幸せ、とは。 | ナノ


▼ 06

「いらっしゃい」

治さんの声が店内に響きわたしはテーブルにお札を置き、店を出ようとする。

「待てよ!」
「無理!忘れて!じゃなきゃ、絶交するから」
「忘れられるわけねーだろ!」
「じゃあもう絶交ね!はい、さよなら!」

わたしは一体どこまで可愛げがなければ気が済むのか。泣きそうになるが、必死に堪えて木兎の腕を振り解く。

「全部冗談だから、わたし木兎のことなんて、好きじゃ、っ」

もうこれ以上、嘘をつくのを体と心が拒否したかのように溢れてくる涙に自分でも驚く。「好きじゃないから」と言えると思っていた。木兎が息を呑むのがわかり、これ以上は無理だと店内から飛び出して逃げた。そう、わたしは今更真正面から木兎に気持ちを伝えるほどただ好きなだけじゃなくなっていた。この9年間、散々拗らせた結果本人に言えるはずもない「好き」がたくさん集まっていた。

わたしを好きじゃない、木兎が好き?彼女を大切にしてる、木兎が好き?どれだけ彼女の愚痴を言ってても最後には好きなんだよなぁと微笑む木兎が好き?これは全部わたしの本心?いつからかそう思わざるを得なかっただけなの?

「おい!ぼっくん、追いかけるならアイツと付き合って最後まで面倒見ろや!」
「、それは、」
「ほんなら俺に寄越せ」

そんな話が店内で繰り広げられてるとは知らず、あてもなくただ歩いていると後ろから腕を引かれる。

「待てや、こら!」
「うるっさい!ついてこないで!ほんと、無理」

なんで、なんでこうなってしまったんだろう。お酒を飲んで全力疾走なんてするもんじゃないな。気持ち悪くなってその場にしゃがんでいると侑がペットボトルの水を差し出してくる。悲しくて、恥ずかしくて、辛くて涙が出た。

「きも、ち、悪...」
「そら空きっ腹にあんなぐいぐい酒飲んで走ったらこうなるやろ!アホか!吐け!」

侑がそう言ってビニール袋を広げてくれ、どこまで用意がいいんだと感心しながら気持ち悪いままうまく吐けず嗚咽する。

「後で怒ってくれてええから」

そう言って侑はわたしの口内に指を突っ込んで吐かせてくる。胃の中のものと、頭の中のもやもやを一緒にビニール袋へ吐き出した。もちろんスッキリなんてするわけなく、気分は最低だった。

「消えたい...」

そう呟くのがやっとで、あとはもう何をどう言語化していいかわからずただ嗚咽しながら泣いていた。侑はその間もわたしの肩を抱き寄せ背中をトントンと叩いてくれている。なんでこの人こんなに優しくしてくれるんだろう。そう思ってはいたがもちろん言葉にはできず、涙と鼻水、それから涎で侑の肩をびしょびしょにしてしまい申し訳ない気持ちで押しつぶされそうだった。

「ちょっと落ち着いたか?」
「落ち着くどころか、無だよ。無」
「大丈夫や、ぼっくんに振られても死なへん」
「心が死ぬ...!」
「まあ、これで新しい恋に進めるやん?俺と」
「なんで、侑はそんなわたしなんかに...」
「はい!俺の好きな女のこと悪く言うの禁止」

あまりにも侑がいつも通りで、気づけば笑ってしまっていた。わたしさっき9年片思いしてて振られた女だよね?もう頭の中木兎じゃなくて、目の前の侑でいっぱいになってるのが自分の本当の答えのような気がした。

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