満間の月


【あさきゆめみし】利光 清正 の夢。
かなり複雑な設定な為、The 夢主ちゃん紹介。


女の身で有りながら苗字家当主を務めている。
元は苗字家の分家の血筋だったのだが、本家の子供、従兄弟、血筋の人間の中の誰よりも優れた血と能力、霊力を兼ね備えていた事から、分家から養子として本家へと移された。
生まれ持った呪として、“眼”が良く。
見たく無いモノから、見たいモノまで全てを見通せる千里眼の様なモノ、人を一眼見ただけでその中身(魂や感情等)まで見通す瞳を持っている。
そしてその血には、主人公(伊織 沙耶※名前変更不可)と同じ人身御供の血が流れて降り、主人公程強く濃い血では無いが、遠い昔に祖先が交わっており、主人公とは遠い血縁関係となる。
加えて生まれ付き霊力が高くずば抜けた才能と力を持っていた事から、周囲の人間からは尊敬もされたが、遠回しに忌み嫌われ孤立していた。

名前を産むと同時に母を亡くし、本当の父親をも不慮の事故で亡くした事から、影で使用人や家人から『母親喰い』『御魂喰い』という様な厭みや陰口を言われている。
義父(本家前当主)はその事に対しては黙認。名前の力と能力の其れ等を家の為に利用出来るのならば何でも良しと考えていた。
兄弟は血の繋がら無い、歳の離れた兄が1人居るが仲は余り良くは無い。

名前自身、家の事は好きでは無いが、かと言って自分の居場所等此処以外に何処にも無いと考えているので、仕方が無く苗字家当主の役目をしている。
それに自分の血や能力は他人から恐れられるモノだと理解しており、其れ等の直接的な暴力や迫害から守ってくれるのも、この役目故なのだと言う事も知っている。

苗字家自体が元から紫紋に所属しており、先代から引き継いだ時点で紫紋の人間だった。
基本は神楽鈴を使い御祓や結界、式神遣いといった後衛補助が得意で前線へは出ないタイプなのだが、力の強き妖、一介の退魔師では太刀打ち出来ない様な敵、大規模な怪異が現れた場合のみ前へと出てる。

伊織 愁一郎とは今まで何度か共に仕事をした事が有り、今回伊那砂郷への任は愁、虚空と共に壱人を撃ち、盗まれた物を取り返す為に暁(主座)から命を受けた。

名前は愁の事も虚空の事も気に入っており、紫紋の中、同業者内の中ではかなり心を許せる相手だった。
愁は感情にほぼ裏表が無く(私生活的にはダメ人間でも)仕事は出来るし、愁自身が名前の能力をそんなに気に留めて居なかったからである。
虚空は愁の護法童子で最初こそ名前との距離感を掴むのに戸惑って居たが、今では何かと気に掛けて貰っている。
そもそもこの2人とは人間的にも退魔術的にも相性が良い。

【注意】
▽主人公≠夢主。(主人公の名前はデフォルト)
▽軽率なネタバレ、勝手な自己解釈、自由な捏造等好き勝手に書きます。
▽流血、殺傷、グロテスクな表現等出てきます。
▽私の書きたい所だけを書きたい様に、好きな様に書く為、ブツ切り作品が多いです。
▽キャラ達との甘いイチャラブよりも、“夢主がその世界でキャラ達と楽しく話し絡む”がモットーです。
▽主人公≠夢主なので、その作品の主人公と仲が良い。
 もしくは姉的立場だったりします。

以上の事を踏まえまして、御観覧下さい。
見てしまったからの中傷、批判等は受け付けません。
自己責任でよろしくお願いします。






まるでおママゴトを観ている様だ。

大の大人が他人の顔色を伺いながら言葉を連ね、諂い、思ってもいない事を言う。近付く者は何かを含んでいる者のみ、それ以外の人間は私を遠巻きに見詰めながら嘲り蔑み畏怖し陰口紛いの事を言う。

だから私はこんな所に来たくなかった。

暁(主座)様の命で無ければこんな所に来なかった。
今は何年かに一度開かれる退魔師達の会合に参加している。
目的は紫紋に属する退魔師やそれに与する家々の当主達の情報交換と言う名のコミュニケーションである。だからお偉いさん方の集まる堅苦しい会議の雰囲気では無いのだが、私はこういう大勢の人が集まる場所自体が好きでは無かった。
そして会合の参加自体は任意なのだが、私は過去何回か開かれている会合をすっぽかし続けていた為、今回こそはと主座で有る暁様に捕まり今に至る。
退魔師同士の情報の共有は大切なのは分かっている。コレがひとつの苗字家の領としての私の務めで有る事も重々承知している。だが、やはり私は幾度数を重ねてもこの状況に慣れる事は無いだろう。この奇異と恐怖の綯交ぜになった感情達には。

