10
先輩から連絡が来たのは、スキャンダルから随分経ってからだった。もう連絡は来ないのかもしれない、返事が来なかったらどうしよう。そう考える自分から連絡をすることが出来なかった。だって、わたしから連絡しなければ先輩に無視されることはないし、わたしの意思で先輩に連絡をしていないことになるから...。
そんな、ちっぽけなプライドだって先輩の声を聞けば一瞬で崩れ去り「会いたい」なんて言われたら全てを放り出してわたしは先輩の家に会いに行ってしまった。
先輩の顔を見れば、例のスキャンダルなんてどうでもよかった。ただ、またこうして抱きしめてもらえてキスをしてもらえることが幸せだった。
「会いたかった、です」
「じゃあなんで連絡してこねぇんだよ」
「...先輩だって!」
「いつもは名前がマメに連絡してくるから、忙しいのかと思ってた」
「だ、だって」
先輩のこと、信じていいかわからなくて。なんて失礼なことを言いかけて口を閉じる。またわたしは先輩に対して一線を引いて勝手に話を終わらせてしまう。これがわたしの悪いことだとわかっていても、怖かった。真実を知るのは、何よりも怖いことだった。あの日のことが本当に一度きりのことになってしまうのが怖かった。それでもいいと、自分で決めて全てを先輩に差し出したのにやっぱりわたしは意気地なしだと思う。
先輩はぎゅ、っと玄関先でわたしを抱きしめてくれてまるでひと時も離れたくないと言いた気にわたしの手を握りながら部屋へと向かっていく。ソファにどかっと、座り込んだ先輩の膝の上に座らされ居心地が悪い。だって、あまりにも顔がかっこよくて脳みそが蕩けてしまっていた。
「まあでも今回は空港でスマホ落としてそのまま遠征行ってたから、連絡来てても返せなかったからなんもなくてよかった」
その一言で蕩けていた脳が動き出す。
「スマホ受け取ったら、お前からすげぇ連絡来てて心配してんだろうなって思ってたから」
「先輩...バカですか?」
「あ?」
「わたし、てっきり」
てっきり、の後を言葉にできずまた濁してしまう。先輩は面白くなさそうにわたしのうなじを甘噛みしてくる。
「てっきり、何?」
「っ、」
「俺があの女とデキてるって?」
あ、やばい。と思った時には手遅れで、これは先輩が怒っている時のトーンだと理解する。さっきまでの甘いムードはどこへやら、一瞬で凍りつく部屋の空気にわたしは耐えきれず下唇をぐっと噛んでしまう。
「噛むな」
そんな声と共に先輩の指がわたしの唇に触れる。触れられたソコは一瞬で熱を持ち、怒っているとわかっていてもときめいてしまうのは仕方なかった。
「せ、んぱいが...あの人と付き合っててもいいです」
「あ?」
「誰と付き合ってても、何をしててもいいです」
声が震えて、先輩の顔が見れない。
「何番目でも、最後尾でも、なんでもいいからっ、」
ぽたぽたと落ちていく雫がわたしのスカートに大きい染みを作っていく。
「わたしとも、会って、くださ、」
言葉は最後まで言えず泣いてしまい、先輩がぐっと力を込めてわたしを抱きしめる。ああ、こんな形で言う予定ではなかったのに。これじゃあただの面倒くさい女じゃない。もうこのまま消えて無くなりたい。