13
「俺のこと好きだって言ってたくせに」
「...先輩だって、彼女いたくせにわたしに思わせぶりな態度ばっかり」
「俺はそんなことした覚えねぇ」
「したもん!」
「したいと思ったことしか、名前にしたことねぇ」
あまりに顔が良すぎて「うっ」と変な声を漏らしてしまう。こんな口論だって、結局何の意味も持たずわたしは全部先輩を受け入れてしまうことなんて決まり切った事実だった。
「そもそも、お前が俺にさっさと好きだって言ってこねぇのが悪い」
「ええ、またそれですか...」
「それなのに、勝手に彼氏作って」
「勝手にって...!」
「もう俺以外と付き合うなよ」
そう言いながらわたしを抱き上げ、ベッドへと運ぼうとする先輩に待ったをかける。
「何だ」
「と、びお先輩」
意を決して名前を呼んでみる。先輩があまりにも嬉しそうな顔をするので、羞恥心が押し寄せてきた。
「もしかして、わたしのこと好き、なんですか?」
先輩に好きだ、というより遥かに緊張した。数秒の沈黙すら辛くて聞くんじゃなかったと後悔している。先輩の顔も恥ずかしくて見れない。先輩の腕を握ったままその手を見つめていると空いている方の手がわたしの髪に触れ、髪を耳にかけられる。そのままその指がわたしの耳を撫でたかと思えば手の甲で頬を撫でられる。先輩の手がわたしの体に触れるたび体をびくっと大袈裟に揺らしてしまう。
「好きだ」
耳元でそう囁かれ、このまま死んでもいいかもしれない、そう本気で思った。
「う、嘘だぁ...」
「嘘じゃねぇ」
「飛雄先輩が、わたしのことなんか、好きになるはずない」
「好きだつってんだろボゲェ」
そう言ってわたしの頬を思い切り潰してくる先輩は、わたしの知っている先輩そのもので。一瞬だけど先輩の着ているものがなぜか学ランに見え、髪型も学生時代のものに見える。ああ、あの時から何も変わってないんだなとほっとしたらまた涙が溢れてくる。
「だから泣くなって」
「先輩が、悪い」
「おー...」
「好きでもない子に告白されたからって、ほいほい付き合って、ずっと先輩のこと好きだった子の気持ちに気づかないなんて」
先輩はわたしの足元に座り込み、お互い正面を向いたままわたしの太ももに両腕を乗せて寛いでいる。自分より低い位置にある先輩のつむじをぎゅっと押して小言を続けた。
「最低、ですよ。ほんっとに。わたしが今まで、どれだけ先輩に振り回されて、泣いて、傷ついたか...!」
「俺のこともう嫌いなのか」
子犬のようにしゅん、としてわたしを見上げてくる先輩。は?やめて?可愛すぎて死ぬかと思った。
「嫌いじゃ、ない」
そう絞り出した声は情けないけど、震えていて。
「嫌いじゃ、ねぇなら?」
その聞き方はずるい。
「好き、先輩が欲しい」
先輩の全部が欲しい。誰にも渡したくない。もう、誰にも貸さない。わたしだけの先輩になって。わたしだけを好きだって、わたしじゃなきゃダメになって。そんな薄汚れた言葉は飲み込んで、先輩の頭をぎゅっと抱きしめた。