あの子になりたい | ナノ




14


影山先輩が、卒業してしまう。ずっとわかってはいたけど、春高が終わってやっと実感が出た。バレーのことはやっぱりよくわからないけど、試合をしている先輩はかっこよかった。なんて、いかにもアホっぽい感想しか思いつかなくて申し訳ないレベルだった。でも、わたしはやっぱりコートに立ってる先輩ももちろんかっこいいし好きだけど...廊下ですれ違う時に挨拶してくれたり、先輩に窓から手を振った時に振り返してくれたり。メールの返事が面倒くさいからっていきなり電話してきたり。食堂で会ったらわたしの食べかけのマフィンおっきい一口で奪ってきたり。ああ、思い出したらキリがないけど。そんな些細な毎日の先輩の方がよっぽどかっこよくて、大好きだった。

え?彼女?ああ、いてますよ。相変わらずあの子とは付き合ってるみたいだけど。たまに廊下で会ったら睨まれるし、わざと聞こえるようにマウント取ってきたりするけど。マウント取ってくる時点でわたしに負けてるって思ってることでしょ?なんてわたしも随分図太くなりました。

だって、あの子と付き合ってても先輩は何も変わらなくて。正直あの子に申し訳なくなるくらい、何も、変わらなかった。

何度も、何度も先輩に聞きたかったことがある。どうしてあの子なんですか?どうして、わたしじゃだめなんですか。もちろん聞けるわけないし、この関係が途絶えてしまうことの方が今は怖かった。それくらい、この名前のない関係がわたしはお気に入りで絶対手放したくないものになっていた。

今日だって、久しぶりの登校日で学校に顔出すから。と連絡をくれて空き教室でパックジュースを飲みながら先輩と残り少ない時間を過ごしていた。どうして、わざわざ数少ない登校日をわたしと過ごしてくれるのか、あの子はいいのか。聞きたいことはたくさんあったけど、聞いてしまうことの方が怖くて何も聞けずにいた。何も、成長していない。「先輩」と声をかけると、ストローを咥えながらわたしのことを見てくれる。これだけで、そう、幸せだと思えた。もう見ることのない影山先輩の学ラン姿を目に焼き付けておこうと無言で見つめる。

「なんだ」

わたしの無言の圧が勝利したのか、先に目を逸らしたのは先輩の方だった。

「いや、もうこの学ラン姿見納めなのかぁって思ったら寂しくて」
「そうかよ」
「もう会えないんですよ!?」

そんなことを冗談で先輩に告げると、先輩は呆れるでもなく真面目にわたしを見つめてくる。

「会えるだろ」

あまりにも先輩が真面目に、真剣に、真っ直ぐにそう言ってくるのでわたしは飲んでいたパックジュースを机の上でひっくり返す。慌てて拾うと中身は溢れず机の上は清潔に保たれたままだった。そこで、やっと先輩の言葉を脳がインプットする。

「こっち帰ってきたら会えばいいだろ」
「あ、え…は、…ハイ」
「お前が一方的に会うつもりなかっただけか」
「そんなこと!ないです!」
「あっそ」
「先輩が、まさか…その、卒業してもわたしと会うつもりだったって思いもしなくて」

そう、素直に告げる。そこでやっと先輩の顔が呆れ顔に変わり、わたしはどうやら先輩の交友関係の割と重要な位置にいることに気付いた。

「別に俺が東京行くからって、苗字との関係は変わらねぇだろ」
「…え、へへ」
「だらしねぇ顔しやがって」
「だって…嬉しくて…」

先輩が嬉しそうにわたしの頬を引っ張り出す。兄妹がじゃれるようなスキンシップにわたしは内心ドキドキして止まらなかったし、もっと触って欲しいと思うようになっていた。

「寂しくなったら電話していいですか」
「出れるかしんねーけど」
「そこはかけ直してくださいよ」
「わかったわかった」
「先輩が、かけ直してくれたらわたし絶対何時でも起きて電話出ます!」
「そーかよ」

ほっぺをこねくり回すことに飽きたのか、先輩の手はそのままわたしの頭に乗せられ愛犬を撫でるようにわたしはしばらく先輩の好きにされていた。

そして、本当にこの時の会話通りわたし達の関係は先輩が卒業して、東京のチームに所属して。世界中に影山飛雄の名前を轟かせても大して変わることはなかった。







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -