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沈黙を破ったのは、わたしの方で。もうすぐ最後の応援合戦の時間が近づいていた。
「影山先輩、ありがとうございました」
「おう」
影山先輩のテーピングのおかげが、怪我が気にならないくらい歩きやすくなって先輩の支えがなくても平気になっていた。ゆっくり、歩幅を合わせて気遣いながら歩いてくれる影山先輩にまた一つ好きが増えていく。
「応援合戦?頑張れよ」
「は、ハイ!先輩のこといっぱい応援します!」
「俺のこと応援すんなよ」
先輩が、くしゃっとした笑顔でわたしにそう言い放つ。笑うと少し子供っぽく見える先輩が可愛くて可愛くて。
「わたしの中で1番に応援してるのは先輩なので!チーム戦は、その、別ですけど...」
「無理すんなよ」
「はい!あ、その、」
「なんだ」
「終わったら、応援団の服のまま...写真撮ってもらっても!いいですか!」
「...おう」
やった!やった、やった〜!と思わず叫びそうになるが、グッと堪えて体育祭が終わってからまたメールしますと言ってその場を別れる。有頂天、だった。
怪我も気になることなく、無事に応援合戦も終了し最後の出番を無事に終えた。アドレナリンが出ているからか、全く足首も痛くない。いや、やっぱり影山先輩のおかげだろうか?そんなことを考えながら先輩に「どこにいますか?」とメールを送る。写真を撮れるのは体育祭が終わってからかな、と携帯をポケットに片付けようとしたがメールを受信したことに気付く。急いで画面を見ると先輩から場所の連絡が来てわたしは友人ちゃんにお願いして急いで向かった。「カメラマンなら任せて!」と意気込んでくれる友人ちゃんが本当に頼もしくて指定された場所へと向かう。
「まだ先輩来てないかな」
「かな?ほら、鏡見な?」
「ありがとう!」
体育館の裏に到着し、友人ちゃんから手鏡を借り前髪を直していると、影山先輩の声が聞こえる。自分に声をかけられたのかと勘違いして振り向くが、先輩の姿はない。ちょうどあちらから見えない位置にわたし達がいたようで先輩に声をかけようとするが友人ちゃんに腕を引かれて「静かにして」と耳元で怒られる。
「何!?」
「誰か、喋ってる。ちょっとここからじゃ聞こえない」
小声でそう話しながら、友人ちゃんは少しずつ先輩の声が聞こえるように進んでいく。わたしもなぜか気づかれないようにゆっくり友人ちゃんの後を追うと先輩の体で気づかなかったが、女の子が1人いた。
「あの子、隣のクラスの子じゃない?」
「え、そうなの?」
「そう。可愛いって男子が騒いでたからわかる」
先輩とその子が何の用事だろう、と呑気に考えていると友人ちゃんは自体を把握しているようでわたしの方をゆっくり振り返り「名前。今すぐ影山先輩に告白する勇気ある?」と真剣な表情で聞いてくる。その一言で今自分たちがどういう状況に巻き込まれているのかをやっと理解した。
「…ない」
「だよね」
「あんな可愛い子の前で、無理」
影山先輩の学ランをぎゅ、っと握り2人の会話が終わるのを隠れて待つ。盗み聞きは良くないとか、そんなことわかってはいるけど今更呑気に出ていけるほどバカではなかった。
「影山先輩のこと、ずっと好きでした。付き合って下さい」
(ああ、やっぱり)
友人ちゃんも同じことを考えていたのか、わたしの方を振り返り震えるわたしの手をぎゅっと握ってくれた。大丈夫、きっと大丈夫。先輩とあの子が話してるとことなんて見たことないし、わたしの方が仲良いはず。例え先輩がわたしのことを選ばないとしても、あの子を選ぶとはとても思えなかった。それでも、緊張で喉が渇くし汗は吹き出すしさっき直した前髪はもう汗でベタベタだった。
「今彼女いないんで、いいっすよ」
その一言が聞こえてきて、吐きそうだった。むしろ何か吐き出した方がマシだったかもしれない。年下の女の子に敬語で喋る先輩なんて知らないし、あんな他人行儀な影山先輩は見たことがなかった。それでも、たった今からあの子は影山先輩の彼女になるの?意味が、わからなくて気持ち悪い。友人ちゃんがわたしのことを何かから守るようにそっと抱きしめてくれてわたしの耳を塞ぐ。どれだけ塞いでくれても、あの子が喜ぶ声は聞こえてくるし大好きな先輩の声も聞こえてくる。少しでもこの場にいるのが苦痛でわたしはフラフラと立ち上がり、その場を後にした。友人ちゃんがずっと何かを話してくれているのはわかっていたけど今は何も聞きたくなかった。
「学ラン、返さなきゃ」
そう、わかってはいるけど気持ちがついてきてくれなくて。自分から呼び出しておいて先輩の連絡を無視し続けた。あんなに好きだったのに、今は顔も見たくないし声も聞きたくない。だって、もうあの子のものになってしまった先輩と、どんな顔して話せばいいかなんてわからなかった。もう、何も考えたくなかった。