追憶の面影


FGO聖杯夢主、zeroイベ、最終決戦直前
※未プレイの方は本誌ネタバレ注意。
突然始まり、突然終わる。


*追憶の面影*



「マスター!
大聖杯から誰か……人が出て来ます!」

「フォウ!?」


聖杯の泥の中から現れた存在に我々は息を呑んだ。
その姿は、余りにもーーー


「大義であったぞ、マキリ・ゾォルケン。
フフ、しばらく見ぬ間にまた随分と萎びたものよな。」

「おおおお、おおおおおお……ユスティーツァ、天の杯よ……なんと麗しき姿……。」


ーー余りにも、アイリスフィールに酷似していたからだ。
アイリさんが聖杯の器だと言う事は熟知していたが、実際に溢れ出した聖杯の泥までもがその姿形が、彼女自身だとは思わなかったのだ。

臓硯が歓喜に打ち震えた様に大聖杯から現れた存在を凝視する。


「そうか…そうだったのか……
お前の面影を偲ぶためだけに、儂は……。」

「耄碌したな我が仇敵よ。だがもう良い。役目は終わりだ。果たし得なかった理想を夢見ながら逝くがいい。」


ーーーグシャァッ
刹那に起こった事象をその場に存在した誰もが、即座に理解する事は出来なかった。
ゴリゴリ、グシャ、ムシャ…と、目の前の怪物が、人の形をした其れに喰らい付いたのを……


「ゾォルケン!」

「バーサーカーのマスターが……食われた!?」

「足りぬなぁ……まだまだ足りぬ。
たかだか五騎の英霊では、我が器は満たされぬ。」


ペロリッと彼女が唇に付いた血を舐め取りながら、此方を品定めするかの様な視線で、睨め付けてくる。


「ん、主はーーーー」


彼女と目が合った瞬間、ゾッと背筋を何故か悪寒が走った。
彼女はひとつ妖しげに微笑むと私から視線を外し、血溜まりの中、ほんの少しだけ残された肉塊をゴクリッと全て飲み込んだ。

彼女が現れてから知らず知らずの内に、自分が呼吸を押し殺していた事をこの時私は初めて気が付いたのだった。


「私を呼び覚ましておきながらこの程度の供物しかないと?饗応のしたくがまるで成ってないではないか!」

「ユスティーツァ・リズライヒ……いいや違う、この世全ての悪に汚染された聖杯の、成れの果て!」

「おお?我が末裔にあるまじき妄言を。我こそは天の杯。根源に至て全ての悪を根絶する、第三魔法の具現であるぞ。
さあ捧げよ。その命、その魂を!おまえたち全てを糧に、千年の悲願は成就せり!!」

「セイバー、こいつは……!!」

「ああ、この魔力の密度……我々だけでは到底、勝機はない!!」

「そうか……孔明、いやエルメロイU世が倒れてしまったから、戦力が足りないのか……!」

「彼が無事ならばまだ拮抗もできた。だがサーヴァント一騎が欠ければ勝負の趨勢は一気に傾く!」

「とりわけこれほどの強敵ともなれば致命的な戦力差だ。ここは撤退しかない!」

「我々二騎で奴を足止めし、マスター達を避難させる。いいな?ランサー!」

「心得た!」

「そんな、セイバー!あなたたちはどうするの!?」

「マスターさえ安全圏に逃れてくれれば、我々は令呪の強制力で即座に戦線を離脱出来ます。」

「全ては令呪を持つ貴女がたの安否にかかっている!さあ、急いで!」

「盾の英霊、抑止力のアサシン!マスター達の護衛を頼む。」

「ああ、心得た。」

「わ、分かりました!」


皆が撤退の準備を進める中、何故か私一人だけ動けずにいた。否、彼女から目を離せずにいたのだ。
まるで囚われたかの様に、縛られたかの様に、私はその場から動けずにいた。
それに気付いたアイリさんが「見続けてはダメよ!名前!!」と大声で叫んでくれたのだが、既に後の祭りだった。