人は、己と違うモノを畏怖する。
それが己達よりも力持つ者なれば、その想いは余計に強いモノだろう。

故に存在する紫紋と苗字家当主という地位は、私を護りそして同時に繋ぎ、縛り付ける為の礎だ。
日々うんざりさせられる。
自ら欲した地位では無いものを妬み、羨み、欲される感情達に。そこまで欲するならば己らがやれば良い事を、力有り特殊だからと人に押し付けて、後で恨み言を言われるのだ。
煩い雑音も畏怖の感情も尊望の眼差しにも、慣れた。

だが、どうしても、孤独だけには慣れる事が出来ない。

周りに親しい人が居らず、誰にも頼れない。
誰とも話せない。誰とも年相応に振る舞え無い。
そんな孤独が私を包み込む。
幼き頃より苗字家の当主となる事を決められ、この眼と能力の所為で人から遠巻きに見られ、私を産むと同時に母は亡くなり、その矢先実の父も事故で帰らぬ人となった。まだ幼かった私は、本家で有る苗字家に引き取られたが、義父や周りの人間からは愛情らしい愛情を受ける事も無く、育った人生だった。
何処に行けど“私”は“私”でしか無かった。
周りには“私”を知らぬ者等居らず、何処までも感情は視線は人間は、私を独りにした。

「ーーーっ」

嗚呼、駄目だ、やはり人が多い所は気分が悪い。
こんな場所に居るから他人の感情に干渉され、諦めて居た筈の事を柄にも無く悲観的に考えて仕舞う。それに、他人の感情が多く渦巻く場所では直ぐに気分が優れなくなる。
それが人間の負の感情が多い場所ならば尚更だ。

外に出よう。人の居ない所で会合が終わるのをヒッソリと待つとしよう。
そう想い何処か外へ出られる所を探す。

見る限り中庭が一番近くて手っ取り早いだろう。

外へと出ようとする私に未だ声掛けをしようとする人々に「お手洗いに行く」と嘘を付いて出て行く。
暫く中庭の物陰にでも潜んでいるとしよう。

ーーーガサッ

「う…っ」

私が中庭へと出て何処か隠れられそうな物陰を探していると、自分以外の人の気配と、小さな呻き声を聞き思わず駆け寄ってしまった。
弱きを守るは退魔師の務め、近付いた折、己をどの様な目で見られるか等考える暇は無かった。ただ苦しそうな声に助けなければと言う使命感に似た感覚が私を支配した。
そしてーーー

「大、丈夫…ですか…?」

その人物を見付けた。
茂みの中で苦しそうに蹲っている姿を、蒼く長い髪がサラサラと顔を覆い、肩から滑り落ちている。
その間から覗く切れ長の美しい瞳、髪が長く蹲っていた為に男女の区別が付かなかったが、覗いたその顔立ちは美人だが男性のそれだった。
そして一瞬冷たい印象を受けたその顔は青白く苦悶の表情が見え、彼の具合が悪い事を直ぐに私に知らせた。
私が戸惑いがちに声を掛けると、その人は青白い顔で私の事を見上げ「あ、お見苦しい所をすみません…」と胸に手を当てながら力無く笑った。

「誰か、呼んできましょうか?」

私がそう聞くと「少し休んでれば大丈夫なので…」と青白い顔で無理に笑うものだから、私はつい、彼の背に手を添えていた。

「……っ?」

一瞬驚いた表情で私の事を見た彼、私はそれに「大丈夫。落ち着いて、ゆっくり深呼吸をして下さい。」と告げた。
彼はそれにコクリと小さく頷くと、私の言葉通りゆっくりと深呼吸を始めた。私はそれに合わせ彼の背を摩りながら、自分も規則正しく深呼吸をし、自分と彼の中の気脈を織り交ぜながら整えていく。

彼は内に病魔を秘めていた。それを完全に治す事は私には出来無いが、それを和らげる事くらいは出来る。多分、この人は元から身体が余り強く無いのであろう。
暫くして、彼の呼吸が落ち着くのを見計らい、彼から身体を離し立ち上がった私の動きに気付いた彼は「ありがとう、御座いました。」と大きめに息を吐きながら儚げに笑う。

その時、初めてちゃんと彼の顔を見た。

やはり思った通り、目鼻立ちがハッキリとした冷たい印象を受ける美人だが、その顔は男性のものだった。
初めて男性を、美しいと思った。
そして彼も、改めて私の顔を見て、

「あ、ああ、貴女はもしかしてーーー」

彼が私の家名を言い掛け、ドキリッとした。
そして、その名を聞きたくなかった私は咄嗟にその声を遮る様に「ーーでは私はこれで」と声を張り、その場を立ち去ってしまった。
後ろから彼の静止の声が聞こえたが、これ以上彼と関わるつもりの無い私は足を止める事は無かった。彼には悪いとは思ったが、私の名の所為で、彼の優しい微笑みを曇らせたくなかったのだ。





後日。
利光家の次期当主殿が直々に我が家にお越しにならた。
そして開門一番に、

「利光家次期当主、利光 高虎と申します。この度は兄をお救い頂き、誠にありがとう御座いました。」

と深々と頭を下げられた。
そこで私は彼が利光の家の嫡男殿だったのだと知る。風の噂で弟に当主の座を譲った兄がいると聞いていたが、まさかその人だったとは…
そして良く見なくても、まだ年端もいかない幼い少年の姿は、顔立ちは、あの時の青年に良く似ている。

「いいえ、気にしないで下さい。これも退魔師の務めなればこそ…それよりも、あれから兄君は息災ですか?」

「その事、なのですが…」

「?」

伏せ目がちに、何処か遠慮気味に彼が呟く。
余り良く無いのだろうか?私が見た限り彼は身体が強くなさそうではあったが…

「宜しければ、もう一度兄を見てもらえ無いでしょうか?」

震えた声でそう言われた。

「見て頂けた通り、兄は余り身体が強く在りません。だから僕が利光家を受け継ぎます。ですが、僕にとっては大事な兄なのです。」

消え入りそうな声だった。
その姿が余りにも不憫で、どうにか力になってあげたいと庇護欲を唆られて、そして初めて直接その様な言葉で頼られて、私は関わるつもり等無かった筈なのに、ついその言葉に頷いてしまった。

「高虎、と言いましたね?良いですよ。もう一度貴方の兄君とお会い致しましょう。ですが、私はただ“視える”だけ、貴方の兄君の身体までは治せはしないですが、それでも宜しいのですか?」

「はい!それでも、よろしくお願いします!!」

顔を上げて輝かんばかりの笑顔で喜ばれた。
私はその事に気を良くして、見逃してしまっていたのだ。
視えていた筈の、高虎くんの、感情に。






その後、高虎くんの誘いで彼の家に御邪魔させて頂いた。

彼の家は流石、利光家と言うだけあって立派な御屋敷だった。使用人の方もたくさん在り、広い庭園や御屋敷の中は掃除が行き届いていた。
苗字の家でもそれくらいは当たり前なのだが、何より驚いたのは皆、私の姿を見ても何も思わなかった事だ。寧ろ高虎坊ちゃんのお知り合いやお客様といった認識で、深々と頭を下げられた。
皆、私の能力-事-を知らないからそんな態度を取れるのか、もしくは此処、利光家の家柄故なのかは私には分からない。

利光家は代々鬼斬りを生業として降り、
彼等の先祖は本物の鬼女だ。

そしてその鬼としての特殊な力、鬼斬りの力を強めたり、保つ為に、彼等は様々な努力をしてきたのだろう。
苗字の家だって脈々とこの血を力を繋ぎ止める為に、簡単に人には言えない様な事をして来た。退魔と言う特殊な力を廃らせず、保ち、守る為には其れ相応の覚悟と努力と非道さが必要なのだ。
綺麗事では片付けられない、だが、踏み外す訳にはいかない、それが退魔の道だ。


彼に案内され、お兄さんの待つ部屋の前までやって来た。

「兄さん、お客様を連れてきたよ」

襖に手を掛け少し開きながら中へと一言伝え、高虎くんは「では後はよろしくお願いします。」と爽やかに笑うとそのまま何処かへと行ってしまった。
え、一緒に居てくれるんじゃ無いの?と疑問に思いながら、私は彼の部屋へと声を掛けた。

