あの子になりたい | ナノ




08


放課後の練習の前に、一度教室で影山先輩の学ランに腕を通す。もう、頬が緩みまくってにやけてにやけて仕方がなかった。友人ちゃんが携帯で写真を撮ってくれて彼シャツならぬ、彼ランにテンションが上がる。

「やばくない!?」
「いや、これはやばい」
「脱げ。って言った時の先輩まじで世界で1番かっこよくて、今死んでもいい!殺して!って思ったもんね」
「よく死なずに教室帰ってきたね。名前、偉い」

ぽんぽんと頭を撫でられ、更に顔の表情が緩くなる。時計を見ると集合時間ギリギリになってしまい影山先輩の学ランを両手でしっかりと抱き抱えながらグラウンドまで走った。

「遅れてすいませんでした」
「今からだから、大丈夫だよ」

優しい3年生の先輩がそう教えてくれてホッとする。昼休みの時より、明らかに大きい学ランは正直かなり動きにくかったがそれを上回る幸福感で全てカバーできた。

「苗字さん、お昼より…縮んだ?」
「縮んでないです!」
「学ランが大きくなった?」
「あ、はい…そうなんです」

普段から話すようになった一個上の先輩にそう声をかけられ、「誰に?」と聞かれないか気が気でなかったがさすがにそこまで空気の読めない人ではなかったらしい。どこで誰に聞かれているかわからいので、助かったなとほっとため息をつく。きっとこういうのは、バレない方がいいに決まってるし、バレて影山先輩に迷惑をかけるのだけは嫌だった。

日向先輩の時も、もちろん意識はしていたがより一層汚さないように気をつけて丁寧に畳んで紙袋に入れて家に持ち帰る。影山先輩の、学ランが今自分の部屋にある。この事実だけで途方もなく幸せだったし、いまだに実感がなくて何度も紙袋の中を覗き込んでしまった。畳みっぱなしで皺が出来ても困るな、と紙袋から取り出しハンガーにかける。影山先輩がこの部屋に住んでいるような気分になって、部屋の中だけど背筋がぐっと伸びる。今日はマッサージでもして寝ようかな、なんて無駄に意識高い女子のような思考になりいつもはしないパックもお姉ちゃんから借りた。

そして体育祭当日。今日わたしにはいくつかミッションがある。まずは、影山先輩に学ランを返すこと。それから応援団の格好をしているわたしと先輩とでツーショットの写真を撮ってもらうこと!それから、お礼として作ってきたクッキーを渡すこと。もはや体育祭のイベントよりもこのミッションの方がわたしにとっては大ごとだった。

「名前!応援団頑張れ!」
「ありがと〜!がんばる!」

友人ちゃんからエールをもらい、ひとまず1回目のエール交換を終える。汗を拭いていると「お疲れ〜!!すげー、かっこよかったな!」と日向先輩がスポーツドリンクのペットボトルを差し出しながら声をかけてくれた。

「あ!ありがとうございます!」
「な〜?苗字ちゃんさあ?」
「ん、...はいっ!」

ぐびぐび、と飲み干しながら日向先輩の話に耳を傾ける。「学ラン...」と、先輩がにやにやしながら言ってくるもんだから焦って飲み物を吹き出しそうになる。

「ち、ちが!いや、違くないんですけど...」
「別にぃ〜?俺は気にしてないけど?」
「す...すいませんでした...」
「むしろ影山がごめんな?なんか身ぐるみ剥がしたとこを見たってうちのマネージャーが顔真っ青にしてたから」

わはは、と笑いながら日向先輩は面白そうに話を続ける。わたしは頼むから声のボリュームを抑えて欲しいという気持ちでいっぱいだった。

「今日影山に会った?」
「まだ、です!一方的に...その、見ました」
「なるほどな、とりあえず写真撮ろーぜ!別チームで可哀想な影山クンに送ってやろ」

そう言って携帯を構える先輩の横で控えめにピースをしてシャッター音が鳴るのを待つ。影山先輩に、送られるのに汗で前髪べたべただし最悪だ...と思いながらも、先輩のご好意を踏み躙るわけにはいかずそのまま待機する。なかなか撮らないな、と思っていると日向先輩がくるっと振り向き顔が近付いてくる。「え、!」突然のことで思わず声が出ると「じっとして」と真剣な顔で言われ動けなくなる。

どっ、どっ、どっ。

自分の心臓が、憎い。影山先輩をあんなにも好きだと言っておいて、他の人にもドキドキしてしまう自分が、憎かった。日向先輩の指がわたしの頬に触れ「取れた」と聞こえる。

「まつげ、ついてた」
「...!あ、ありがとう、ございま、す」
「よーし!はいピース!」
「い、いぇーい!」

どうか、いつも通りの自分で写れていますように。影山先輩以外の人に、ドキドキしているわたしが写っていませんように。そう願うしかなかった。







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