あの子になりたい | ナノ




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体育祭の後もバレー部は部活があるようで、体育館の中からはボールの音やシューズの音が聞こえて来る。その体育館を横切り、誰もいないであろう部室棟の階段を上がる。もちろん部室に鍵はかけられているし中に入ることはできない。紙袋に「影山先輩へ」とメモを貼り部室のドアノブにかけておく。

友人ちゃんは彼氏と待ち合わせがあるし、わたしは先輩と鉢合わせしないように部活が始まるまで時間を潰していたからこんな時間に学校から帰るのはわたし1人で。一歩ずつ歩きながら、込み上げて来る涙を手の甲で拭うけど間に合うわけなく気付けば頬はびしょびしょに濡れていた。

「なんで?」

気付けば独り言を漏らすくらい、頭の中はその言葉でいっぱいで。なんで?どうして、あの子なの?どこがわたしと違うんですか?あの時勇気を出してれば、先輩の彼女になれたのかな。なんて、後悔しても仕方ないことばかり考えてしまって。

家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入って。それからベッドで仰向けになって。目を閉じたら、影山先輩の顔よりあの子の顔の方が浮かんでしまいそうで、目を閉じれなかった。

…一睡も出来ない、なんて人生ではじめての経験をこの歳でしてしまった。

泣きすぎて、涙も枯れてしまってもう何も目からは出なくなっていた。腫れぼったくていつもより可愛くなくなっている自分の顔を鏡で見てため息が出る。携帯がメールの受信を朝から知らせてくれて、無意識に画面を開くと影山先輩の文字。咄嗟に携帯をベッドの上に放り投げてみるが、やっぱり半日そこらで先輩への気持ちが諦め切れるわけもなく。数秒の葛藤の後、メールを開いてしまい自分の自制心のなさにまた落ち込んだ。

−どこにいる
−どうした
−大丈夫か
−帰ったのか
−学ラン、受け取った
−おい
−なんでもいいから返事しろ
−おはよう

まるで重い彼女かのように、先輩から怒涛のメール。それから何度か着信があって、わたしはやっぱり…やっぱり、嬉しいと思ってしまう。どうしよう、なんて言い訳しようなんて考えていると先輩から着信が入る。ちょっと待って!?と、一旦無視しようとするが間違って通話ボタンを押してしまって自分のことを心の底から呪うことに決めた。

「あ、苗字」
「お!おは、ようござます!」
「大丈夫か」
「ハイ!」
「クッキー美味かった」

先輩の言葉を脳内で処理するのに数秒。わたしは自分がクッキーを紙袋から抜き忘れていたことに気づいて、本当に自分のポンコツさに嫌気がさす。先輩はわたしがすぐに反応しなかったことが不思議だったのか「もしかして、俺のじゃなかったか?」とズレた会話をし始めようとしてくる。いやいやいや、影山先輩以外に手作りのクッキー焼いてわたしが渡すとお思いですか!?こんなに先輩のことだけ好きなのに?は?ふざけんなよ!と言ってやりたい気持ちは山々だが、そんなこといつものごとく言えるわけもなく。

「先輩に、であってます。学ランのお礼です!ありがとうございました」

と無難に返事をして電話を切ろうとする。が、先輩はそれを許してくれない。

「あと今日、昼休み中庭来い」
「な、何でですか」
「ほらお前、昨日写真がなんとかつってただろ」
「いや、え!あ、それは…」

本当にこの人の考えていることが何一つわからなくて、困る。こんなのわたしが昨日の現場を見ていなかったら新しく彼女が出来たことなんて全く知ることはなかっただろうし、バカみたいに好きなままだったんだろうな。いや、それは今もだけど。

「じゃあ、学校で」

と、先輩は一方的に電話を切ってしまい、やっぱりわたしは健気に大慌てで目の腫れを取ることに専念するのだった。これ以上、好きでいたって報われることもないのに、それでもやっぱり先輩のことを求めてしまう。辛いだけの恋、ってわかっているのに止められない。いや、別にこれでいいのかもしれない。そんなことすら思い始めてしまう。わたしがどれだけ先輩を好きだとしても、これ以上の関係を求めているわけではないし。先輩がこうして彼女がいてもわたしを1人の後輩として構ってくれるならそれで充分幸せなんじゃないの?と随分麻痺した考えをしながら通学路を歩く。

どれだけしんどくても、辛くても毎日学校に行かなきゃ先輩には会えないし。辛いことの原因が全部影山先輩にあったとしても、それでもやっぱり好き。

恋なんか、もうしたくないな。







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