「失礼致します。苗字家から来ました。名前とーーー」

ーーーガララッ

私が名乗りを終える前に、高虎くんが少し開けていった部屋の襖の残りが勢い良く開け放たれ、中からあの日見た青年が姿を現した。
相変わらずの美人顔では有るが、違いがあるとすればあの時よりも格段に顔色が良く、ほんのりと頬に朱が差している。
そしてその表情には驚愕が窺い知れる。

「え、あ…なん、で…っ」

彼は困った様にその整った眉尻を下げながら、私を見た。
嗚呼、そうか。やはり私なんかがこんな所に来るべきでは無かったのだと一瞬で察する。彼の感情を読み取らなくても分かる。困惑と驚愕とを有り有りと感じさせられるその表情を見ただけで分かった。

……何を私は舞い上がっていたのだろう。
こうなる事は分かっていた筈なのに、高虎くんに頼られて、何を喜んでいたのだろう。

一瞬で私の視界が黒く塗り潰される。
知らず浮き足立っていた心が急激に冷え、冷たくなっていくのが分かる。血の気が引く様に手足の感覚が無くなっていく。
私は最後の力を振り絞って、精一杯口元の笑みのみ無くならない様に努め、取り繕う。

「申し訳御座いません。私の様な者が由緒ある利光家に御邪魔してしまい御不快な思いをさせました。」

「え…」

「直ぐに消え失せます。申し訳御座いま、せん…っ」

自分で言葉にしておきながら、心が引き裂かれる思いだった。こんな事慣れている、いつもの事では無いか、だから、泣いたら駄目ーーーっ

「っーーーあの…っ!」

俯き、この場から立ち去ろうとした私の腕を彼が掴んだ。
私はそれに驚き、思わず彼の顔を見上げてしまった。

「ーーーっ」

その色は困惑と驚愕と、喜び…?
一瞬自分の眼を疑いながら、たじろぎ一歩後退する。

「あ、その、こちらこそ失礼な態度を取ってしまい申し訳御座いません。まさか、貴女にもう一度お逢い出来るなんて思っても居らず…っ」

動揺そして、これは照れ…?
今、目の前で己へと向けられている感情に戸惑う。
私はこんな感情を知らない。他人からましてや同じ退魔の者から、この様な感情を注がれた事等、今まで一度たりとも無かった。

「また貴女とお話しが出来る、なんて…」

私は、こんな感情を知らない。
私は、こんな風に見詰められた事など無い。
私、は、こんな…っ

「まるで夢の様です。」

掴まれた腕が離され、代わりに彼に指先を絡め取られる。
穏やかにそして朱を潜めて彼は私に笑い掛けてくれた。

私は、自分のこんな感情を知らない。ドキドキと煩いくらいに胸が高鳴って、触れ合った所から熱が広がり、息が苦しくなるくらい、今この場から逃げ出したくなってしまうくらいの幸福感、まるで自分がただの年相応の普通の女の子になれた様な錯覚を覚える。
そんな事許される筈が無いのに、私は己が死ぬまでこの血とこの忌まわしい眼に己の運命を支配されて生きていかなければならないのに……
彼に穏やかに微笑んでもらい、その瞳に見詰められ、触れ合うだけで、自分の能力等、運命等、使命等、どうでも良くなってしまう。ただ私は、幸せになりたいとーーー

ーーー願ってしまう。

「あの、この様な所で立ち話もなんですから、中へお入り下さい。」

彼に手を引かれ連れられるまま、部屋の中へと案内される。
私にもう一度逢い改めて御礼が言いたかったのだと彼は言った。
どうやらと言うかやはり彼は身体が弱く、あの時出逢ったのが最初で最後の会合の出席で、本来なら弟で利光家の跡取りである高虎くんが参加する予定だった様だが、彼はまだ幼いので兄の清正さんが代理として参加したらしい。
そして、その時助けた私に御礼が言いたい、自力で苗字家に出向きたいと家族と話し合ったのだが、安易に却下され、私が出向くと言う形となったのだと言う。

そう話す彼は誠実で、とても穏やかだった。
退魔の者であるのが嘘の様に、その心根は、私が視てきたどの人物よりも綺麗で真っ直ぐで誠実だった。

だからかもしれない。
初めて他人と長時間過ごす事に苦痛を感じなかったのは。

ただただ共に過ごし話す事が楽しくて、もっと彼を知りたいと、もっと彼の話を聞きたいと思ってしまった。
自分には出過ぎた願いだと知っているのに、私は其れを望まずには居られなかった。



