▼ 飛雄とポッキーの日
「ねぇ!ポッキーゲームしよ!」
「...なんすかそれ」
「まあとりあえず、百聞は一見にしかずって言うじゃん!」
「ひゃっぷん...?100本食えるんすか?」
「はいはい」
飛雄のいつも通りのアホな発言は無視して、わたしは飛雄の綺麗な唇にポッキーを差し込む。ポッキーで唇を開けさせる、なんて少し卑猥な気がしてあまりにも無防備な飛雄にきゅんとしてしまった。
「あ、ちょっと!なんで食べたの〜」
「100本早食いの勝負じゃないんですか?」
「違うよ、バカ」
「バカじゃねぇっす」
「じゃあ今度は飛雄がこれ食べて」
ん、と唇にポッキーを加えて飛雄にそう告げる。顔色ひとつ変わらない後輩にやっぱりわたしは恋愛対象じゃないんだろうなあと落ち込むが、とりあえず今は目先の欲に忠実に生きようと意気込んだ。
飛雄は本当に顔色ひとつ変えず、わたしの咥えたポッキーの反対側からさっきの爆速食いではなくおずおずと、遠慮がちに食べ進めた。
正直、ヤバい。ヤバいって言葉で片付けてしまいたい自分の中の感情に振り回される。なにもわかってないであろう飛雄にこんなことをさせてしまって、という罪悪感ももちろんある。けどそれ以上に飛雄との物理的な急接近に興奮が隠せなかった。
最後の一口を取られまいと、少し唇に力を入れると飛雄の大きな手がわたしの後頭部に回されぐっと飛雄の方に引き寄せられる。もちろん、そんなことをされたら唇が触れ合うのは当然で。「ちゅ」なんて可愛い音では表現できない勢いのあるキスだった。
「っ、な、...!なに、すんの...!」
「キスですけど」
「それは、わかってる、けど」
「したかったんじゃないんですか?」
さっき唇が触れ合ったばかりなのに、やはり飛雄の顔色は変わることなく平然とそんなことを言ってきた。わたしの悪巧みがバレたどころか、飛雄に一歩先を読まれてしまいキスをされたことが本当に悔しくてたまらない。だって、
「...飛雄のくせに、ずるい」
そう思っていた言葉は、まっすぐ飛雄にぶつかってしまう。飛雄はぐっと眉間に皺を寄せて「何がすか」と少し不満気だった。
「だって、そんな...」
「俺がキスしたから、拗ねてるんですか」
「拗ねてない」
「そんな顔してたらもう一回しますよ」
「ポッキー、食べる?」
「名前さんとキスした方が甘かったです」
そう言ってまた飛雄はわたしの頭を強引に引き寄せてキスをしようとしてくる。咄嗟に両手を自分と飛雄の顔の間に入れ待ったをかけ、飛雄の唇はわたしの手のひらに触れた。
「なんすか」
「...好きって言ってくれなきゃ嫌」
「ポッキーをですか?」
「ばか」
「名前さんこそ俺のこと好きだったんですか?」
「え?」
飛雄の口からそんな言葉が出てくると思わず、間抜けな顔で聞き返すと飛雄が笑顔を見せてくれる。
「え、好き、だけど...」
「はい。俺も好きです」
挨拶のように言ってくる飛雄に思わずため息が出る。
「手、退けてください」
「やだ」
「あ?なんですか」
「だって、キス...してくるじゃん」
「しますよ。したいですもん」
「キス出来たら、誰でもいいんでしょ」
自分でも、面倒くさいことを言ってる自覚はあった。それでも飛雄は相変わらず楽しそうに笑っていて、さっきまでの仏頂面はなんだったんだろうと不思議になるほどどんどん機嫌がよくなっていくように見えた。
「名前さん...可愛いっすね」
「はあ?」
そんな話してないんだけど、と飛雄の目を見ると一瞬の隙に顔を隠していた手を無理矢理降ろされ強引に唇が重なる。飛雄くん、わたしさっきがファーストキスだし今の2回目なんですが...。
「ちょっと...!や、って言ったのに!」
「すんません。つい、その...なんつーか、我慢出来ませんでした」
「そんな正直に言わないでよ...」
「好きです」
「あ、ありがとう?」
好き、と言いながら飛雄はもう一度キスしてこようとする。押せ押せだった時のわたしはどこへ行ってしまったのか。飛雄からの甘いスキンシップに驚いてどんどん後ろへ下がっていくと壁と背中がぶつかり手からポッキーが落ちた。
「あ、」
下に落ちたポッキーを袋ごと踏んでしまい思わずそう声を漏らすと、まるで試合中のような鋭い目線でわたしを見つめてくる。正直に言おう。顔が良すぎて、息が出来なくなりそうだった。
「逃げんな」
少し苛立ってるような飛雄は敬語も忘れてわたしの体を壁に押し付け、強引に唇を重ねてきた。
「ちょ、っと...!飛雄、っ」
「逃げられたら興奮します」
「ば、ばかじゃないの」
「何するかわからないんで、これ以上可愛いことするのやめて下さい」
もう一度「ばか」と声を上げようとするが、人生で4度目のキスで防がれる。どんどん無遠慮に深くなっていくキスに、わたしは息が苦しくて飛雄の肩を叩いて抵抗した。
「はじめて、だったのに...!こんな、何回も」
「これから数えられないくらいします」
「ポッキーも折れちゃったじゃん」
「...食います」
「やだ。あげない」
すっと立ち上がり、ぼきぼきに折れてしまってるであろうポッキーの袋を拾い上げ「じゃあね!バイバイ!」とまだ着替えも終わっていない飛雄を置いてわたしは部室を飛び出した。飛雄の怒声が聞こえたが、聞こえないふりをして校門まで一直線に走っていく。
これからきっと、想像も出来ないくらい遠い世界で生きていくことになる飛雄を今はまだわたしに振り回されていて欲しいし、わたしのことを追いかけてほしい。だなんて、わがままを許してください。