「泣きはしないが怒りはするだろうな…、それに今はキャスターだろう?」
「って、アーチャーさん、アーチャーさん話がズレてますよ?」
「では、悪いが面倒事に巻き込まれるのはごめんなので、ここら辺で退場願おうか?」
「またまた、私とアーチャーさんの中じゃ無いですか〜ちょっとくらい相談に乗ってくれても良いじゃ無いですかぁ〜」
「君達の場合“ちょっとくらいの相談”が“(私に対しての一方的な)面倒事”に繋がるのが分からないのかね?」
ニッコリと怒った様な引き攣った笑みを浮かべながら腕組みをする187pは、かなり凄味が有る。だが、
「分かってますけど、こーゆー事アーチャーさんにしか頼めないんですよぉ!!だから、そこを何とかお願いしますぅ!!!」
常々自分は狡い人間だと思う。だって、私は彼が何だかんだ言いながらも人の頼み事には弱い事を知っている。だから私はここまで無遠慮に彼に相談(厄介事)を持ち込む事が出来るのだ。
パァンッと小気味良い音を響かせながら両手を合わせ、頭の上まで持ち上げた。
「〜〜〜〜っ君って奴は〜〜っ」
彼が何か(主に厭味な方面で)言いたいだろう事は重々承知して、「よろしくお願いします!」なんて全力の笑顔で駄目押ししたら渋々と言った様子で承諾してくれた。大きな溜め息もオマケで。
*例え貴方がどんな姿になろうとも…*
そして今に至る。
「まあ、色々相談したい事もあるんですけど、取り敢えず今は私の料理のレパートリーを増やしたいと思うので、料理を教えて下さい!」と料理を教えてもらう約束をし、遠坂家から家に来る間に「何作ろうか?」なんて話しながら無難に決めた献立の材料を買いに行って来た。
机の上に先程買ってきた材料を並べて、漸く準備が整った訳だ。
「では君は、今買ってきた其れ等を洗って、切ってもらえるか?」
「はーい」
言われた通り野菜を洗って、皮を剥きザクザクと切っていく
「…どうしたんですかアーチャーさん?」
どうにも彼の視線が気になって声を掛けると、「ふむ…」と顎に手を当てながら「君にしては手際が良いなと思って…」なんて失礼な事を言われた。
「馬鹿にしないで下さい!何年一人暮らしやってると思ってるんですか!!」
「いや、馬鹿にしたつもりは無いのだが、以外だと思っただけさ」
「そーゆーの馬鹿にしてるって言うんですよ!」
「だから謝っているだろう?」なんてたわいの無い話をしながら、人参を切ったり、ジャガイモの芽を取ったり皮を剥いたりしていく。
嗚呼、ランサーの頃の彼とも偶にこうして一緒に料理をしたなと思った所で、一瞬手が止まる。
ずっと考えない様にして来たのに、今の彼-キャスター-の事で無く前の彼-ランサー-の事を考えてしまうなんて、況してや懐かしんでしまうなんて……なんだか、彼-クー・フーリン-に対して浮気でもしてしまったかの様に罪悪感が込み上げてくる。
「ーーー。」
「名前?」
アーチャーに心配そうに名前を呼ばれて我に帰る。
「あ、ごめんなさい!ちょっと考え事してて…」
あははと笑いながら作業の手を再開すれば、彼から「考え事をするのは構わんが、怪我だけはしないでくれよ?」と皮肉じみた事を言われた。
それに対して「分かってますよーだ!」と返したのだが、私は内心笑顔でなんて居られなかった。
不安が無いと言ったら嘘になる。
もしかしたら彼はランサーのクラスからキャスターのクラスに変わって年齢も変わって、何か心変わりをしてしまったのでは無いかと、私の事が嫌いになったのでは無いかと…
もしもあの時、彼の違和感に気付いた時に、私にほんの少しの勇気さえあれば、彼に理由を聞けたのでは無いかと、思わずには居られないーーー
「ーーーいっ!?」
