追っかけシリーズ番外編 | ナノ






影山選手の追っかけはじめました。


髪の毛





あ、と気づいた時には遅くわたしの悲鳴が部屋に響く。その声に驚いたのか飛茉はわたしのことを一瞬見て大声で「わーん」と泣き出した。わたしは泣いてる飛茉の手からあるモノを奪い手の届かない高いところへと片付けてから飛茉を抱き上げる。

「ひぃちゃんどうしたの?」
「ママが置きっぱなしにしてたからだよね?びっくりしたね、ごめんね」
「あー!髪の毛ない!」

そう、飛茉が一瞬目を離した隙に自分でハサミで髪の毛を切ってしまっていた。抱き上げながら怪我がないかを入念に確認するが怪我はなさそうでほっとする。

今日は朝から飛茉の髪の毛をふたつに三つ編みしていて、片方の三つ編みがなくなってしまっていた。不恰好な髪型はさすがに可哀想なので、急いで美容院を予約して飛空と飛茉を連れて急いで美容院へ向かった。なぜこんなに急いでいるのかというと、今日は飛雄くんの試合を観に行く日だったからだ。

「飛茉、ママとお約束できる?」
「…ごめんなしゃい」
「チョキチョキはママと一緒の時だけね」
「あい」
「飛空もだよ?」
「わかった!ひぃちゃん痛い痛いなくて、よかったね」

飛空は飛茉の頭を撫でながら優しくそう言っていて、飛茉も笑顔が戻る。片方なくなってしまった三つ編みは飛茉のお気に入りのゴムごと切れてしまっていた。耳が切れていたかも、と思うとゾッとするが本当に何事もなくて安心した。

美容院に着くと、飛茉は人見知りと場所見知りをフルで発揮してしまい、わたしの膝から離れようとしない。仕方がないのでわたしごとケープをつけてもらい膝の上で飛茉の髪の毛を整えてもらうことにした。

「よろしくお願いします」
「……」
「あ〜!やっちゃいましたね」
「そうなんです…!怪我なくて本当によかったんですけど、結構がっつり切っちゃって…」
「お子さんが髪の毛切っちゃって、って結構よくありますよ」

急いで予約した美容室は、個人で経営されているようで他のお客さんもおらずリラックス出来る空間だった。飛空は後ろのソファで絵本を読んで大人しくしているようで、飛茉もだんだん慣れてきたのか少しずつ話し出すようになった。

「ママは?」
「ん?」
「ちょきちょき、ママちない?」

すっかり綺麗に切り揃えてもらい、にこにこしながら飛茉がわたしにそう言ってくる。

「お母さんもせっかくなのでカットしましょうか?毛先整えるだけでも雰囲気変わりますよ」

飛茉は短くなった髪の毛に満足したのか、鏡を見ながら「かわいいねぇ」とニコニコしていて飛空も嬉しそうに「ママも可愛いするの?」と顔を覗かせてくる。時計を見ると思ったより時間に余裕があるので、そのままお願いすることにした。飛茉と飛空は2人で大人しく絵本を読んだり、飛雄くんや日向くんの動画を見たりとお利口さんに待ってくれていた。

「わー!ママ可愛い!」
「ママ!かわいいね!」
「ふふ、ほんと?」

毛先を整えて貰うだけのはずが、切り始めるとなんとなく短くしたくなってしまいどんどん切って貰うことに。結局元の髪型とは変わり、予定にないイメチェンが完成した。

「本当よくお似合いです」
「お姉さんのカットが凄く丁寧で…!こんな良い美容院が近くになるなんて知らなかったです」
「またご来店お待ちしています!ありがとうございました」
「はい!また来ます」
「お姉ちゃんバイバイ!」
「おねーたん、ばいばい」

その足でそのまま試合会場に向かうが、渋滞が酷く結局会場に到着したのはアップが終わってまさに今試合が始まった瞬間だった。選手の方たちの邪魔にならないように、静かに席へと着いた。

今日の飛雄くんの集中力はいつも通り、いや、いつもより凄くてわたしたちが到着したことには気付いている様子がなかった。

「パパこあいかおちてる」

飛茉がそう言うので、わたしも気になって飛雄くんの顔を見るが確かにいつもより少し眉間の皺が多い気がした。そこでやっとスマホの存在を思い出し、タイムアウトのタイミングで画面を見ると飛雄くんから何度か着信があったことに今更気付いて「やってしまった」と頭を抱える。

