黒と白の混淆‐眠りに誘う腕‐


 




戦火の中、自国の城の中、目の前の男が発した言葉は、いつもとなんら変わらない言葉だった。


「お前を貰いに来た」


傲慢悠々たるその姿が実に酷くめんどくさく、ウザったらしい
だから、私もいつも返す言葉と同じ事を言い返した。


「フッ…その話なら、お断りだな…。
そんな暇があるなら、自国の内政でも正したらどうだ?」

「そんな戯れ言は聞き飽きた。俺が欲しいのは他の、違う答えだ。
俺はお前が欲しい、だから貰いに来た。…それだけだ」


目の前には敵…いつもと変わらないお前がいる。

私の仕えていた国は、目の前のヤツらに滅ぼされた

だから――・・・・・


「…………お前には、無理だよ…」


私は口元に笑みを湛えて、己の剣を鞘から抜いた。

―――私が取る行動は最早ひとつ・・・・



*黒と白の混淆‐眠りに誘う腕‐*



キーーンッ!!

カンッ!カラカラカラ……


「っぁ!?…………ふっ…」


ーーードスッ…!


グチャ…ビチャ……
ツンッと鼻を突く生臭い鉄の嫌な臭いがする。

辺りに漂うは、血の香り…

滲み出た命の薫り…

目線を下に下げれば、赤い紅い…血溜まりも見えた。
そして視線を前に向ければ、至近距離で目の前に対峙するヤツの顔が見えた。

その顔色は青く自分が『今、俺は何をしているのか分からない…』と言った表情をしていた。

嗚呼、なんて滑稽……

貴方のそんな顔が見れただけで、この行為に意味が見出だせた気がした。


そして、罪悪感からか、恐怖からなのか、彼の手が小刻みに震え出した。


その度に―――・・・・


ブシュッ…ビチャビチャビチャ…


私の腹から真っ赤なアカイ血が滴る。

傷付いた内臓から逆流したのか、気付いたら口の端から血が伝い落ちていた。


「ゴホッゴホッ…ゴフッ…ッ!!」

「!?」


喉に詰まった血を吐き出すために咳き込み吐血するとヤツが驚いて持っていた剣から手を放した

馬鹿なヤツ、ここで反撃されるとは思わないのか…

皮肉のために、ここで反撃してやってもよかったのだが、身体が言うことを聴かずそのままズルリ…と傾き、血溜まりがある床へとうつ伏せに倒れてしまった。 


ーーードサッ!


痛みは、無かった。

いや、感じれなかったのかもしれない…。

倒れた衝撃も、腹に開いた風穴にも、痛みはほとんど感じなかった。
多分、出血のし過ぎで痛覚を感じなくなったのか、ただ大きな痛みのせいで感覚が麻痺したのか…


まあ、どちらにしろ自分が手遅れなのは変わらないだろう。

これから私は死ぬのだ…。


己の身体から血が抜ける感覚と、鈍い痛み、この世界への執着、未練を感じながら・・・
己の身体が冷えて、冷たくなるのを感じながら、死ぬのか…

・・・・・・・そんなんもん、詰まらないな…。

自分で見据えてしまった後、残り数分のこの命の行き先を一様に、


『そんな終わり方、至極詰まらない……』


と、思った。
後残り少ない命なら、自身の死に様を嘆くよりも、笑って、この世界を嘲笑って終りたいではないか…


「クッ……」


そんな自分の思考に笑いが溢れた。

なんて馬鹿げているんだ、と…

でも、それが私の本心なんだから仕方ない……


人間誰しも、自分の性格なんてそうそう変えられない。
それが歪めば歪むだけ、難しいのだ…と思う。


目の前の、こんなヤツ‐敵‐を好きになってしまうくらいには、私は、歪んでる。


そんな自分に笑いが漏れた。
すると、突然目眩がする訳ではないのに、視界が揺れた。

フッと見上げると先程まで呆けていたヤツが駆け寄り、私を抱き上げているのが見えた。
そして、理由はもうひとつ……


「何故だ……っ」


私の瞳から涙が溢れていたのだった…


「どう…してっ…」


私の頬をヤツの涙が伝い落ちる。
こいつ泣いてる……のか?どうして??