しまった!と思った時にはスッパリと指先が切れていた。切れた指先がズキズキと痛みながら、じんわりと血が溢れ、指先を伝い落ちて行く。
「ーーーー」
「名前っ!?大丈夫か?!だから言ったのに…っああ、血が出ているじゃないか、見せてみろ……名前?」
「…え?あ、うん」
アーチャーに手首を掴まれて意識が引き戻される。
「…ハァ、心ここに在らずと言った所かね?君から教えてくれと言ってきたのだ、しっかり覚えて貰わなくては困るのだが?」
「はーい、ごめんなさい…」
溢れた血を水で洗い落として貰いながら、「…奴の事か?」と目線は合わせずに聞かれた。きっと彼は私が不真面目だと呆れてしまったのだろう。
「…ごめんなさい、本当にそんなつもりじゃ無かったの。真面目に教えてもらうつもりだったのに、気が付いたら彼の事を考えていて、上の空で、私…っ」
目頭が熱くなる。彼を困らせたく無くて必死に堪えるけど、私の思いとは正反対にどんどん涙は溢れて視界が歪む。
嗚呼、嫌だ。彼に泣き顔を見られたく無い。
「泣くな名前、あんな輩の為に君が泣いてやる必要なんて無いんだ。」
「ア…ッチャー…っ」
そっと彼が私の肩を抱き、自分の方へと引き寄せてくれた。私はつい、それに甘えて彼へと頭を預けーーー次の瞬間、
「ーーーおい、テメェ誰の許可を得て其奴に触れてやがる」
地を這う様な怒りを露わにした声音が響いて、ハッとしてそちらに顔を向けるとーーー、いつの間にか彼が立っていた。
「ラ…ッ、キャスターッ!」
バッと勢い良くアーチャーから離れ、彼の元へと近付く
内心心臓はバクバクだし、先程の涙と彼に恥ずかしい所を見られた焦りと、彼に勘違いされて無いかの心配で自分が上手く笑えているか正直な所自信が無かった。
「おかえりなさい、今日はいつもより早いのね」
「…ああ」
「ごめんなさい、まだご飯出来てないの。だからもう少し待っててーーー」
ーーーあれ、何か変だ。
いつもなら何があっても優しい笑顔で「ただいま」って一言は返してくれるのに、今日はなんだか言葉が少ない。
「キャスター、どうしたの?何か、変よ…?」
「…変?」
「うん、なんて言うか…」
私が言葉を紡ぐ度に彼の顔が曇っていく。
ただ私は貴方を心配しているだけなのに…
「ねぇ、大丈夫?もしかして体調でも悪いんじゃーー」
私が彼の腕に触れ様と手を近付けた瞬間、バッと勢い良く振り払われた。
「え、キャス…」
「ーーっああ、そりゃあ変にもなるだろうよっ!」
「……っキャ、キャスターッ?!」
「こっちの気も知らねぇで…っテメェは他の男と宜しくやってんじゃねぇか…っ!!」
「……っ!?」
彼にそう思われてしまった事が腹立たしくて、悔しくて、悲しくて、怒鳴り散らして無様に大泣きしながらでも何か言い返したいのに、情けない事になんて言い返せばいいのか、なんて彼に声を掛ければ良いのか、分からなくて、私は、私はーーー
「ーーーっ馬鹿っ!!」
走り出していた。何処に向かうでもなく、ただただこの場に、彼の目の前に居たくなくて、無我夢中で走って、家を飛び出していた。
「ーーー名前っ!!おいっ貴様、彼女に対してなんて事を…っ!!」
「そんなに心配ならテメェがアイツを追えば良いだろうが…っ!!」
「貴様、自分が彼女に何を言ったか分かっていーーー」
アーチャーがキャスターの顔を見て言葉を止める。
そしてひとつ溜め息を吐くと、先程までの激情を抑え「…キャスター」と冷静に返した。
「貴様が何を思い、何を考えているのか私には何一つ理解出来んが、ひとつだけ忠告をしてやろう。」
「………」
「彼女が君以外に好意を寄せる事が無いことくらい知っているだろう?」
「……っ」
「貴様、知的になったのでは無かったのかね?」
「……うるせぇ…っ」
嗚呼、嫌でも分かってるよ、んな事。
