あの子になりたい | ナノ




04


「先輩!お久しぶりです!」
「?おう」

始業式の朝、影山先輩を体育館で見つけて声を掛けにいく。この頃にはなんとなく3年生にも変な1年生と認知され始めていてわたしが影山先輩に声を掛けることが当たり前になりつつあった。

「花火、凄い綺麗でしたね!」
「そうだな。苗字のことだから、俺のこと見つけてくるかと思った」

その言葉に胸がグッと詰まる。

「さすがに、あの人数は見つけられないですよ〜」

あはは、と笑いながら先輩にそう告げると「それもそうだな」と納得してくれたようでまさかわたしが影山先輩と彼女さんのキスシーンを見ていたとは全く思っていないようだった。いや、それでいいんだけど。それにしても、先輩は一体全体どういうつもりでさっきの発言をしてきたのか不思議で仕方ない。彼女といるところを見ればわたしが大人しくなるとでも思ったのだろうか。迷惑に思われている、と感じたことはなかったけどもしかしたら迷惑だったのかな…と急にテンションが下がってしまう。

「また体調悪いんじゃねぇだろうな」
「え?」

影山先輩の大きい手が不意にわたしのおでこに当てられる。熱があるとしたら、確実に先輩のせいだしこれ以上好きになるようなことしてこないで欲しい。だめ、やっぱりして欲しい。自分が相当なわがままだってことはわかってるけど、たまにこういった先輩とのイベントを楽しむくらい許されたい。だって、もう半年後には先輩は居なくなってしまうんだから。

「変なもんでも拾って食ったのか」
「そんな子供みたいなことしないですよ」
「…お前が、俺の前で静かだと調子、狂う」
「なっ!え、…いつも、うるさいってことですか?」
「まあ」

影山先輩からの返事にショックを受けて返事に困っていると、そのまま先輩が話し出した。

「苗字は、俺が話さなくてもいいから楽だ」
「…?」

先輩の言葉の意図がわからず、首を傾げていると影山先輩は少し恥ずかしそうな顔してわたしの頭の上に手を置いて髪の毛をぐちゃぐちゃにしてくる。こんなに先輩と触れ合うことが今までなかったから、心臓が飛び出していないのか心配になるし脳裏に焼き付いてるあのシーンをやっぱり思い出して素直に笑う気分になれなかった。

「あ、あんまり…!そういうこと、誰にでもすると、彼女さんに怒られますよ…」

言ってしまった。ああ、どうしよう。先輩の顔まともに見れる気がしない。泣きそうな声でそう呟くと影山先輩がけろっと「あ?いねぇよ」と平気で嘘をついてくるので年上って怖い…!と非難の目を向けると先輩は何かを思い出したように笑った。あ、かっこいい。

「別れたから、今はいねぇ。これでいいか?」
「!」
「お前やっぱ花火ん時、俺のこと見つけてたんだろ」

さっきまで優しかった手が今度はわたしの頭をぎゅうぎゅうと、まるでボールを握るように押し潰してくる。嬉しい、良かった、大好き、痛い、色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって涙が出そうになるが今のは「痛い涙」だ、と先輩に誤魔化しておく。

「なんで声、かけなかったんだよ」
「その!見つけた時に!ちょうど、花火があがっ、」

墓穴を掘ってしまった、と口元を思わず両手で押さえるが時すでに遅し。影山先輩は「へぇ」と獲物を仕留めるかのような笑顔でわたしの頭をさらに押しつぶそうとしてくる。

「ちょっと!ほんと、痛いですって!」
「元気出たみてぇだな」

なにそれかっこいい!!!!!!!!!!と思わず叫びそうになり、咄嗟に口元をもう一度抑えてこくこくと何度も頷いた。こんなの、ずるすぎる。好きじゃん。え?何言ってんのか自分でもよくわかんなくなってきた。

「わたしは!先輩が今日もかっこよくて、幸せです」

えへへ、と笑ってみせると影山先輩は「うるせぇ、ボゲ」と呆れたように自分のクラスの列へと帰っていった。いっきに押し寄せてくる幸福感、羞恥心、安堵感。何がそうさせているのかわからないけど、震える心を胸に今のわたしは空をも飛べる気分だった。







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