産まれて初めて時間を忘れて話し込んでしまった。

気が付くと障子の小窓から射す日の光は茜色に染まり、遠くで夕刻を告げる鴉が鳴いている。手元の時計へと目をやると、それは夕方の時間帯を告げていた。
私の視線に気付いたのか、清正さんが時計を見て「ああ、もうこんな時間ですね…」と言った。
その声が少しでも寂しそうに名残惜し気に聞こえたのは私の気のせいだろう。

「そうですね、そろそろ御暇させて頂きます。長い事話し込んでしまい申し訳御座いませんでした。」

そう言い、立ち上がろうとした私の手を彼が掴む。
何事かと彼の顔を見た瞬間、視えて、しまった。
彼の感情が、彼の想いが…

「……っ」

「…私の、感情が視えている、のですよね…?」

「…っは、いっ」

「ならば、お分かりの筈です。」

私の力については、彼は既に知っていた。
それは当たり前の事だ。なんて言ったって彼は利光家の人間で退魔の者、退魔師の間で私の力について知らない者の方が少ないくらいだ。
ならば、どうして彼はそんな事を聞いて来たのだろう。
ならばどうして、彼は私に中身を視せて来たのだろう。

「やめ、て…っ下さい…っ」

私は己の顔を覆い、そう答えていた。
私に視せないで下さい。そんな風に私に触れないで下さい。
私に、優しく、しないで…っ
私は怖かった。
人に触れるのが、他人と触れ合うのが、他人に優しくされるのが……一度其れ-優しさ-に触れてしまうと、其れを知らなかった頃の自分に戻れなくなる様な、自分が酷く脆く弱くなってしまう様な不可思議な感覚に陥ってしまったから。
だから、私は恐れた。
彼に嫌われて仕舞うのが、怖くなった。私に初めて優しさを注ぎ込んでくれた貴方を、失うのが、怖かった。

だから、視ない様にした、のに。

「私を視て下さい。名前さん…」

彼の優しさが、私を弱くする。
彼の声音が、私の心を包み込む。
彼の温度が、私の冷たい感情を溶かす。
彼の声に揺り動かされ、顔を覆っていた手を優しく退かされた。そのまま俯きがちだった顔を彼の指先で掬い取られ、上向かされ、目線が合った。

「私の想いが視えますか…?」

至近距離で甘く、優しく、囁かれる。
今の私には小さく頷く事しか出来無い。

「そうですか。ならば私が今、貴女をどう想っているか分かります、よね…?」

その質問に対してもコクリと何も言わず小さく頷いた。
視えた彼の感情-想い-それはーーー

ーーー行かないで、下さい。
まだ帰らないで、欲しい。
私はまだ、貴女と共に在りたい…
私は、貴方の事がーーー

そんな酷く独占的で私欲的で、決して褒められた様な感情達では無かったけど、今の私には嬉しい言葉達だった。
そんな想いを目にしたら私はあの家に帰り難くなってしまう。帰りたく、無いと思ってしまう。
“紫紋に所属する苗字家当主”と言う都合の良いだけの役目を与えられ、使命と血と言う名の楔で繋ぎ止められただけのあの冷たい場所には帰りたく無いと、思ってしまう。
出来る事ならば私もまだ此処に、誠実で心地が良い貴方の元に居たいと、口を突いて出そうになった言葉達を全て飲み込んだ。

そんな事を口にしたら私は一生離れ難く、
そして、帰られ無くなって仕舞う。

だから視たく無かったのだ。私の気持ちが揺らいでしまわない様に。これ以上近付きたく、無かった。

「視え、ます。清正様の想い、が…っ」

「ならば話は早い筈です。私は、貴方がーーー」

「ーーーっ止めて下さい…っ!!」

彼がその言葉を口にする前に、悲鳴に近い声で遮って居た。
私の言葉に驚いた表情の清正さんの顔を一瞬だけ見て胸が痛んだ。そしてその拍子に彼の指先が私の顔から外された事から、私はまた俯き、小さく「止めて下さい…っお願い、しますっ」と改めて口にした。

私は怖い。貴方に嫌われるのが。
私は恐ろしい。貴方に恐れられるのが。
私は、弱い。貴方を失いたく無いと思って仕舞う。

そう正直に言えたならどんなに良かっただろう。
初めて私に優しさを注いでくれた人、初めて“私”を個を見てくれた人、貴方に近付きたいと貴方を知りたいと思うと同時に私は何もかもが怖くなった。
また、独りになるのが、恐ろしくなった。
一度光を宿してしまったこの眼には、もう一度映す闇の暗さが酷く心許無く感じた。

ポタポタと下を向いた私の瞳から溢れ落ちた涙が、畳を濡らし染み込んで行く、私は其れ等をどうする事も出来ずに次々と見送る事しか出来ない。
今の私は、どんな感情をしているのだろうか?