ーーーニタリと目の前の女-黒い杯-が笑う。

それと同時に私の周りを覆うように黒い影の様なものが現れ、一瞬のうちに私は彼女の黒い世界に捕らわれてしまった。
遠くでグダ男やマシュ、アイリさん、皆の叫び声が聞こえたけれど、今の私にはどうする事も出来なかった。


次に目を覚ますとただただ漆黒の闇が辺りに広がっていた。そして、一瞬のうちに辺りは一変して月明かりに照らされた美しい浜辺へと変貌する。


「ここ、はーーー」


見覚えも心当たりも無い場所。だが、何処か懐かしく、何処か物悲しくも感じる風景の様な気がするのは何故だろう。


「此処は誰ぞの記憶の断片」


頬にふわりと風を感じると、目の前には先程の黒いアイリさんが立っていた。


「記憶の断片…?」

「そう、数多の道筋の中で我に呑まれていった者共の記憶を映し出した固有結界の様なもの。」

「じゃあ貴女の本体もここに?」

「いや、我は彼方に存在しておる。主だけを此方に呼んだのよ。」

「そう、なんだ。」


此方に彼女が来ていたならば、少しは向こうに撤退する猶予を与えられたのに…


「なんで私を此処に呼んだの?」

「お主、その肉体に聖杯を宿しておるな?」

「ーーーっ、やっぱり分かるのね。其れは貴女が聖杯の器だから?」

「ああ、故に手に取る様に分かるぞ。主の中の聖杯がどの様な状態なのかをな」


どの様な状態ーーーその言葉にゾッとした。
いとも簡単に自分の中を見透かされてしまった。そんな感覚と不快感を覚えたからだ。実際に彼女がどれだけ私の“中身”について理解出来ているのかは不明ではあるが、ある程度の状態は分かるのであろう。
そんな中で彼女が一言、笑いながらこう言った。


「ふふ、では取り引きをしようぞ。」

「取り引き…?」


嫌な予感がする。しかも飛び切りのやつだ。


「主は恨んでいるのであろう?あの女の事を」

「私の考えはお見通し、と、でも言いたいのっ?」

「ああ、そうだ。主の中の聖杯を通して我に伝わってくる。貴様の中身が、記憶が、見えてくる。」


ハッタリか何かかとも思ったが、どうやらこの女の口振りからして違うらしい。
私は先程抱いた不快感を全力で表に出した。最早取り繕う気が無くなっていたからだ。


「貴様の大事な者を横取りしたあの女が、大切な者が死ぬ原因となったあの女が、憎いと思っているのであろう?恨んでいるのであろう?
ならば共にあの女を蹂躙しようではないか?貴様-聖杯-と我-アンリマユ-が手を結べば叶わぬ願いなんてないわ…」


恍惚とした表情で、歪に歪んだ微笑みで、そう甘言を言う彼女- アンリマユ -は、確かに“この世全ての悪”であった。
彼女の笑みを見てまたもゾッと鳥肌が立ち、背筋を冷たいモノが伝った。そして同時に全身の毛が逆毛立つのが分かる。恐怖故か、はたまた憎悪か、私には分かりかねる。
ただひとつ分かる事はーーー


「ーーーさい…っ」

「…?」

「……っうっっるさいって言ったのよ!何、人の記憶勝手に覗き見してんの?!それにただ記憶見ただけで私の事分かった気にならないで!!あとアイリさんの顔でそう言う事言うなっ!!!」


ーーーー分かる事は、私はコイツ- アンリマユ -に心底“腹を立てている”と言う事だけだった。


「私は…っ、私は、アイリさんを憎んだ事なんて一度も無い!アイリさんが聖杯の器だという事を悔みはしたけど、けど、私は彼女自身を恨んだりしていない!!」


本当に恨んで無いかと言われたら嘘になる。綺麗事を言っている自覚はあった。だが、それでもコイツに好き勝手言われて、尚且つ私の大切な人達を悪く言われて、傷付けられて、黙って居られる程私も出来た人間やって無いという事だ。


