好きと言えなくて沈んだ蕾


赤弓夢、幼馴染み設定。
切恋、微悲恋、聖杯戦争が終わってからの話
※本誌真名バレ注意です。



今でも覚えている。
貴方の表情、貴方の仕草、貴方の優しさ、貴方の……

でもそのどれもは、
私だけの特別じゃなかったんだよね…

特別じゃ無くて良いから貴方の近くに居たい
特別じゃ無くて良いから貴方の隣に居たい
特別じゃ無くて良いから貴方の側に居たい

…そう思ったのは確かに私だったのにーーー


いつから私はこんな欲深い人間になってしまったんだろう…



*好きと言えなくて沈んだ蕾*



…嗚呼、眠い…物凄く眠い……

冷たい畳の上で寝転がりながらウトウトする。

……どうしよう…もういっそ此処でこのまま…

客室へと行くかめんどくさいからこのままここで眠るか考えていると…


「…?」


パタパタと忙しなく歩く足音、そして襖を開けて中へと入って来る音が聞こえ


「……こんなところで何やってるんだよ名前…」


それと同時に呆れを含んだ声が聞こえて来た。
「んー?」とそちらへと首だけ動かすと、幼馴染みでありこの家の主人である衛宮士郎が大量の洗濯物を抱えながら立っていた


「あれ…?士郎…??」


どうしたの?と聞くと「洗濯物が乾いたから取り込んだんだよ」と見れば分かる事を言われた。
ふーんと興味無さげに寝直そうとすると士郎がとなりに座った


「……ここで畳むの?」


私寝たいんだけどとそんな雰囲気を出せば、彼は分かっているのかいないのか


「他に空いてる部屋がなかったからさ…」


「寝てるとこ悪いけど…」と苦笑いをされた。
…別に、今更私に遠慮なんてしなくていいのに…


「うん、別にいいよー」


そう言いながら私はゴロリと向きを変え、士郎に背中を向ける形になった。
狭い部屋には士郎の洗濯物を畳む衣擦れの音と、2人分の呼吸の音が響く
特に会話が無くいつもの大人数の喧騒が嘘の様に静かだから、余計に、この部屋が寂しく感じた。

むー…ダメだ、全然寝れない…。

必死に目を瞑って寝ようとするが、部屋の静けさと士郎の気配が気になって余計に眠れない
士郎が座り直したり、少し身動きしたりして音が鳴る度に私は気になって過剰にその音を耳が拾ってしまう…

あーダメだ…静かだからか余計に緊張しちゃってるなー…

人間は緊張すると眠れないからリラックスして寝ると効果的な睡眠が取れると聞いた事がある。まあ多分、人間に限らず全ての生物に言える事なのだろうが…

眠いのに寝れな〜い寝れな〜いとゴロゴロしてても結局は眠れない事には変わり無いので、一旦頭の中を空にでもして整理する事にした。


「(あ、そうだ…)」


思い付きでちょっと士郎をからかってやろうとして、ゴロリと士郎の方を向くと、彼は私に背中を向けて作業をしていた。
何だ…つまんないの……
惜しいと思う気持ちをそのままにその背中を見詰める。


「(……士郎の背中って…誰かに似てる気が…)」


フとそんな事が頭をよぎり、不思議に思う


「(誰かって誰…?切嗣さん?藤村先生?セイバー?凛ちゃん?桜ちゃん??)」


思い付く辺りの人を並べ頭の中で鏡見てみるが、そのどの人とも答えが合わない


「(凛ちゃんや桜ちゃんだと細すぎるし、藤村先生だと雰囲気的に違う気がする…セイバーは雰囲気とか姿勢とかは似てるけどやっぱり女の子で、切嗣さんは……)」


言葉に詰まった。
あ、そう言えば私切嗣さんの事余り覚えてないや…覚えているのは病気がちだった事、昔士郎と一緒にほんの少しお話ししたり、遊んで貰った事くらい…
今思い返してみればどんな人だったのか、どんな背後姿だったのかなんて覚えていなかった。
ならば何故、似ているなどと鏡見ようとしたのか?良く分からないけど、子供心なりに切嗣さんも士郎と雰囲気が同じだと感じたからなのだろう…いや、切嗣さんが士郎に似てるのでは無く、士郎が切嗣さんに似ているのか……。

そんな途方も無い事を考えていると背中姿の士郎から声がかかった。


「眠れないのか?」


と、私が何故起きてるって気付いたのかと問えば「ずっと視線を感じていたから…」とこちらを向かず視線は洗濯物に注がれたまま苦笑いされた。
そうか、そんなにガン見してたのか…


「士郎の背中ってね…誰かに似てるの……」

「……え…?」


私は士郎に聞かせる気は無かったが、ポツリとそんな言葉が口から溢れた


「切嗣さんでもない、藤村先生でもない、セイバーでもない、況してや凛ちゃんや桜ちゃんじゃない……もっと他の、大きくて強くて、逞して、優しくて、暖かい…誰か……」

「…………」


私の呟きを士郎は黙って聞いていてくれる。
やっぱり士郎は優しい…でも、私はこれと同じ程の優しさを他の誰かにも感じて居る。

誰なのか、喉の奥まで頭の隅まで出掛かっているのに、その名前が出て来ない人ーーー


「誰なのか分かんないの…」

「…名前…」

「可笑しいよね…知ってる筈なのに、分かってる筈なのに、分かんないって……」


分かってるけど知ってるけど認めたくない人物
この人が私の大好きな士郎の悲しい未来だなんて信じたくない…そう思いはするのに、類似する部分を目敏く見つけて、見つければ見つける程と泣きたくなった。