「……すみません名前さん、私は貴女を泣かせたい訳では無かったんです。」

清正様が優しく背中を撫でて下さる。
だが、今の私には己の感情をコントロールする術等無く、ただただ止め処なく流れ落ちる涙を嗚咽を彼の前に晒す事しか出来ない。

「ごめん、なさい…っ私、私は…っ」

「いいえ、私の方こそ不躾で、みっともなく焦ってしまい、貴女の気持ちを考えて居りませんでした。」

違う貴方の所為ではないと無言で首を左右に振る。
彼の手はとても暖かくて優しくて、私を安心させた。この手から離れたく無いと思ってしまった。ずっと側に居たいと、願ってーーーまた、涙を零す。
そんな事叶う筈ないのに。願ってはいけないのに。

「名前さん…」

名前を呼ばれる。それだけで胸が高鳴った。
俯いていた顔を少し上げて彼の顔を伺い見た。
私と目線が合うと彼は穏和に微笑み、言った。

「また、会いに来ては頂けませんか?」

「……え」

「いいえ、今度は私が、貴女の元へと伺います。ですからーーー」

彼が私の手を取り優しく繋ぎながら、私の手の甲へと口付けた。まるで願う様に、祈る様に。

「また、私と会っては頂けないでしょうか…?」

その微笑みは酷く儚げで、私は胸が押し潰される様な気がした。そして、

「は、い…っ必ず…!」

いつしか涙は止まり、握られた彼の手を握り返していた。



それから幾度と無く私は彼との逢瀬を重ねた。
始めこそ恐れ多いと怖がっていた私だったが、彼の優しさと熱意に押され、何度も顔を逢わせて頂く事になった。
その過程で贈り物や御手紙を貰う事だってあった。頂け無いと何度断ってもなんだかんだと最終的には理由を付けて受け取らされ、終いには断る事を止めていた。
彼と出逢って、笑う事が増えた気がする。
虚しいだけの人生だったけど、楽しみが出来た。日々彼と逢い、話し、次の約束をする事を何処か期待している自分が存在する。
そんな日々の中で、私達はお付き合いをさせて頂く事になり、そしてーーー

「名前さん、私と結婚をして頂けませんか?」

「ーーーはい…っ」

幸せ、だった。とても。とても。
ずっと、ずっとこのままで居たいと願った。
貴女の側で、隣で、笑い合いながら、これから優しく暖かい家庭を築き上げていくのだと、信じていた。


ーーーでもきっと、そんなのは、

私なんかには過ぎたる物だったのかもしれない。


幸せは長続きしない。夢はいつか覚めるもの。
それでも欲しいと願ってしまった。
其れが私の罪だと言うのでしょうか…?






「名前様っ?!大変です!!利光の家が…っ、清正様がーーーっ!!!」


そう半ば叫びながら駆け込んで来た者の切羽詰まった声を聞いて、ただ事では無いと瞬時に察した。
駆け込んだ者の表情には困惑と恐怖と、絶望の色が色濃く視える。
私はそれを視た途端、今すぐにでも走り出して、彼の元へと、彼の無事を確かめたいと言う思いが湧き上がったがどうにか其れ等を抑え、駆け込んで来た者の話に必死に耳を傾けた。


利光の家が何者かによって奇襲を受け、家に居た者は全員死亡。蔵より主座様より賜ったある物を盗まれたーーーとの事だった。


血の気が一気に引いていく、上手く息が取り込めずに目眩がする、ドクドクと心臓が煩いくらいに音を立てて耳元で鳴っているのを必死に無視して、私は震えた声で訊ねた。

清正様は、高虎くんはご無事なのか、と…

その言葉に駆け込んで来た者は表情を曇らせると、視線を逸らし俯いた。嫌な予感が胸に広がる。
ひとつ深く息を吸い込むと、今にも泣き出しそうな震えた声で、ゆっくりと告げられた。