「あの人は、私に新しい居場所を与えてくれたのよ!!私、じゃ…っ私じゃあダメだった、私じゃあ慣れなかった、切嗣の大切な居場所になってくれた人なの!!」


怒りで己の感情が抑えられない。
コイツに対する怒りを全て吐き出す事しか今の私には、考えられなかった。


「この世全てを恨んで、捻くれて、切嗣しか必要ないと思っていた私に、優しく手を差し伸べてくれたのよ!!
『よろしくね』って、笑い掛けてくれたの!!!」


今までのアイリさんと切嗣達との思い出がフラッシュバックして、涙腺が熱くなった。
今でも思い出せるあの手の温もりは決して嘘では無い。お前に汚されて良い思い出では無いのだ。


「貴女には一生掛かっても分からないわ!!
彼女の優しさが、彼女の温もりが、彼女の素晴らしさがっ!!!」


撃ち抜く相手を見据えて、放つ為の魔力を込めて、いつでも放てる様に指先を、構える。


「あんたみたいな奴に、私の大切な人達を傷付けられてたまるもんですかっ!!!!」


ーーーバシュンッ
ひとつ、威嚇とお前には従わないとの意味を込めて、ヤツの顔の横スレスレを狙ってガントを放つ。

ーーーバシュンッ
ふたつ、今度は空にこの世界を覆う固有結界を破壊する為に、この場所から出る為に、ガントを放つ。

ーーーービシッビシビシッ
と、私達を覆っていた月明かりが、綺麗な砂浜が、まるで鏡が割れるかの様に亀裂が走ったかと思ったら、パリーンッと甲高い音を立てて世界が割れた。
そしてキラキラと輝きながら崩れていったのだった。

きっとこの世界は美しいだけの虚しい記憶の世界だ。だって私は微塵もこの世界が崩れて惜しいと思わないんだもの。寧ろ、こんな所に居ては駄目だと、“何か”が私を駆り立てる。
こんな所で留まっている場合では無いと、誰かが背中を押してくれた気がした。はためく黒のコートが、視界の端を掠めた、気がしたーーー。
其れが誰なのか突き止める前に私の視界は、眩く、開き始めた。余りの光に薄目を閉じる。


「ーーーっ!!ここはっ!!?」

「名前!?無事でしたか!!」


次に薄目を開けば、突然現れた私に驚いた様子のセイバーとランサーが一目散に駆け寄ってくるのが見えた。マシュやグダ男、他の人達の姿は無く、どうやら他の人達は無事に撤退できた様だ。

まるで私が反抗するのを予想していなかったとでも言いたげに呆然と己を頬を掠め、流れた体液に触れながら彼女はポツリと本当に残念だと、心底悲しいと寒気がする台詞を言い出しそうな顔をしながら言った。


「………そうか、それが貴様の答えなのか。ふふ、残念よなぁ、主となら上手くいくと思ったのだが…」

「ーーーうるさいっ!分からないのなら何度だって言ってあげる!私は、貴女みたいな奴とは、手を組まないっ!!!」

「ここまで言うても駄目なのか、本当に残念だ。ならーーーもう、要らないわね?」


冷たい底冷えする程の冷たい瞳、足が竦みそうになる程に肥大化した魔力量、息が苦しく、吐き出しそうになる程のプレッシャーを何とか押さえ込んで、私は彼女の前に立ちはだかる。
守るべき者の為、私は貴様に闘いを挑む!!


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ZEROコラボイベお祝い記念に書いてた話ですが、間に合わなくて埋まった作品です。
最初は頑張ってイベントを一から全て書こうとしてたんですけど、力及ばず書きたい所だけ書くっていういつものスタイルになりました。


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