あの子になりたい | ナノ




08


目が覚めたのは、夜遅く...というよりもはや明け方で。痛む股関節に、倦怠感。ああ、本当に影山先輩と一線を超えてしまったんだなと改めて実感する。

「っ、くしゅ」

何も着ないままシーツに包まれるようにして寝ていたため少し肌寒く、くしゃみをしてしまう。先輩を起こしてしまいそうになるが、寝返りを打っただけで起きそうにはなかった。先輩を起こさないようにゆっくりベッドから起き上がり、お手洗いを借りようと自分の服を探すが見当たらない。仕方なく裸のまま落ちていた先輩のシャツを借りることにした。

お手洗いを済ませて、洗面台で顔を洗おうと元カノさん…元、じゃないかもしれない。もしかしたらセフレなのかも…いやもう誰でもいいや、ととりあえずクレンジングや化粧水を一式お借りすることにした。わたしには到底手の届かなさそうな高級なデパートコスメに自分との差を改めて思い知らされる。

「…………はぁ」

先輩に抱きしめられていた時の自分は、まるで物語のお姫様のように感じたが鏡を見て夢から覚めたような気持ちだった。さっきの人、綺麗な人だったなと先輩が追い返した女の人のことを急に思い出してしまい余計に落ち込む。

そもそも、これは一体どういうことだったんだろう。考えても無駄だ、考えても良いことはない。そう、わかっているけど理由を探さずにはいられなかった。意識が飛ぶ前に先輩に何度も名前を呼ばれて幸せだったことは覚えているけど、その後のことが何も思い出せない。とりあえず朝、なるようになってしまえと寝室に戻って先輩の寝顔を見つめる。

「綺麗な顔」

わたしの記憶にある高校三年生の先輩より、少し短くなった前髪に触れる。目を閉じていても整っていることがわかる顔に、このまま朝が来るまで見つめていられそうだなと思わず笑ってしまいそうになる。子供のように唇を尖らせたまま寝ている先輩が可愛くて、愛おしくて、涙が出た。

先輩の頬にキスをするくらいは許されるだろうか。と一歩先輩の方へ近づくと、ベッドが音を立てる。ふに、と押し付けるだけのキスを頬に送るが先輩は無反応のままだった。すっかり寝ている先輩を前に気の大きくなったわたしは添い寝するかのように先輩にぴた、っとくっついて唇に一瞬だけ触れる。

「おい」

唇が触れた瞬間、先輩の目が開き静かだった部屋に先輩の声が響く。やばい、先輩が酔って何も覚えてなかったらどう言い訳すれば、とパニックになっていると先輩の手がわたしの頬に触れて一瞬ではなく、ゆっくりと唇が重なる。

「起きてる時にしろよ」
「…い、いいんですか?」
「あ?いいだろ」
「影山先輩に、キスして、いいんですか?」
「キス以上のことしといて今更何言ってんだ」

正論すぎて、何を返事していいかわからず黙り込む。先輩はもう寝ろ、と言わんばかりにわたしのことをぎゅっと抱きしめて背中をトントンと叩いてくれた。子供扱いをされてしまい、悔しい思いでいっぱいになる。

「体…大丈夫か?」
「あ、ハイ…お陰様で…?」
「加減出来なくて悪かったな」
「いえ…その、嬉しかった…です」

あまりにも優しい声に顔が見れなくて、残念だと心の底から思う。先輩の心音と背中を叩かれるリズムが心地よくて思ったより早く眠ってしまいそうだった。

「明日起きたら、走りに行くけど家まで送ってくから待っとけよ」

体力おばけだ…と思いながら、わたしは半分夢の中で。次に目を覚ました時にはもう先輩の姿はなくて、わたしは広い部屋に1人で残されていた。 







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