何処かで私は悟っているーーー


「士郎……」


何処かで私は気付いているーーー


「シロウ…っ」


何処かで私はーーーーー


「士郎は…貴方は…変わらないで居て…?」


ーーーー彼の未来の姿を…


「……ああ、名前が側に居てくれる限り…俺は、変わらない…」

「うん…うんっ」


ーーーーー見テ仕舞ッテイル。

『士郎貴方は変わらないで居て、何処にも行かないで、ずっと側に居て…』

胸に詰め込んだ言葉を全て押し込んだ。

彼の掌が頬をするりと撫でると私の視界を覆っていたモノが溢れた、そこで私は泣いているのだと知った。


「士郎…」

「あんな奴の為に名前が泣く必要は無いんだ、あれはあいつが自分で選んだ道だから…名前が悲しまなくて良いから……」

「うん…」

「だから、あんな奴の為に泣かないでくれ…」

「しろ……っ」

「もう泣いてる名前は見たく無いんだ…」

「…………っ」


士郎の額が寄せられて、おでことおでこがくっ付いた。
間近に迫る士郎の視線に寄って拘束された。
士郎の腕が優しく触れて、
弱虫な私は泣きながら士郎の腕に縋り付いた。

そんなモノ言葉だけで無意味だと何もないのだと知ってる、だが、私はそれ-口約束-以外に彼を止める術を知らない。
多分…どれだけ私が縋っても彼は自分の運命を変えられないだろう…


嗚呼、どうして私は貴方では無く彼を好いて仕舞ったのか…

どうして私は誰よりも近い筈の人より、誰よりも遠い人を選んで仕舞ったのか…

どうして私は士郎ではなく彼に惹かれて仕舞ったのか…


そう何度自分に問いかけても答えなんて返って来なかった。
元から答えや理由なんて無かったのかもしれ無いし、あったのかもしれ無い…そのどちらに為よ、私はきっとーーー


ーーーーー貴方に恋をした。


好きと言う勇気が持てなくて何度も泣いた。
士郎に愚痴を言って何度も慰めてもらった。

好き…好きです…

何処にも行かないで欲しい…っ

ずっと側に居て欲しい…誓って欲しい…っ

貴方を好きになった時から、この恋は苦しい恋だと気付いてた。
でも結果としてこの恋は、苦しいだけの恋では無かった。

貴方に会うのが楽しくて、幸せで…

堪らなく…愛しかった。

堪らなく…切なかった。

これが恋なのだと、貴方が教えてくれた。


好き…好きです…っ


貴方に出逢ったあの瞬間から私の心は囚われてしまった。

貴方の寂しそうな瞳を見付けた瞬間から私は胸が苦しくなった。

貴方に触れてもらった瞬間から身体中に熱を感じた。

貴方の匂いを知った瞬間から私は無意識的に貴方を探す様になった。


貴方の存在を知ったその時から、私の全ては貴方に注がれた。


視線も感覚も意識も思考も…全て……全部全部、貴方を追い掛けた。


ーーーアーチャーさん…

私は貴方の事がずっと好きでした。

…いえ、訂正します。

ずっと好きでしたでは無く、

今でもずっと、ずっと大好きですに…


閉じていた瞳を開けば、士郎の心配そうに覗き込む顔がまず何よりも1番先にあった。それに、


「ごめん、なんかセンチメンタルになっちゃってたね…」


と涙を拭い微笑めば彼の顔が安堵したモノに変わった。
あ、今の顔ちょこっとだけ…アーチャーさんに似てたな…そんなくだらない事考えて、私はまた笑った否、笑えた。


ありがとう士郎…
貴方のお陰で私はまた笑える事が出来た。

貴方の想いには、まだ自分の感情の整理付か無くて応えられないけど…、いつか、前を向ける時が来たら、その時私は答えを出そう。

胸を張って貴方に言おう。


『士郎が好きです』とーーー


その時まで、待ってくれますか…?



この恋は花開かなかった。
蕾は蕾のまま硬く閉ざし、深く深く貴方に沈む。

*好きと言えなくて沈んだ蕾 end*

happyばかりが終わりじゃない。

********
stay nightのアーチャーの名シーンを見て居ても立っても居られなくて書いた話です。
今回のお話は、彼の背中ばかり見詰めていたせいか物悲しいお話が書きたくなり、彼に片想いをし続け、最終的に勇気が出なくて想いを告げられなかった少女のお話で御座います。
締め付けられる様な主人公ちゃんの葛藤や後悔、悲しみなどの想いが伝わっていたら幸いで御座います。
でも、士郎は士郎で幼馴染みの事が好きなのに、皮肉にも未来の彼の事が好きだと気付いていて、彼も彼で告げられない想いがあったのです。そんなお話でした。


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