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「名前と付き合ったから、もう連絡取ったりすんな」
「は?影山、え?名前って?苗字ちゃん?!」
「ほらお前もなんか言えよ」
「あ、日向先輩...こんばんは」
驚いて声が大きくなってしまっている日向先輩に、冷静な飛雄さん。そして、なぜか板挟みではないのに板挟みをされているように感じてしまい勝手に気まずいわたし。
「え?!影山と苗字ちゃんがなんで一緒にいんの?!」
「あ?だから付き合ったつってんだろ」
「苗字ちゃん?!?!どういうこと?!?この間影山にヤリ捨てされそうって泣いてなかった?!」
はい、日向先輩。こっちから言い出したことだし、わたしが蒔いた種でしかないんですけどお願いだから今すぐその口閉じて下さい。なんて、電話越しにわたしのテレパシーが伝わるわけもなく飛雄先輩の顔が怖くなっていく。
「おい」
「えっ、いやっ、それはなんというか、その」
「いや影山が悪ぃだろ」
「あ?」
「お前が苗字ちゃんの気持ちに気づかず寄ってくる女選びもせずに食い散らかしてるからそう勘違いされても仕方ねーだろって話!」
「ちょ、ちょっと!日向先輩!」
「苗字ちゃん!付き合い始めが肝心だから!ちゃんとこういうのはハッキリさせとかないと」
えへん!と言ってそうな日向先輩が脳内で想像出来るが、それより目の前の飛雄さんの顔面が極悪すぎて直視できない。やばい。
「あ!影山!お前苗字ちゃんのこともう泣かすんじゃねーぞ!」
「うるせぇ」
「苗字ちゃんもおめでとう!」
「ありがとうございます...!」
「俺が日本帰るまでに泣かせてたら、帰ったら苗字ちゃんは俺がもらうからな!」
飛雄さんはその日向先輩の声を聞くや否や返事もせずぶちっ、と電話を切ってしまいわたしのことをまっすぐに見てくる。正直、とてもとてもとっても怖いのでやめて頂きたい。
「お前、日向と」
「ないです!ない!ほんっとにない!」
「......」
「日向先輩には、その、飛雄さんのことを相談していたというか...なんというか...」
「ヤリ捨てられたと思ってたのか」
「そこ?!」
飛雄さんの顔が歪む。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに、と罪悪感がむくむくと心の中で育っていく。
「だって、あの時はまさかわたしのこと好きだなんて思ってなかったし...連絡途絶えるし...スキャンダル出たし...」
「好きだって、言った」
「えっ?!いつ、!?聞いてません!」
と、言ったものの自分の中でひとつだけ心当たりがあった。それは行為の最後の方、わたしの意識がぎりきり途絶えるか途絶えないかのところで聞こえたような気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせていたものだった。
「え、じゃあその時から付き合ってるつもりだったんですか?」
「おう」
「言葉足りなさすぎですよ!!!!」
「おい、声がでけぇ」
「いや...ほんとに...言葉が、足りない」
その時からそう言ってくれていれば、と項垂れるが実際言われていたとしても素直に受け入れたとは思えない。わたしも大概面倒くさい性格だったな、と自分に呆れた。
「とりあえず日向と、こそこそ連絡取ったりすんな」
「...飛雄さんが、わたしのこと泣かさなければ大丈夫ですよ」
「任せろ」
ぐ、っとわたしを更に抱き寄せて頬を合わせてくる。どうやらわたしの長かった片想いは、自分でも驚くくらい呆気なく、そしてあっさりと幕を閉じようとしていた。
いつまでこの幸せが続くかなんて、先のことは誰にもわからないし今が幸せならいいや。なんて、綺麗事は言えない。ここまできたならわたしが最後の女になりたいし、絶対にそうなるつもりだ。隣ですやすや寝ている飛雄さんの顔を見ながら、わたしはそんなことを考えていた。
後日、改めて日向先輩から飛雄さんに連絡があり二人まとめてなぜか日向先輩からお説教を受けるハメになってしまった。わたしはわたしで、飛雄さんにちゃんと自分の気持ちを素直に話すように、飛雄さんはわたしにちゃんと言葉で伝えるように。
あの子になりたい、だなんてもう絶対誰にも思いたくない。わたしは、わたしのまま飛雄さんにたくさんの思い出と愛をもらうと決めた。もう、誰のことだって羨ましくない。わたしが世界で1番幸せだと、胸を張って言えた。飛雄さんと出会わなければよかったと何度も、何度も泣いたし好きになるんじゃなかったと後悔したけど、諦めなくて良かった。ずっと好きでいて、良かった。きっとこれから先もずっと、あなたのことが好きです。
ーあの子になりたい(完)