あの子になりたい | ナノ




01


影山先輩が卒業してから、2年が経った。先輩がいなくてもわたしの日常は変わらず過ぎていったし、例のあの子とは同じクラスになって最初こそ絡まれていたが気づけばそれもなくなっていた。多分、振られたんだろう。可哀想に、なんて1番思われたくないであろうわたしに思われてしまって、本当に可哀想だった。

進学を悩んでいるときに、先輩から「お前も東京来いよ」の一言で自分の人生を決めてしまうほど自分がバカだったとは。まあ、そんなこともありながらわたしは高3の夏、東京の大学に進学することに決めた。影山先輩の試合を観に行こう、とは何度も思っていたしそれこそ仙台で行われる試合も観に行こうと思えば行けた。でも、プロの影山選手の試合を観に行くと「烏野高校の先輩」でなくなってしまったことがいつもわたしを寂しくさせていた。

今日だって、久しぶりに会える先輩のためにたくさんオシャレをして会場へ向う。この中に影山先輩のことを好きな人がたくさんいる、と考えただけで目が眩みそうになる。試合は相変わらずよくわからないまま進んでいくが、影山先輩がかっこいいということだけでわたしは幸せだったし楽しかった。

「先輩、お久しぶりです」
「おーありがとな」
「ルールまたわかんなかったですけど、かっこよかったです!」
「お前俺の試合何回見に来てんだ。バカだろ」

そう言って顔をくしゃくしゃにして笑ってくる影山先輩がかっこよすぎて、好きすぎて。今ならファンのフリをして「好き」って言えるかも知れない。と思ったが、その言葉はわたしの口から飛び出ることなくぎゅ、っと強く握手の手を握ることが精一杯だった。

「終わったらメシ行くか?」
「いいんですか?」
「おう」
「やったー!嬉しいです!」

喜びながら先輩の腕をぶんぶんと上下に振っていると後ろのファンの人の視線が痛くて、会話を切り上げて先輩からの連絡を会場の外で待つことにする。最初の一年目はこうして先輩が仙台で試合をする時に同級生の姿を会場で見かけることもあったが、今はもうほとんどない。学校で人気だった先輩は、気付けば日本中、世界中から愛されていて。わたし達には遠い存在になりつつあった。それでも、先輩はこうして会いに行けばたまにご飯に誘ってくれたり、短時間だけでもわたしに会いに来てくれたりと、さすがに大事にされているかもしれないと勘違いをしてしまう。

先輩から連絡があったのはそれから1時間後で。

「もー、遅いですよ。お腹空きました」
「悪ぃ。なんでも食っていいぞ」
「言いましたね?現役女子高校生の胃袋舐めないでくださいよ」
「おー。食え食え」

テーブルに片肘をついてわたしを見てくる先輩がかっこよすぎて、それは反則なので辞めてくださいと脳内で抵抗をしてみる。影山先輩の食欲もさすがのアスリートで、お腹いっぱいになってからは先輩の食事を食い入るように見つめていた。

「やっぱり普通の人より食べるんですね」
「そうか?普通だろ」
「えー?彼氏もサッカー部ですけど、そんなに食べないですよ」

ジュースのおかわりをもらおうかと店員さんをきょろきょろ探していると、先輩の箸が置かれる音が聞こえ、先輩の方に目線を戻すと目が合う。

「…苗字、お前彼氏いんのか」
「え?います、けど」
「ふぅん」

会話はそれだけで、ほらやっぱり先輩はわたしのことなんかに興味ないじゃん。と勝手に1人で凹んでいた。実際のところ、影山先輩に彼氏が出来た、と言うか言わないかここ最近ずっと迷っていたが聞かれてもないのにいきなり言い出すのはおかしいか、と何も言わずにいた。それでも、頭のどこかでわたしに彼氏が出来たら少しでも何か「嫉妬」じゃなくてもいいから、何か思ってくれるんじゃないか。とさっき発言をしたが、今は猛烈に後悔している。もちろん彼氏のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。…影山先輩に勝てるか、と言われればそれは無理話だけど。

「烏野のやつ、ってことは遠距離になんのか」
「そ、ですね」

まさかそこを深く聞かれるとは思っていなかったので返事に言葉が詰まる。実際、わたしが東京の大学に進学することもあり、もうそろそろ別れを切り出されるのではないかと思っていた。お互いこのまま一生一緒にいる、だなんておとぎ話のような恋愛はしていないしどちらかというとわたしも彼氏も現実的なところがあった。だからこそ、この1年ほどうまく行っていったと思うし、影山先輩とも適切な距離感で接することが出来ていたと思う。

だって、わたしに彼氏がいなかったら先輩に好きだって言ってしまいそうで。見返りを求めてしまうのが怖くて、今の距離からもっと近づきたいと思ってしまうことが怖くて。だから、この1年間本当に楽だった。

そして、この日から数日後わたしは彼氏に「別れよう」と振られるのだった。それを伝えた時の先輩が少し、嬉しそうだったということはわたしの勘違いかもしれないけど、そういうことにしておこう。







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