あいつが俺の事を好きな事も、俺があいつに惚れてる事だって重々承知してる。だがな、俺にだって色々と思う所がーーー
「そんな顔するくらいなら後悔の無い様、しっかりと彼女の手を掴んでおく事だな…」
キャスターの肩を押し玄関へと押し遣ると、彼女の後を追えと明確に口に出さずとも、行動で絆すアーチャー
「…ああ、それと、彼女には『料理のレパートリーを増やしたいから料理を教えて欲しい』と頼まれただけだ君の言ういやらしい事など、私は一切していないからな。」
それに舌打ちをして、肩口に充てがわれた奴の手を払い除けた。
「テメェに言われなくても、んな事充分、分かってんだよ!!」
そう大声で叫びながら、ガンッと苛立ちを隠そうとせず乱暴に玄関の扉を開け、全力で走って彼女の後を追いかけた。
彼奴の言葉『そんな顔するくらいなら後悔の無い様、しっかりと彼女の手を掴んでおく事だな…』には、まるで『でなければ、私が彼女を攫う』とでも言いたげな雰囲気が、更に俺の苛立ちを募らせた。
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勢い良く飛び出した、までは良かったのだが…
「……携帯も財布も何も持って来ずに飛び出したのは不味った、かな…?」
あはは、と笑ってみるが口から出るのは渇いた笑いのみだった。
とは言え、あの勢いで飛び出した手前、このままノコノコ家に帰るのはなんかアレだし、取り敢えず今日は何処かで野宿かな?なんて思いながらトボトボと行くあてもなく歩く。
確かに今夜の事も考えなきゃいけないのだが、先程からずっと私の頭の中を占めるのは最期に彼に言われた言葉だった。
『こっちの気も知らねぇで…っテメェは他の男と宜しくやってんじゃねぇか…っ!!』
それがずっと頭の中で再生され続ける。
それ以外の事が上手く考えられなくて、胸が苦しくて、気を抜けば涙腺が緩んで涙が溢れそうなのを我慢するので精一杯だった。
私は何か間違った事を彼に言ってしまったのだろうか?私は何か彼を傷付けてしまったのだろうか?
グルグルと答えの出無い自問自答が永遠と繰り返される。
私はどうすれば良かったのか、何と返せば良かったのか、あの時こうしていたら、あの時ちゃんと私達が話し合っていたらこうはならなかったのでは無いか、答えが出ないと知りながら何度も何度も同じ質問を自分の中で繰り返し続ける。
少なからず私は彼に対して罪悪感を抱いた。彼にそう思わせてしまったのは私の振る舞いの責任では無いか、と。
終わらない後悔を自分の中で抱え込む
「ハァー…あ、…」
歩き疲れ、フと顔を上げると目の前に公園があって、私は何と無く其処へと足を向けた。
ただ座って落ち着きたかったのだ。
そして公園のベンチに腰を据えて、またゆっくりと自問自答を繰り返す。
なんで彼は私にあんな事を言ったのだろうか?
最初に浮気をしたのは彼の方なのに、なんで、まるで自分が浮気をされたかの様な事を言ったのだろう?
「ハァ…」
何度目かのため息が溢れた。
問答の答えはーーー出てくる訳が無い。
同じ問い掛けを何度も繰り返している。
問題の数だけ答えが出なくて、モヤモヤした気持ちを抱えたままベンチの上で膝を抱えた。膝と膝の間に額を押し付けて、考える。
どうしてあの時、私は言い返せなかったのだろう。
後悔、していたから?もしもあの時、最初に彼のクラスが変わった時、彼に何か言えたら今の関係が少しは違ってたなんて考えていたから?
それともアーチャーに涙を見られたから?
それとも彼に、アーチャーに甘えていた所を見られたからだろうか?
ーーーだったら私は結局あの時“誰”に対して罪悪感を感じいたのだろうか?“ランサー”に対して?それとも“キャスター”に対して?
