あの子になりたい | ナノ




03


目の前の光景に、わたしはこんなに賑やかなのに何も聞こえない自分の耳に驚いた。視線は目の前の影山先輩に釘付けで、影山先輩を見ているということは隣の彼女さんも必然的に視界に入ってくる。彼女さんはキスをされた後、綺麗な笑顔を先輩に見せて「すき」と微笑んでいた。聞こえないはずなのに、口元を見るだけでわかってしまう自分が憎い。

ああ、いいなぁ。あの子になりたい。妬み、嫉妬の前に純粋に心の底からそう思った。彼女さんはわたしと同じ色の浴衣を着て先輩の肩に頭を寄せていた。わたしと何が違うんだろう、わたしがあの女の人と同じ歳で、影山先輩と出会ったのも同じタイミングで。よーいドンで走り出したとしても…きっと、先輩はわたしを選ばない。そう思った瞬間、気付いたら涙が溢れて止まらなくて。お姉ちゃんがせっかくしてくれたメイクもドロドロで涙を指で強引に拭うと指先が黒くなっていた。

どれだけ見た目を取り繕っても先輩の彼女には、なれない。そう気付いてこれ以上2人の姿を見たくないはずなのに、彼女さんを見る影山先輩の顔がとても優しくて、見たことのない顔で。かっこよすぎて目が逸らせなかった。

「花火、めっちゃ綺麗だね!」

そう言って友人ちゃんが声を掛けてくれて、わたしは一気に現実へと引き戻される。

「ちょっと、え!?名前、大丈夫?」
「だい、じょぶじゃない…」

友人ちゃんと目が合った瞬間に堪えていた物が全部溢れ出して、ぽろぽろと大人しく溢れていた涙はドバドバ、と効果音を変えわたしの体内から溢れ出した。わたしが号泣していることもそうだし、メイクで顔がドロドロなこともきっと驚かせてしまった原因の一つだと思う。友人ちゃんは花火そっちのけでわたしの手を引きトイレまで連れて行ってくれた。

「これ、名前のお姉さんから預かってたメイク落とし!シートのだからそのままゴシゴシしてって言ってた」
「うう、っ、ありがと、っ…」
「どーしたの!?本当に」

もらったメイク落としで顔をこれでもか、と力を入れてゴシゴシ拭き落とす。ピリっとした刺激が顔に走り真っ黒だった目元も少しはマシになった。鏡を見て、いつもの自分の顔だ、となぜかほっとしてしまう自分がいた。足も下駄で靴擦れしてしまい心身ともに疲弊しきって家へと帰る。

帰り道の途中、さっき見たことを友人ちゃんに少しずつ、泣かないように話す。

「名前はさ、影山先輩のことガチじゃないと思ってた」
「わたしも思ってた…」
「なんだよそれ」
「彼女になりたいとか、彼女いるのかなとか気にもしてなかった」
「そっか」
「うん…」

それ以上言葉は何も出てこなかった。2人で手を繋ぎながら帰ったこの夜のことをわたしは、忘れないと思う。

家に帰ってすっぴんのわたしを見てお姉ちゃんは悟ったのかお風呂に入った後、わたしの部屋に来て一緒にベッドへ入ってくれた。

「今日、楽しかった?」

いつもお姉ちゃんはわたしのことがわかっているのか、頭をよしよしと撫でながらそう聞いてくる。わたしも精一杯の強がりで「楽しかったよ、ありがとう」と返事をしたかったが込み上げてくる涙で喉が焼けそうに熱くなり声が出なかった。ただ、震える肩をお姉ちゃんは何度も撫でてくれて余計に涙が出る。

「姉ちゃんね、名前に謝らないといけないことがあって」
「…え?」
「影山先輩、だっけ?に彼女、いてるの知ってたんだ。でもまさかあんな人がたくさん集まるとこころで…ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんは何も悪くないよ」

ぎゅう、っとお姉ちゃんに抱きつくと、同じくらい強い力で返してくれる。それが今とても心地良くて救いだった。お姉ちゃんの話を整理すると、お姉ちゃんの大学の同級生が影山くんとお付き合いしているらしくよく教室でも話をしているから知っていたとのことだった。2人がどんなお付き合いをしているかはもちろんわからないが、美男美女だったことはわたしにも痛いほど良くわかる。

翌朝、パンパンに腫れた目をお姉ちゃんからもらったアイスノンで冷やしているとそういえば昨日帰ってきてから一回も携帯を見ていなかったことを思い出す。友人ちゃんにお礼のメールしとかないと、と携帯を開くと画面に新着メッセージ2件の通知。

「っ、」

差出人の名前を見て、そう言えばメールを送っていたんだったと思い出して思わず冷や汗がいっきに毛穴から溢れ出る。震える指で、ボタンを操作し無意味だとわかってはいるが目を細くしてボタンを強く押す。

「悪い、メール見てなかった。もう帰ったか?」
「俺も帰ったから、また学校で」

このメールを見るだけでドキドキしてしまう自分をどうにかして欲しい。でも、これってめちゃくちゃポジティブに捉えたら連絡さえついてたら会ってもらえたってこと!?と考えた瞬間、昨日のキスシーンを思い出してどん底まで気分が落ちる。なんて返そうか迷った結果「学校で会えるの、楽しみです!」といつも通り返事をしてしまった。

影山先輩から直接彼女がいるって聞かされてないのなら、知らないふりしても…いいよね。







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