ーーー清正、様は…っーーー


その言葉を聞いて目の前が真っ暗になる様な、真っ赤な血の色に染められていく様な感覚に陥った。

「嗚呼、どうして…」

小さくそう呟いて、唇を噛み締める。
手足が震え、感覚が無くなる。
今自分がどうするべきなのか上手く整理出来無い。
ただ呆然と嘘で在れと願うばかりで……

「うっ…っ」

唐突に込み上げて来た嗚咽と嘔吐感に前屈みになり、強い目眩を覚えフラリとバランスを崩すと、周りに居た家人達が慌てて近付き、世話をしてくれた。
憎悪と悲しみ、虚無感と強い怒りを涙と共に、私は文字通り全て吐き出した。未だ姿も真相も見えない犯人に強い恨みを抱きながら、絶対に赦さないと、絶対に殺してやると誓ったのだった。

この時、初めて私は他人を恨み、憎んだ。

容態と自分の精神状況が落ち着くのなんて待っていられずに、話を聞いた数時間後には利光家へと車を走らせていた。聞いた話では高虎くんは幸いにも生きていたと言うから、どうしても彼の無事を確認したかった。

その道中、主座様へと連絡を入れる。紫紋の見解と詳しい状況を聞き、あわよくば犯人像が知りたかったからだ。しかし、その期待も虚しく彼からの返答は「まだ此方も捜査中」「推測の範囲を出ない」等と言った言葉しか返ってこなかった。
私は歯噛みする思いで「何か分かったら、進展が有りましたら連絡をして下さい。」と返し、最後に、

「失せ物の件、苗字の家も全面協力致しますので、捜索の際は必ず“私”をお使い下さい。」

そう言うと渋々と言った雰囲気で「……分かった考えさせてもらう」と言われ電話は切られた。
多分これが犯人を捕まえる一番の近道だと思った。
犯人は何か目的があって利光の家を襲い、盗みを働いた。そして利光の家は代々鬼斬りの家系、そんな特殊な家系の人間がただの盗人にそう易々とやられる訳が無い。

故に、盗んだ者は相当の手練れか、道を外れた退魔師か、或いはとてつも無く力の強い妖と言う事になる。

その孰れかにしろ、ただの人間や警察、並の退魔師では太刀打ち出来無いだろう。
その為の“私”だ。もしくは同等の力を持つ者か、紫紋の中でも随一の腕を誇る伊織 愁一郎か、それくらいのレベルの者で無いとまず同じ土俵に立てない。寧ろ死人が増えるだけだ。
主座様もその辺は御理解していらっしゃるだろうから、きっとこの話の後始末には私が呼ばれる事だろう。その為の布石だ。


そうこうしている間に車が止まる。
手元の携帯から目を離し、窓の外へと視線をやると利光家の門の前で止まっており、私は運転手に一言言うと車を降り、彼の元へと足早に向かった。


其処にはただ呆然と立ち尽くすだけの少年が居て、

私は彼を無我夢中で抱き締めた。


彼は泣いて等居なかった。
だが、その内情は、決して穏やかなモノでは無く、怒りと憎しみと悲しみと虚しさと言い様の無い様々な負の感情が複雑に、綯交ぜになりながら、其処に居た。

「……名前、さん…」

静かに私の名前を呼ぶが、その声音はやはり何処か虚で憤怒の念が籠もっていた。
彼は泣いては居ない、だがそれは決して悲しく無いからでは無い。泣きたいのに涙が出ない、泣けないと言った表現が正しいだろう。現実を受け入れられず、ただ其処に呆然と立ち尽くす彼は正に年相応の少年だった。
私が力の限り抱き締め、涙を流しても、彼は決して涙を見せなかった。
否、見せられなかったのだろう。
愛する人を失った消失は、悲しみは彼の方が大きい筈なのに、彼は寂し気に笑って、葬儀の際も私達の前では涙は見せなかった。いっその事大声を上げて泣き、心の内を、思いの丈を全て叫び打つけてくれた方が良かったと思う程に、その姿は見るに耐えなかった。痛々しいと思ったと同時に今の自分がどれだけ無力なのかを思い知らされた。


彼がいつかこの先、己の涙を、弱さを曝け出し見せられる人と出会える事を血は繋がらないが義姉として祈るばかりだった。





あれからどれだけの月日が流れただろう。
彼の居ない日々は酷く空虚で、まるで世界の半分を失った様で…きっと私は主座様から頂いた命が無ければ、この世を儚んでいた事だろう。