「何、故…、泣いて、いる…?」


呼吸があまり上手く出来ない。
ヒューヒューと掠れた音が口から漏れる。
腹だけじゃなくて肺もやられたか…?


「どうして泣いてるだと…?そんなもん簡単だろ、貰いに来たと言ったのにお前が…っ…」


ポタポタとヤツの涙が私の頬を濡らし、伝い落ちていく
こいつは、なんて大馬鹿なんだ…。
私なんかの命で涙を流すなんて……


「お前が…っ、こんな事するから…っ」


馬鹿げている…。


「どうしてこんな事になったんだっ!!」


ダンッと私の体を支えていない方の手で拳を作り、床を力一杯殴っていた。
長年こいつと対峙してきたが、こんな姿のヤツを見たのは初めてだった…。


「フッ…亡国の、騎士なんぞ…っ、国が滅びれば末路は…皆、一緒だろ…っ?」

「それでもっ!お前を生き延びさせる事は出来た!!」

「無理な話だな、私、は…あの御人以外に…っ仕えるつもりは、毛頭ない。」

「だとしたら、俺がお前を妻にしてやった!!
 それなら誰も手出しは出来まい!!」

「フッ気付けアホ…。そんな事したら…っお前の立場が危うくなる、だろが…」

「っ!?それでもっ…!!!」


ヤツは長々と何かを言っているらしいが…ダメだ…もう目が霞んで見えなくなってきた……。
もう少しお前の顔を見ていたかったのに…な…


「よく聞けっ!!俺はお前が…っ…!!!!!」

「………っ…ふふっ……」

「っ!?……何を笑っているっ」


この後ただ、朽ち行くだけの私に、あまりにもお前が必死過ぎるから、その姿があまりにも滑稽過ぎるから…

そんなお前が愛し過ぎるから……

つい、私は笑ってしまった。


「ふふっ…お前のそんな顔初めて見たよ…」


だけど、それは言わないでおこう。
思念が残ってしまうから、未練が…残ってしまうから…。


「っ…!」

「悔しい、な…っもっとお前の色んな顔が見てみたかったな……」

「俺の他の顔が見たいなら、見てもいい!!
もっともっとっ、もっとっ俺と一緒にいて一番近くで見ればいい!!だからーーーっ
だから、逝かないで…くれ……っ」


それは叶わぬ無理な願いだと、彼自身も知っていただろうに…言わずには、願わずには要られなかったのだろう……
掻き抱かれる腕のなか、そうフッと思った。

嗚呼、どうして私はこの道を選んでしまったのだろう…?

どうして、私には、この道しか残されていなかったのだろう…。

今更後悔しても遅い事ばかりが頭をよぎっていく。


「私は…っ…、おま、えっの……」


最早呂律が、言葉が上手く出てこない。
それは、私の死期を示している様で、なんだか、……………笑えた。


「お前のっ…そん…な……っ」


後少し、後少しなのに、言葉が上手く出てこない。

物凄く惨めだ、と思った。

『白銀の騎士』なんて呼ばれていた私が、今では敵国の、しかも一番の好敵手『漆黒の騎士』の腕の中にいる。
なんとも笑える状況ではないか……。


「お前の、そんな…真っ直ぐなところが…っ…、好きだった…よ……」


でも…、最期くらい・・・

敵味方関係なく、

好いた男の腕の中で眠るのも良いだろう……。


彼の頬に手を、今の私の持てるだけの力を振り絞って伸ばし、顔を近付け…

ヤツの唇に、口付けを―――した。

顔を離したあと、ヤツは心底驚いた顔をしていた。
死にかけだからと甘く見るなよ?


「ふぅ…思った以上に疲れたな…。私は少し寝る。
 お前の返事は・・・・また今度でいい…。」


返事を聞くのが怖かった私は、そのままヤツに微笑み目を閉じた。
上手く…笑えていた…だろうか……?

私が本当に死の微睡みに落ちる瞬間……


「言い逃げなんてズルいぞ…馬鹿…っ俺だってお前を、愛していた…」


唇に何か暖かくて柔らかい感触を感じた。
そして、


「おやすみ…安らかに眠れ……俺の愛しの白百合…」


チュッと、額にも柔らかい感触を感じて私は、深い眠りに落ちたのだった――・・・。


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