でも、さすがはプロで。わたし達のことを心配しつつもそんな素振りは一切見せずに無事試合は終わる。すぐに飛雄くんへ無事会場へ着いていることを知らせようとするが先に飛空が飛雄くんのところへと走って向かって行ってしまった。

「パパー!」
「、飛空!来てたのか!」
「今日ね!ひぃちゃんがチョキチョキして、ママもして大変だったんだよ!」
「...?」
「パパ今日もかっこよかった!強かった!」

飛空を抱き上げながらはてなマークを浮かべている飛雄くんが可愛くて微笑ましい気持ちで見てしまう。飛茉も自分の足で飛雄くんのところへ行きたかったのかわたしの抱っこから降りて、飛雄くんを呼びながら飛雄くんの足へ抱き着いていた。

「飛茉、危ないでしょ〜!」

と声をかけながら近寄ると目が合った飛雄くんが面白いくらいに固まったのがわかってしまい、吹き出してしまう。

「そ、っくりさんですか?」
「違うよ!」
「なまえさん…!?か、髪!え?」

予想より驚いてくれた飛雄くんが本当に可愛くて、髪の毛切るだけでこんなに幸せにしてくれるんだなと愛おしくなる。

「やべ…可愛い、すげぇ似合ってる」
「ほんと?飛雄くんと会ってからあんまりイメチェンしてないから不安だったの」
「いや、まじで、可愛いっす」

まるで付き合いたてのカップルのような会話に、周りが微笑ましくわたしたちを見ているなんて気づきもせず飛茉の一言で2人の世界から一瞬で引き戻される。

「パパ!ひぃも!かわいいゆって!」

ぷんすかと効果音がつきそうなくらい頬を膨らませ怒りながら、飛茉が飛雄くんへそう声をかける。その姿があまりにも可愛らしくて、飛雄くんは飛空を降ろして次は飛茉を抱き上げて頬へキスをしていた。

「飛茉も切ったのか?可愛い。似合ってる」
「ママよりかわいい?」
「ママの方が可愛い」
「ふん!パパちらい!」

べー、と舌を出しながら飛雄くんに文句を言っている飛茉。飛空は心配そうに「ひぃちゃんパパ嫌いって言った!」と言っていてわたしは大丈夫だよ、と頭を撫でてやる。飛空が少し恥ずかしそうにわたしの耳元で内緒話をしてくるので耳を傾ける。

「ママ可愛いから飛空くんと結婚しよ?」

心臓が、愛おしさで爆発するところだった。わたしは激しく動揺する胸をぐっと抑えながら飛空をぎゅうっと抱きしめ「……パパがいいよって言ったらね」と言うのが限界だった。本当はいいよってキスをしてあげたい気持ちだが飛空も飛雄くんの遺伝子を引き継いでいるわけで。適当な子供騙しの約束は通用しない性格だった。ファンの方そっちのけではしゃいでしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、実際には皆さんわたし達家族の様子を少し離れたところから微笑ましく見てくれていたそうで。飛雄くんのファンの方は本当に良い人がたくさんだな、と今日も感謝の気持ちでいっぱいだった。

家に帰り、子供達が寝静まると飛雄くんはずっとわたしの頭を撫でては「可愛い」と何度も言ってくれる。

「飛雄くん、この髪型好きだったの?」
「ちげぇ。なまえさんが好きだ」
「…それは、その、知ってるんだけど…」
「俺の見たことないなまえさんが見れて、…嬉しい」

そんな可愛いことを言いながらキスをしてくれて、本当にこの年下の旦那様はわたしを喜ばせる天才だなと心の底から感動する。

「飛雄くん、大好き」
「俺の方が好きだ」
「ふふ、可愛い」
「なまえさんの方が可愛い。本当に、可愛い。すげぇ、可愛い。こんな可愛い人見たことない。ちょっとだけ噛んでいいすか」
「っ、た!もー!いいって言ってないのに!」
「はぁ…可愛い。...俺のなまえさん」
「はぁい。飛雄くんのなまえさんですよ」

なんて、何年経ってもこんな風に過ごせたらいいな。きっと過ごすんだろうな、と胸焼けするほど甘い夜を過ごした。ハプニングだらけの1日だったけど、飛雄くんがこんなに嬉しそうならいっか!とわたしからも飛雄くんにキスをする。

翌日、日向くんがどこから聞きつけたのか飛茉の写真が見たい!と連絡が来たので久しぶりのビデオ電話をすることになるけど、その話はまた今度。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -