誓いを此処に
小次郎夢、雁夜生存、マスター設定。
私の幼い記憶の父は、
「ーーーーごめん…っ」
ずっと泣いていた。
「本当に、ごめんねっ…っ」
燃え盛る業火を見詰めながら、
「助け…っられなかった…っ」
私を抱き締めながら、
「ーーーさくらちゃ…葵さ…ん…っ」
救いたいと願い、
救えなかった人の名を呼びながら、
「ごめん…本当に、ごめん…っ」
ずっとずっと泣いていた。
ねぇ、父さん?父さんは、私をーーー
*誓いを此処に*
「・・・・・。」
目覚めは、最悪、の一言でしか無かった。
起き上がりながら顔を掌で押さえ込み、足だけをベッドから降ろす形で淵に座った。
眠気等は特に無く、頭事態はスッキリしており安眠が取れたと言えるのだが、生憎と夢の内容がいただけなかったらしい……頭痛がする。
「・・・なんで今更あんな夢見るのかなぁ」
夢の内容は10年前に冬木市を襲った災悪の日の事だった。
燃え盛る業火と瓦礫の海を見詰めながら父が幼い私を抱き締め泣く夢、そしてうわ言のようにずっと謝罪を口にする父
あんな姿を見たのは後にも先にもあの時だけ…
あの時は父をとても遠い人の様に感じられて、酷く悲しくなったのを覚えている。
私の知らない父、私の知らない人、何時でも優しく私を抱き締め愛し側に居てくれた父とは違う人の様に感じられた。
確かにあの頃の父は日に日に変わっていって居るのが幼い私にでも明確に分かる程ではあった、見た目しかり、中身しかり……だが、それでも父は私の前では変わらないで居てくれた。
変わらず私を愛してくれている、と…
でも現実は実に残酷で、軽い足取りで歩み寄って来たかと思ったら次の瞬間には奈落の底へと突き落とされている
救いたいと思っても、
助けたいと願っても、祈っても、
それでも、願いや思いだけではどうにもならない事だってある。それを証明してくれたのは他でもない我が父なのだ。
だから私はあの日から、この10年間ずっと毎日欠かさず準備し努力し頑張り続けた。
父さんみたいに【蟲】に頼らず、己の力だけで此処まで身に付けたんだ。
だからーーー
「ーーー戦うって、決めたじゃない…っ」
我知らず震えていた指先に力を込めて握り拳を作った。
何を今更、私は考えているのだろう?
悩む事を止め、父の成し得なかった夢を叶えると誓ったのは私自身の意思に他ならない。
誰に強要された訳でも無い、己で決めた事なのだ。
あの頃は分からなくても今なら分かる父の想い
父さん今度は私が父さんの願い叶えるよーーー
「ーーー酷く思い詰めた顔をして居られるな、主殿?」
突如、部屋に響く男の声
その声に顔を上げるが姿は見えない。
「…うるさい、見てたのならもっと早く声掛けてよ…ーーーと言うより、私は部屋に入って良いって許可した覚えは無いんだけど…、どうして貴方がここに居るの、アサシン!」
「おやおや、コレは手厳しい…たが、しかし私はお父上殿から『会社に遅刻するから名前を起こしてやってくれ』との言伝に従ったまで、責められても困りますがな…」
「〜〜〜〜っ父さんったら…っ」
この声は私があと数日後に控えた聖杯戦争に備えて、数日前に召喚したサーヴァント、アサシン【佐々木 小次郎】の声だった。
最初こそアサシンの言動や格好、気配遮断スキルなど慣れない事が多かったが、数日も一緒に暮らせばそれなりには慣れるものだ。
そして先程、アサシンの口から『父から』との言葉を聞いて、じゃあ仕方ないなとつい許してしまった。
父は10年前のあの日から、いや、正確にはあの時より1年ほど前から、身体の半分が使えず、今では刻一刻と病に蝕まれ日に日に今まで使えていた筈の半分が動かなくなっていっていると言う状況だった。
『10年も保ったのが奇跡』そう医者は言ったが、そんなもん私の努力の賜物に決まっている。
父にだけは死んで欲しくなかった私は、最初の頃必死に治癒の魔術にのみ特化して学んだり、己の魔力値を底上げしたり、手を出してはいけない筈のモノにまで手を出し自分の身体に適応させたりと、血の滲む様な努力をした。
その甲斐あって今では私の魔術回路を父の身体に転写させ、結び付けたモノを父の身体と共鳴させて、私の魔力を常に父に流し込んでいる状態だ。
だから本当は短かった父の寿命が延びた、無理矢理延ばしたのだ。
そりゃ最初の頃は失敗続きだった。
私の魔力が足りなくて、私の治癒が事足りず、何度も父が病院に搬送された事だってある。父に苦しい思いをさせた事だって、数知れない。