「……愁、虚空、その情報は確かなの…?」

「ええ、間違いありません。」

無言で愁も頷いている。

「そう… 伊那砂郷、奇妙な巡り合わせね…」

独り言ち、空を仰ぎ、星を視る。
これから向かう場所はどうやら紫紋と浅からぬ因縁が存在する場所だ。其処へと“奴”は赴いたらしい。

“奴”とは、利光家の者を皆殺しにし、蔵からある物を盗んだ張本人、外法師“壱人”

漸く見付けた。清正様の仇…
奴は今、どういう訳か清正様の身体を使い、好き勝手している様だ。愁は何度か奴を追う過程で対峙した事が有るらしいが、私は今回、奴の目指す場所が分かった時点で、主座様から命を受け、“壱人を追い盗んだ物を取り返せ”と言われた為、奴の姿は未だ見た事が無い。

奴と会ったら私はどうなるのだろうか…と言う一抹の不安はあるものの、それでも私は奴を追いたかった。清正様の身体を取り返したかった。事件の後、どんなに探しても清正様の身体のみ見当たらず、蔵の中で見知らぬ男の骸が打ち捨てられていた事から、奴の仕業では無いかと言われた。
せめて私はあの方の供養がしたい。
魂の尊厳を守る為、あの優しい人が次の廻りに行ける様に、その身を、その魂を払い清め、弔いたい。
知らぬ男に身体を、自由を奪われたままでは、きっとあの方は、あの方の魂は死んでも死に切れない、報われないと思う。きっとそれだけが残された私達に出来る最大限の弔いたいだろうと、自分に言い聞かせながら今まで生きてきた。それだけが生きる意味でもあった。

高虎くんとはアレから何度か会いに行ったり、出来る限り共に過ごす時間を作っては食事をしたり、会話をする様にしていたが、彼の心境には余り変化は視られなかった様に思う。
聞く所によると学校にも余り通って居ない様で、何より彼は前程笑わなくなった。時折見せる翳りの有る表情が気に掛かる。この一件が片付いたら二人で御墓参りに行こう。


沢山の奪われた物を取り返す為、私達三人は伊那砂郷へと続く、細く険しい山道に足を踏み入れる。
森の中に入り、一歩一歩近付く度に感じる独特の気配と違和感と雰囲気に息が詰まっていくのを感じる。
何か大きな物が待ち構えている様な、深い闇と、赤いーーー血の感覚。呼ばれている気がすると、私の中の血が、何かを告げる様に酷く騒つく。

薄暗い闇が其処に存在する。

“恐ろしいモノが其処に存在する”という気配は確かに感じるのに、虫の音ひとつ、妖の気配ひとつ感じ無いシンと静まりかえった森の静けさが逆に不気味なまでに際立っている。
一体この先に何が待っているというのだろう。得体の知れない、拭い切れぬ一抹の不安を愁も虚空も同じ様に感じている様で、注意深く辺りに気を配り、鋭い視線で周りの闇を探っている。
私達はその後も無言で目的地までの暗闇を突き進んで行き、森と郷との境界線である結界を超えた辺りから更にその気配は強くなりーーー私達はほぼ同時に足を止めた。

「虚空、名前…」

「ええ」

「分かってるわ」

愁が前方の闇を睨みながらこちらを向く事なく、手の内に剣(調べる)を納め臨戦態勢を取る。私と虚空が愁のその行動と同時に身構え応えると、彼はコクリと小さくひとつ頷いて、私達は一斉に走り出した。
走り出したのはほぼ同時だったのに愁と私達の間はどんどんと広がって行く、だが彼は知っていて尚、速度を緩める事無く目前の怪異に向かって最速で突っ走って行く。
私達は体力的、肉体的にも彼の全力には、どう足掻いても追い付かないので彼の後を出来る限り早めに着いて行くつもりだ。まあ、多分きっと私達が現場に着く頃には愁がどうにかして怪異を解決している事だろう。

不意に前方に感じた強い妖気と、其れに対峙しているであろう数人の気配、其れ等を鑑みるにただならぬ状況で有る事は明白だった。
“その場所”に近付く程に、血が、肌が、直感が、何かを訴え掛ける様に騒つく。その場に存在する“怪異”にでは無く、“場所”が悪いと囁く


長い階段を一気に駆け上がり視界が開けた所で、

“その場”に辿り着いた時、理解した。


嗚呼、此処か…と。
目の前では既に愁が怪異を一掃したのか年端も行かぬ少女と何事か会話をして降り、その後ろで白髪の美しい幼い妖の子と、刀を携えた青年が立っていた。



*****
気が向いたら続きます。
 

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