「あーーーー」
そこで漸く私は気付いた。
否、どうしてもっと早く気付かなかったんだろう…
ランサーだからとか、キャスターだからとか、年齢とか見た目とか、そんな事関係無いじゃない。
だって、私の側で、隣でずっと支えてくれたのは、笑っていてくれたのはーーー
「クー…」
“彼”自身なんだ。
どんな霊基でも関係無い。
“クー・フーリン”と言う存在が、彼自身が、私は、
「クー・フーリン…ッ」
ーーーー好きなのだ。
どうしてこんな単純な事気が付かなかったのだろう。どうしてこんな簡単な問題の答えが出なかったのだろう。
抱えた膝の間から声を絞り出す様に名前を呼んだ。
返事なんて来るはずないと思っていた。だがーーー
「ーーー呼んだかい、名前?」
「ーーーっクーッ?!!」
聞こえた。
彼の声が聞こえたのだ。
「探したぜ、名前…っ」
顔を上げると其処には彼が立っていた。
必死に私の後を追って来てくれたのだろう。探してくれたのだろう。肩で大きく息をしながら、頬を上気させながら、額に薄っすらと汗を滲ませた彼が其処に立っていた。
そしてその姿を見た瞬間、私の涙腺が崩壊した。
「クーッご、っごめ、ごめんなさ…いっわた、っ私!」
「いや、謝るのは俺の方だ…っ」
強く抱き竦められて私の謝罪はくぐもった声になった。寧ろ私の謝罪を遮った節すらある。それだけ彼の力は強かったのだ。
「お前が浮気なんかしねぇっての俺が一番分かってた筈なのに心にもねぇ事言ってお前を傷付けちまった。」
痛いくらいに抱き締められて、胸が苦しくなった。
「ガキみてぇに不安になって、焦って、苛立って、嫉妬して、酷い事…っ言っちまった。悪りぃーーーっ謝って済む話じゃねぇけど、俺が悪かった!」
嗚呼、貴方も同じ事を考えていてくれたの?
私と同じ様に、不安になって、嫉妬して、泣きたいくらい好きで居てくれたの?
「……また、俺のとこに来てくれるか…?」
なんだか貴方が泣いている様に聞こえて、思えてしまって、私は強く強く抱き締め返した。
「うん、うん…っ帰ろう私達の家に…っ!」
貴方の肩口に顔を埋めて、くぐもった声になりながら、私はそう答えた。
ポロポロと零れ落ちる涙が、まるで私の心の様に貴方の服に染み込んでいく
例え貴方がどんな姿になろうとも、
私は貴方自身を愛し続けます。
家への帰り道二人で手を繋ぎながら、クーに何故、凛や桜、セイバーにライダー達とデートをしていたのかと聞く。
すると彼はバツが悪そうな顔をして、「あ″ー」「いやー」「う″ーん」等と唸りながらゴソゴソと懐を漁り出した。私は訳が分からず彼を凝視する。
そして、
繋いでいた手を離して、彼が一歩私の前に出た。
「本当はよ、もっと早く言うつもりだったんだが…」
「うん?」
「俺は英霊、サーヴァントだ。聖杯の力が無きゃ現界し続けられない曖昧な存在だ。それに、歳だってくわねぇし、魔力さえあればほぼ生きていける。」
「うん」
「それでもな、そんな野郎でも、守りてぇって、一生側に居てやりてぇって思える相手が出来ちまったんだよ。」
「…う、ん」
「ーーーだから、こんな俺だが、結婚して下さい。
幸せになんて出来ねぇかもしれねぇけど、俺はお前とこれからを一緒に生きて行きたい。」
「……ッ」
「国籍だってねぇから、安定した職に就ける保証もねぇし、お前にはこれからも苦労ばかり掛けるかもな…それでも、お前は、俺とーーー」
「クー…ッ」
「ーーーー生きてくれますか?」
目の前に差し出されたのは綺麗な箱に納められた婚約指輪だった。
彼の言葉の意味を理解して、私はまた涙が溢れてきた。私の答えなんてひとつしか無い。
「ーーーーはい!こんな私でよければ!しわくちゃのお婆ちゃんになっても一生側に居て下さい!!」
例え将来どんな姿になろうとも、
俺はお前を一生愛し続けると誓う。
彼が女の子達と会っていたのは、自身の事についての相談とか、名前の好きそうな指輪を見繕ってもらうとか、渡す時のサプライズはどうするとか、そーゆー事を相談する為に会っていたのでした。
でも結局はそれで彼女を不安にさせてちゃったんですけど、まあそれはそれですよ。
ご拝読ありがとう御座いました。
かげつむ様には完成までに期間が空き、長い間お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした。
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