その度に私は己の弱さを知り、その度に私は努力した。
父を救う方法は無いか、とーーー
その努力の結果あって、私は父を救う方法を手に入れた。
魔術により血肉を再生させ、魔力により命を繋ぎ止めた。
膨大な魔力量を必要としたが、そんなの関係無い。
己の寿命を縮めてでも私は父を救いたかった。
ーーーだがしかし、今ではそれですらも追い付かない程、父の身体は衰退仕切って居る。
その結果が日に日に動かなくなる父の身体だった。
悔しくて、悔しくて、仕方が無い。
せっかく苦労して、やっとの思いで繋ぎ止めた父の命が、少しずつ削れていっているなんて、失われつつあるなんて…悔しくて、悲しくて、涙が溢れて仕方が無い。
ーーーだから私は、
たった一縷の希望に縋って、聖杯を求めた
ほんの少しの奇跡で良いから、父を救って欲しいと願いながら、私は同時に“叶わなかった父の願い”を私が父の代わりに聖杯に願うと誓ってしまったのだ。
本当皮肉、酷い話だ。
蓋を開けてみれば、己の願いと父の願いは程遠く、そして、違っていた。
父の願いは
【前回救えなかった間桐 桜ちゃんを救う事】
私の願いは
【たったひとりの肉親である間桐 雁夜を救う事】だ。
【救う】という概念では似ていても、その主体となる人物が違うのならば、決してその【願い】は両立しない
本当に、酷い話ーーーもし仮に私が聖杯を手にしたとしても、どちらの願いを口にするかは、結局のところまだ結論は出ていない。
だから私は、このいつ始まり、いつ終わるかは定かで無い聖杯戦争期間中にこの問題の結論を出さなければならない。
それが早くなのか遅くなのかは不明であるが、遅かれ早かれ決めなければ成らない事なのは明白だった。
突如、眉間へと衝撃を感じ、後ろへと倒れ込みそうになる。
「ーーーな…っ!!?」
思わぬ攻撃になす術なくギュッと目を瞑り次に来る衝撃に耐えようとしたが、それが来る事はなく、代わりに力強い腕がグッと私を抱き留めた。
そして近くに息遣いといきなり現れた魔力体を感じ、アサシンに抱き止められたのだと確信する。
「〜〜〜っにするの!アサシン?!危ないじゃない!!」
助けられた…のは確かなのだが、こんな状況になったのは、この男の所為なので御礼なんて言ってやらない。
「いや失礼、余りに主殿の眉間が深かった故、和らげてしんぜようと思ってな…」
「…お気遣いどーも!こっちは危うく倒れそうになりましたけどね!!」
「だからこうして、しかと某の手でお助け申し上げ……」
「もう良いっ!離して!!着替えるから離しなさい!!」
ジタバタと暴れるが、「まあ、待たれよ」と笑いながら言い、更に抱き締めてくるこの腐っても英霊…いや失礼、男であるアサシンに敵うわけなく、私はなす術なく諦めた。
嫌だ、嫌だ、不覚にもこんな奴に顔が熱くなるなんて…っ
「おや?どうなされた主殿、顔が赤い様だが…?」
しかも指摘されるなんて!!!
「う、うるさい!!!」
「はっはっはっーーー」
ああ、もう、どうにでもなれ…
諦めと嫌がらせ意を表す為に、グッタリとダラーンとアサシンに抱き留められている腕へと全体重を掛けて凭れ掛かってやった。
それでも少しもビクともしず、しっかりとした力で私を支えている所を見ると、やっぱりどんなに顔が綺麗に整ってても、こいつは男なんだな…と嫌でも感じさせられた。
「・・・なあ、主殿」
「な、何より改まっちゃって…」
さっきまで馬鹿みたいに大笑いしていたかと思ったらいきなりその雰囲気を変え、真摯な瞳で私を見詰めて来た。
余りの変わり様に動揺する私を余所に彼は平然と続ける。
「余り、無茶をしてくれるな」
その言葉に私は言葉を失った。
「主殿が倒れてしまっては元も子もないでは無いか…」
多分彼は、私が父の為に働いている事を言いたいのだろう…
分かってる、そんなの他の誰でもない、私が一番分かってる。
どれだけ無茶をし、どれだけ自分に不相応な負荷が掛かってるかなんて、自分が一番……
「もう少し己の身体を…」
それでも、私はーーー
「ーーー例えば、」
「?」
ーーーそれでも私は、
この歩みを止める訳にはいかない。
「例えば、目の前に道が2つ存在するとする。ひとつは緩やかだけど目的地からかなり遠回りになってしまう道、もう1つは険しいけれどその分目的地には近い道筋、アサシンならばどっちを選ぶ…?」
「それは……」
「私なら断然険しい道よ。例え険しくても目的地に急いで早く着く為ならば、手段なんて選んでられない。それが大切な人の為なら尚更…」
「………」
「……私は、そういう人間だから」
そう笑って彼の胸板を押し返せば、先程とは違い、すんなり彼は身を引いてくれた。
彼に背を向け、暴れた所為で乱れた身なりを整える。嗚呼、もう少しで確実に遅刻の時間だ…
「しかしだな、主殿…」
何か言いたそうな様子を見せ、私の肩を掴むアサシン、私はその思いを痛いくらい感じながら、心で拒絶する。
悪いがコレは私のひとりの問題だ。
私が自分の手で解決するしか道は無いのだから、彼に甘える訳にはいかない。
「……ありがとう、アサシン。でもコレは私ひとりの問題だから、だから、ごめん…貴方には、頼れない。」
「……主殿…」
肩に乗せられた彼の手を払い除けると、彼の掌は最も簡単に退いてくれた。
ーーーー寂しい、とは思わない。
この決断は自分で決め、己で選んだのだから、寂しい等と口が裂けても言えないだろう。
でも、其れでもーーー
「ーーーそうか、では、主殿がそう言われるのなら、この佐々木 小次郎、全力を持って付き従おう」
それでもこんな事を言ってくれるこいつに、私はどんな顔をしたら良いのだろう…
「ーーーーっば…っかじゃないの!私は、貴方の手は借りないって言ったのよ!!」
嗚呼、どうして…
「応さ、聞いていたとも」
「だったら黙って身を引き、大人しくしていなさいよ!」
「ーーーー然り」
「…っ!!?」
どうして貴方は…
「其れが主殿の命であるのならば、大人しく身を引こう。だか、真に主殿は其れを望んで居られるのか…?」
「……っ」
どうして貴方は…、そんなにも、真っ直ぐに私を見詰める事が出来るの…?
「主殿」
「……っ…」
「主殿、もう、独りで強がる必要は無いのではないか…?」
どうして貴方は、こんなにも、眩しいのーーー
触れられた掌に目眩がした。
きっと貴方は見抜いてる。
私が、強がりで、見栄っ張りで、臆病で、天邪鬼で、上手く人に甘えられない寂しい人間だって……気付いてる。
其れなのに貴方が私に優しくしてくれるものだから、つい、私はーーー
ーーーー泣きそうになった。
「……っわ、私は…っ」
「ん?」
「私はーーーっ」
きっとこの先も我が儘を言って貴方を困らせるかもしれない
きっとこの先も下手に強がってヘマをするかもしれない
きっとこの先も感情に任せて貴方に当たり散らすかもしれない
それでも、
ーーーそれでも、私のサーヴァントで居てくれますか…?
震えた声音は貴方に届いただろうか?
弱々しい声で、精一杯に虚勢を張って、貴方に伝えたこの想いは貴方に届いただろうか?
ずっと不安で不安で、堪らなくて、嗚咽を噛み殺しながら、ひとり暗闇の中で震え続けた私は、もう、“独り”で居続けなくて良いのだろうか?
色んな想いが交錯する中で、それでも、確かに貴方は私の手を強く強く握り締めてくれたんだーーー
「貴殿の想い、この佐々木 小次郎がしかと聴き受けた。もうご安心召されよ、我がマスター、名前よ…」
力強い声音に、私は心から安堵した。
でも、父とは違う温もりに、彼の優しさに少しだけ戸惑い、そして強く、強く惹かれたのも事実だ。
このサーヴァントとなら、きっと上手くやっていける、かもしれない…。
* 誓いを此処に end *
ーーーねぇ、父さん?
父さんは私を、
私を、愛してくれていますか…?
〜複雑な為、お話の説明〜
このお話は、“今までひとりで頑張り続けた”主人公ちゃんが、父 雁夜さんの願いを叶える為、父を救う為に、聖杯戦争に参加するお話です。
そこで引き当てたのが佐々木 小次郎ことアサシン、彼の性格や想いに触れながら、主人公ちゃんが少しずつ“人に甘える事”を覚えていくと言うのを題材にしました。
アサシンからしたら、きっと魔術師特有の後ろ暗さとかを見つけ険悪したかったのに、彼女はその暗さを持ってる筈なのに、主人公ちゃんの魔術師らしからぬ真っ直ぐな性格や、感情豊かなところでとか、決して器用では無く直ぐ独りで全て溜め込む癖、彼女の人間性を見て、気に入ったんだと思って下さい。
険悪よりも興味が上回ったといった感じでしょうか?
主人公ちゃんの心の動きとか、アサシンの優しさとか、芯の強さとか、そういう事を大事にして書きました。
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